第四十五話 決断と唐揚げ
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女が三人以上集まれば仲間はずれが発生する。これはこの世の真理であると宰相の父を持つダーナは思うのだが、女三人集まれば姦しい、これも一つの真理だとダーナは思う。
最初はマナーハウスの離れ家で行われた女たちの談義は、場所を梟のアジトに移動してまでも続けられている。この中では飛び抜けて高い地位にあるカサンドラが、赤ちゃんを抱っこしたまま言い出した。
「クズ男はどうやったってクズ男で、今ではマグダレーナ・オルシャンスカを毎日のように侍らしているのでしょう?だったら、ファナ様を二度、三度、夜中にクズ第一王子の寝所に向かわせましょう。そうしたら、キッチリ、ハッキリ、踏ん切りがつけられるでしょう。鳳陽小説でも大概がそうなのです。どんなにクズで、アホな男にゾッコンでも、実際の行為を見た瞬間、どんなヒロインでも一瞬で目が覚めるのですからね」
王太子妃が言うとは思えない即物的な発想にダーナが顔を真っ青にしていると、
「それですよ!それ!そのパターンは私も何度も読んだことがあります!カサンドラ様!是非ともその鳳陽小説の展開でいきましょう!」
ピンクブロンドの可愛らしい顔をした侍女まで、話に割り込むようにして入り出す。
「私もそろそろ侯都に置いてきた母や叔父のことが気に掛かっていたんです!そこの梟の赤ちゃんと一緒に城に潜入して!クソ王子様の寝ているところを突撃アタックをしてきます!」
「まあ!ハイデマリー様、貴女が鳳陽小説マニアなのは十分に理解していますけど、小説と現実はまた違いますのよ?」
「カロリーネ様!そんなことは分かっているんです!現実と小説の内容は違うということは骨身に染みて良く分かっていますし、それで私は一度、ギャフンとしているのです!ですが、絶対に浮気の現場に直接訪問は必要です!」
ピンクブロンドの髪の侍女は随分と親しげにカロリーネに対してそう言うと、侯都までどうやって移動するかという話をマレーネと進め始めている。
なにしろ今居る場所が、これから内戦が始まる衝突地点のような場所となるため、女だけで安全に侯都まで移動するのにも色々と問題があるだろう。それに、今、このような状況になっているだけに、宮殿に入り込むのもまた難しいことになるだろう。
「あの!私は宰相ウラジミールの娘なのですけれど、お父様から教えてもらった王宮内部への秘密の通路を一つ知っておりますわ!その秘密の通路は貧民街にある共同墓地から宮殿の北に位置する王家のカタコンペへと通じているのですけど、そこを利用したら、人の目を気にせずに宮殿まで移動をすることが出来ると思います!」
ダーナはふっくらとした手を肩まで上げたままで言い出した。
「もしも梟がこちら側についてくれるのなら、隠し通路だけでなく、宮殿で立ち働く内閣府の人間で絶対に裏切らない人間も紹介いたしましょう。現実を見たファナ様が、未練たらたらでブジュチスラフ第一王子の愛に縋ることになるのか、はっきりと見切りを付けて新しい道へと進むのかは、親梟の貴方次第だと思います。ここに居るカサンドラ様は、梟とその家族、そしてファナ様を受け入れる準備をクラルヴァイン王国内で整えているということですの。私も王宮に出仕して十分にファナ様の立場は理解しておりますけれど、お飾りにもならない忘れられた妃などで居るよりも、クラルヴァインで男爵位にでも就いた方がよっぽど良いのではなくて?」
ダーナの言葉にカサンドラはにっこりと笑みを浮かべた。
「働き次第では子爵身分に上げても良いわ。今、クラルヴァインでは粛清が進んで爵位の空きも、領地の空きもそこそこにあるような状態なの。侯都で疲弊したファナ様が癒されるように、海が見える風光明媚な領地を今なら進呈して差し上げますわよ」
ダーナは俯いたままの男をじっとりとした眼差しで見つめ続けた。
