第三十九話 困惑のマレーナ
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赤ちゃんをおんぶした状態で胸を張るのがクラルヴァイン王国の王太子妃だとして、何故、王太子妃がおんぶをするのか?どこの貴族の家でも子供の面倒は乳母が全面的に見るのが当たり前だろうし、王家ともなればノータッチが当たり前だと思うのに、何故ゆえ王太子妃が王子をおんぶしているのだろうか?
カロリーネが入浴をしている間、連行されるようにして部屋を移動した侍女のマレーネは、無理矢理カサンドラ妃の向かい側に用意された椅子に座らせられた。流石に乳母らしき人間が赤ちゃんを引き取って部屋から移動をして行ってしまったのだが、とりあえず乳母らしき人はいるらしい。というか、クラルヴァイン王家の子育て事情がよく分からない。と、そんなことを考えていると、
「まあまあまあ!そんなに緊張しなくても大丈夫よ」
相変わらずのお仕着せ姿のカサンドラはオホホホと笑って、
「私の子育ての方針には遥か東に位置する鳳陽国の方式を参考にしているのよ」
と、言い出した。
「幼いうちは、母と子は肌と肌を触れ合うことで互いにぬくもりを与え、安心感を得ることが出来るし、子供の情操教育にも良いと言われているの。動物でも人間でも、ぬくもりを感じなければ正常には育たないという研究が発表されているようで、ある意味、最先端の教育方針を取り入れているとも言えるのかしら」
その最先端の教育方針は、平民では当たり前に行われていることなのだが。王家の人にとっては物珍しい行為ということになるのだろうか?
「貴女も子供を産んだ時には『おんぶ』を子育てに取り入れてごらんなさい?人によっては猿みたいだと馬鹿にする人もいるのだけれど、なかなか侮れないものなのよ?」
「いや・・はい・・でも・・私が子供を産むことなどないですから」
「あら?何か体に問題が?」
「いえ、そうではなくて・・」
護衛の能力を持つ侍女たちに取り囲まれたマレーネの命は風前の灯火だ。そもそも、護衛の侍女たちに取り囲まれなくても風前の灯火状態なのだけれども・・
「もうすでにバレていると思うので告白しちゃいますけれど、私は、今は滅びたトウラン王国の暗部梟に属する下っ端職員なのです。国が滅びて雇用主である国王陛下も処刑処分となりましたので、唯一生き残ったファナ様へお仕えすることとなったのですが、彼の方は未来を見てはおりません」
トウラン最後の直系の王族となるファナが望むのはモラヴィアの破滅。だとするのなら、自分たち梟の未来も破滅しかないだろう。
すると、カサンドラの後ろに控えていたピンクブロンドの髪色の侍女が言い出した。
「ブジュチスラフ殿下は望んでファナ妃を妻として迎え入れたけれど、色ボケ王子が王宮の侍女たちに手を出しまくっているのは有名な話で、次の侯王は自分の血族にと望む貴族たちは、こぞって自分の娘を王宮に出仕させているそうです」
「断ったら可哀想じゃないかと言って、あらゆる誘いに乗ってしまうのでしょう?」
カサンドラはそう言って眉を顰めると言い出した。
「王族としての矜持に欠けているにも程があると思うのだけれど、良くそれだけ無節操に手を出して子供が出来ないものよね?避妊薬でも飲んでいるのかしら?」
「いいえ、避妊薬など使わずに自然に任せているので、妊娠する人は妊娠します。お気に入りとなった侍女には不妊となる薬を密かに飲ませているのですが、突発的な行為は妊娠に繋がることも多いので、都度、堕胎薬を用意するのでこちらも大変なのです」
「「ちょん切ってしまえばよろしいのに」」
カサンドラとピンクブロンドの髪色の侍女が同時に言い出したので、マレーネも思わず頷いた。
「無節操にも程があるのです。他に女性を愛したいのなら、側妃として迎える、妾妃として迎える。正規の手順に則って囲いこみ、その後、お楽しみになれば良いものを、そういうことは面倒臭がってやらないのです」
王家は貴族以上に血筋を大事にするのは当たり前のこと。侍女に手を出して相手が妊娠をしたとしても、もしかしたらその女は、すでに他の男の子供を妊娠している可能性だってあるわけだ。誰の子供かも分からない子供を王子の血筋として認めてしまうような愚かなことは出来ない。だからこそ、側妃、妾妃として王宮の奥に置いておく。普通は他の子種が入らぬ状況で王子の子供を待ち望むのだが・・
