第四十話 ダーナとカサンドラ
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ダーナとドラホスラフは幼馴染であり、ダーナの存在感はあり過ぎるほどにあるけれど、太りすぎているが故に価値がゼロと言われる令嬢だとするのなら、ドラホスラフは第三王子として王妃の腹から生まれ出ているというのに、全く相手にされていない陰の薄い王子ということになるだろう。
どちらも価値があまりないということで、鵜の目鷹の目となっている貴族たちからは放置されている状態で、それが理由で一緒に過ごすことが多かったというのは間違いない。一緒に過ごしていても互いに興味があるわけでもなく、互いが無難に過ごすために、時には互いに盾になったりして過ごした思い出は確かにある。
そんな幼馴染が侯王の姉となるバーロヴァ女伯爵の邸宅から攫うようにして連れ出した女性が城館の離れ家の方に滞在し、隣国の王太子妃であるカサンドラもそちらの方に居るという。
父は親族たちに召集をかけて戦支度を本館で始めると言うので、離れ家に女たちが集まっているのは都合が良い。敵の動きに先駆けてドラホスラフがすでに動いているのは知っているので、カップルのイチャイチャぶりを見せ付けられることはないだろうけれど、
「ドラホスラフ様が愛しているのは私なのよ!」
くらいのことはカロリーネ嬢からは言われるかもしれない。
ダーナはドラホスラフとは幼馴染というだけで、特別な感情はカケラも抱いたことはないため、いくらでも二人の仲を惚気てもらうのは構わないのだが、そこに自分を侮辱するような言葉まで混ざってくると、心の奥底からうんざりとするのだ。
「ああ・・これからあの苦行が待ち構えているのね」
ダーナが思わずため息と共に呟くと、先を歩いていた侍女頭が振り返って、
「カロリーネ様は只今、入浴中と聞いておりますので、お嬢様がお会いになるのはカサンドラ様だけになるかと思いますよ」
と、言い出した。
カサンドラとはクラルヴァイン王国の王太子妃のことであり、カロリーネはカサンドラの右腕とも呼ばれる令嬢である。二人の貴婦人がタッグを組んで、これから悪様にダーナのことを罵ることになるのだろう。
「まあ!この樽女がドラホスラフ様のお妃候補でしたのね!モラヴィア人の目はどうなっているのかしら?正気を疑いたくなってしまいますわ!」
くらいのことは言われるかもしれない。
ダーナだって自分がドラホスラフの妃候補として名が上がっていることくらい知っている。ただし、単なる派閥の旗頭として選ばれただけのことであり、本当にドラホスラフの嫁になることなどありえないということも知っている。
「はーっ・・行きたくない・・本当の本当に行きたくない・・」
ダーナは徒党を組む女たちが大嫌いだ。感情のままに言葉を発して、その結果、どんな惨事を招くことになるかも分からない女たちが大嫌いだった。
まさか隣国の王太子妃がそこまでレベルが低い人間だとは思わないが、女が二人以上集まったらグループを作るのは当たり前のことだし、仲間外れを作って悦にいるのも当たり前に行われることなのだ。
今いる離れ家は確かにシュバンクマイエル家が所有するものであり、ある意味ダーナのホームグラウンドといえるのだが、階段を登っていく間にホームがアウェーに変わっていくのを感じている。
「ダーナ・シュバンクマイエル嬢ご本人いらっしゃっておりまして、オルシャンスカ伯爵が動き出したので、妃殿下にそのご報告を直接したいとのことですが」
部屋の奥の方から対応に当たった侍女の声が聞こえてくる。
「そんな女の対応なんてしたくありません、お前たちで話を聞いておいてちょうだい!」
と、高飛車に言ってくれないかな〜。そんなことをダーナがぼんやりと考えている間に、貴賓室の扉は静かに開いた。
城館の敷地内にある離れ家は王家が利用するために作られたものであり、中に置かれている家具なども最高級のものが用意されている。