この目の前の男が今は滅びたトウラン王国の諜報組織『梟』の長を継承した男であるとして、主人の言うことが一番、どんなことでも逆らうなと洗脳されるようにして育てられた者であることも想像出来る。
トウランの王が処刑された今、直系王家の生き残りであるファナ妃の意見に従ってこの地までやって来たのだろうが、今、彼が決断の時を迎えて居るのは間違いない。主人の意思に背いて動くのは梟にとっては御法度とも言える。だがしかし、主人の未来を考えるならばどう動けば良いかなど、これほど言われなくたって馬鹿でも分かる。
梟の矜持に従えばここで動かず、国と共に己も破滅する姿を眺めるしかないのだろうが、そんな矜持を投げ捨ててしまった先には、もっと違う未来が見えている。
「ブノワさん!私!このピンクのお姉さんと一緒に侯都リトミシェルまで行って来ます!」
そう宣言してマレーネがピンクブロンドの髪色の侍女の手を掴むと、立ち上がったブノワ・セルヴェが言い出した。
「俺も行く」
そう言って、その場で跪くなり言い出した。
「我が梟は我が主人の伴侶、ブジュチスラフ第一王子の指揮下から離れ、クラルヴァイン王家並びにダーナ・シュバンクマイエル嬢の意思に従いましょう。我らが求めるのは我が主人の保護、これを約束して頂けるのなら、我が身ならびに我が梟の全勢力を捧げましょう」
滅びたトウラン王国をあそこまで長く維持できたのは『梟』のお陰というのは有名な話でトウランの『梟』は守護者、多くの繁栄を与えるものとも言われている。その梟がクラルヴァインに降った歴史的瞬間なのかもしれないのに、ダーナのお腹がグウウウッと大きな音を立てて主張する。
「ああら、ようやっとうちの夫が来たようだわ!」
赤ちゃんを抱っこしたカサンドラが、形の良い鼻をヒクヒクさせながら扉の方を見ると、沢山の揚げた肉の塊を大皿に乗せた男が扉を開ける。
すると、香ばしいニンニクと鶏肉を揚げた匂いが部屋の中に一気に充満をしたため、再びグウウウウッと物凄い音を立ててダーナのお腹が主張した。
銀色の髪に金色の瞳はクラルヴァイン王家の直系に現れる色である。圧倒的な覇気を身に纏ったその人は、エプロン姿で大皿を運んでくると、
「この鶏はアルマ公国からわざわざ運んで育てたホロホロ鶏の肉であり、醤油とニンニクで漬け込んだ後、ジャガイモの粉をまぶして油で揚げたものなのだ。そろそろ君が『唐揚げが食べたい』と言い出すと思って作って来たのだが、私の愛する人よ、肉を食べるのならやはり揚げたてだよな?」
と、言い出した。
漆黒のエプロンを付けた男前は誰なんだとか、明らかに自分で作っていそうなその口ぶりは何なのだとか、お前は何でこんなところに居るんだとか、そんなことはもはや関係ない。ダーナはとにかく目の前の『唐揚げ』とやらを食べたくて、食べたくて仕方がないという欲望に駆り立てられている。
モラヴィアでは鶏を丸ごと直火で炙って塩を振って食べることが多いし、目の前のように、ひと口大で切ったものは煮込みにしか使われない。こんな食べ方をダーナは知らない。油で揚げるってなんなのだろう?今まで見たこともない代物だというのに、何故だろう、食べたくて、食べたくて仕方がないので、口の端から涎がこぼれ落ちそうだ。
「ダーナ・シュバンクマイエル嬢、よろしかったら小皿とフォークをどうぞ」
眼鏡をかけたクラルヴァイン人の男が小皿とフォークを用意して、山盛りの肉をサーブし始めている。
「熱いのでお気をつけください。口に入れると肉汁が出て来ますので、火傷することもございます」
そんなに熱いのか!王族のくせにそんなに熱いものを食べて良いのか!
唐揚げを口に放り込んだダーナの魂が昇天をしそうになったのは間違いない。クラルヴァイン王国が美食の国になったという話を聞いてはいたけれど、聞いてはいたけれど・・
「私、戦争が終わったら絶対にクラルヴァインに美食ツアーに行きます」
「是非とも美食のツアーにおいで下さいませ!」
眼鏡の男、クラウスはそう言ってにっこりと笑った。
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