「「本当にクソ野郎」」
カサンドラとピンクブロンドの髪色の侍女が再び同時に同じことを言い出した後、カサンドラは仕切り直しをするように、お付きの侍女が用意してくれた紅茶に口をつけながら言い出した。
「ファナ妃は夫の病的な浮気に対して怒り心頭、憎悪が増強、嫌悪感丸出しとなって早々に見切りをつけることにしたのですわね?」
「見切りをつける・・」
確かにそうかもしれない、マレーネの主人であるファナ妃はとうの昔にブジュチシラフ王子に見切りをつけていた。だからこそ、有能なパヴェル第二王子を王宮に招き入れて、次の侯王にするためにと画策をしていたのだから。
「モラヴィアのヴァーツラフ侯王と王妃ダグマールがブジュチスラフ王子を盲目的に溺愛しているということは知っています」
カサンドラはそう言うと、紅玉の瞳でじっとマレーネを見つめながら言い出した。
「私たちもヴァーツラフ侯王と王妃、第一王子を排除したいと考えているの。ファナ妃が自分の夫とその両親に見切りをつけていると言うのなら、彼らが乗る泥船にそのまま乗り続ける必要もないでしょう?」
カサンドラは輝くような黄金の髪をシニヨンに詰め込み、侍女らしい装いをしているのだが、王族としての風格はそんな装い程度で隠し切れるようなものではない。テーブルの下で足を組み、自分の指に形の良い顎を乗せながら、紅玉の瞳を細めてカサンドラは言い出した。
「ファナ妃と共に梟まで死んでしまうなんて勿体無い。行き先が一緒であるのなら、私たちと一緒の船に乗りましょう」
「ふ・・船・・」
「亡国の姫君も、その姫君が飼っている梟も、私がまとめて面倒をみてあげる」
かつては強大な国であったトウラン王国は分裂が進み、長年の圧政により国自体が疲弊し、最後にはクーデターを起こされ倒されることとなったのだ。このトウランが長く国としての体裁を保ち続けていられたのは、あらゆる情報を手に入れることが出来る梟という組織が配下として仕え続けていたからだ。
トウランが滅んだ後、その梟の行方は杳として知れず、カサンドラはその行方を探り続けていたのだが、最近になって唯一の生き残りであるファナ妃の元へ移動したのではないかという情報を手に入れることになったのだ。
色々とゴタゴタしているモラヴィア侯国にわざわざカサンドラが移動をして来たのは、自分の右腕とも言えるカロリーネが心配だったということもあるけれど、この梟を手に入れるには、自身が前へ出る必要があるとも考えたから。
「ファナ妃の命の保証、身の安全、彼女の求めるレベルの生活を私は補償いたしましょう。彼女がトウランの直系の血筋を残すために、ブジュチスラフ王子以外の人間との再度の婚姻。その後、子供を作ることも認めるし、血族を繋ぐために必要な家柄も用意することも出来ますの。だからね、梟の頭に言ってくれないかしら?私の提案を飲むのならすでに動く準備は出来ているとね」
「その提案とは何なのですか?」
「それは・・」
突然、扉がノックされた為、カサンドラは口を閉じる。侍女に合図を送ると、護衛も兼ねた侍女は扉の方へと向かっていく。そうして扉の向こう側に居る人間とやり取りをした侍女が、カサンドラに小声で囁くようにして言い出した。
「ダーナ・シュバンクマイエル嬢ご本人がいらっしゃっております。オルシャンスカ伯爵が動き出したので、妃殿下にそのご報告を直接したいとのことですが」
「あら、そう。私も直接ご報告したいことがあるからお招きしてちょうだい」
ダーナ・シュバンクマイエルとは宰相の懐刀とも言われる令嬢で、身体は樽のようにでかいがその頭脳は誰よりも冴えわたっているとも言われる人でもある。そのダーナこそがドラホスラフ第三王子の妃候補なのだとマレーネがカロリーネに対して嫌がらせ目的で豪語したのは少し前のこと。
「それじゃあ私は地下牢にでも移動をして・・」
シュバンクマイエル家が所有する城館の地下には罪人を収容する地下牢が存在する。マレーネが自らその牢屋へと移動をすると言い出すと、
「待ってちょうだい」
と、カサンドラは言い出した。
「ちょうど良いじゃない、梟としてもダーナ様が持ってきた情報は知りたいでしょう?」
「えーっと」
「私があなたの同席を認めます」
「えーっと・・」
困惑のマレーネの顔色は、真っ青を通り越して真っ白になっている。
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