「クラルヴァイン王国の輝く若き月であるカサンドラ王太子妃殿下にご挨拶させて頂きます。私はモラヴィアにて宰相職に就きますウラジミール・シュバンクマイエルが娘、ダーナと申します。気軽にダーナとお呼び頂ければ幸いです」
『まあ!なんて樽女!こんなに醜い女は見たこともありませんわ!滑稽よ!滑稽!』
そんなことを言われるだろうとダーナが待ち構えていると、
「顔をあげてちょうだい。私、今日は侍女として仕えている身ですので、そのような大袈裟な挨拶など不要よ」
と、声が掛かった。
ダーナが顔を上げると、テーブルに付く顔色が悪い侍女と、その向かいに座る豪奢な美人の侍女が目に入る。
クラルヴァインの王太子夫妻が密かにモラヴィアへ入国したという話は聞いていたが、その王太子妃が侍女姿をしているのは、敵を欺くための手段なのかもしれない。
「丁度お茶と茶菓子を用意して貰ったところなの、一緒にダーナ様も頂きましょう」
ダーナが誘導されるままに席に着くと、目の前に紅茶が用意されていく。
今、この部屋に居る侍女たちは隣国のエンゲルベルト侯爵家が用意する侍女のお仕着せを着ている。間違いなくクラルヴァイン人だ。
だとするのなら、シュバンクマイエルが用意する侍女服を着るこの侍女は何なのか・・ダーナが顔色が真っ白になっている侍女を見つめていると、
「その娘は梟の子、名はマレーネと言うの」
と、カサンドラが言い出した。
「私、この梟とその家族が欲しくてわざわざモラヴィアにやって来たのよ」
カサンドラはそう言って頬杖をつき、ニコニコ笑うので、ダーナは即座に腹を決めた。
「我が方は梟が誰の手に渡ろうとも文句などありません」
梟とは滅んだトウラン王国の諜報組織、手に入れることが出来るのならダーナだって手中に置きたいと思うけれど、王太子妃に贈呈することを瞬時に決意した。
「誰が何と言おうと、私が言いくるめることに致しましょう。梟はどうぞカサンドラ様の手で、持ち帰ることが出来るのなら、お持ち帰りください」
梟がいるのなら、その主人はファナ妃だ。
ファナ妃との交渉までは絡むつもりはない。
「第二王子の婚約者だったマグダレーナ・オルシャンスカが王宮にて、我らシュバンクマイエルが侯王の弟君となるヤロスラフ殿下と共に謀反を企んでいると大言し、ブジュチスラフ殿下がそれをお信じになられました。我が方は即座に侯都を離脱し、領地へと引き籠る所存。只今、領境の防備を厚くしているところではございますが、オルシャンスカ伯爵が侯王の名代として周辺貴族に声をかけ、我が領地へと戦を仕掛けるために兵を集めているところ。その兵の数が二万を超えたとの報告が上がっております」
ダーナはオルシャンスカに与した貴族の名前が記された紙と地図をテーブルの上へと広げる。その記された貴族の名前の中には、ダーナを当て馬にしたが故に失脚をしたとか、子息を官吏に出来なかったという貴族家が軒並み名を連ねているような状況だ。
「恐らく三万にまで膨らむのではないかと思われます。我が方が早急に集められる兵力は八千、ドラホスラフ殿下に呼応する形で集めてもせいぜい一万六千」
ダーナはお仕着せ姿のカサンドラを鋭い眼差しで見上げながら言い出した。
「ここが主戦場となるのは間違いない事実、カサンドラ様、カロリーネ様と共に早急にお逃げください!我が方でクラルヴァインまでの安全なルートを用意しております!」
この離れ家は王家が滞在するために用意された建物となるため、秘密の逃げ道などは用意されている。
「さあ!今すぐに逃げましょう!」
カサンドラは紅玉の瞳を見開くと、何処からともなく広げた扇子をパタパタと仰ぎながら、
「いや〜だ!私が逃げるわけがないじゃな〜い!」
と、言い出したのだった。
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