第三十七話 第一王子妃ファナ
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ブジュチスラフ第一王子の妃となるファナはトウラン王国の正当なる姫君だった。モラヴィア侯国は元々、トウラン王国で侯爵位を賜っていたのだが、その後、トウランとは袂を分って独立した国でもある。
トウラン王国は三代を暴君が治めたことによって民は疲弊し、人心は離れ、王家の求心力が著しく下がっていく中でクーデターが計画されることになったのだ。クーデターを企んだ人間は王家の末端に位置する人間で、新興貴族たちを後ろ盾としてトウラン王国の打倒に成功。
何とか祖国を脱出して生き延びたファナは、モラヴィア侯国に逃げ込むことが出来たものの、第一王子妃となった今のこの状況に満足などはしていない。
亡国の姫君であるファナは間違いなく第一王子の妃となっているのだが、モラヴィアの宮殿に勤める誰もが彼女の存在に重きを置いていやしなかった。
ファナの父となる今は亡きトウラン王は過激な人物であり、再びモラヴィアに襲撃をかけて自国の領土へと組み込むことを考えた。トウランに逆らったモラヴィアの人間は殲滅するとまで豪語していた為、モラヴィアの侯王ヴァーツラフはトウランの姫であるファナをブジュチスラフ第一王子の妃とすることを約束した。
二人の間に子が出来れば、やがてその子が侯王となる。労せず自分の血筋を広げることが出来るのだからと言えば、ようやく納得することになったトウランの王は残虐非道で有名な王でもあったのだ。
首を垂れて招き入れるべき尊き存在がファナ姫だったというのに、トウラン国が滅びてしまえば、ただの価値のない女へと成り下がる。その価値のないファナを正妃としてブジュチスラフが迎え入れた時には、ファナはこれほど素晴らしい王子は居ないものと考えた。
多くの貴族が反対する中で、
「ファナは私が愛すべき唯一の妃!」
と、豪語したブジュチスラフの言葉は下々の者たちにまで広がり、市井ではブジュチスラフとファナをモデルとした劇まで上演されるほどだった。
ファナは確かに幸せだったのだ。
ブジュチスラフがお付きの侍女を自分のベッドに招き入れているのを見るまでは。
「殿下のあれは只の遊びですから」
周りはそんなことを言って咎めもしないし、
「断ってしまったら可哀想ではないか」
と、ブジュチスラフ自身が言ってファナの気持ちを考えてはくれない。
ファナは一度妊娠をしたが、ストレスが原因で子が流れてしまったのだが、
「子供が出来るということが分かったのだから、何の問題もないよ。また、子供は作れば良いのだから気にする必要はないんだよ」
と、ブジュチスラフはファナを気遣うように言ってくれた。そんな彼は、ファナが押し潰されそうなほどのストレスに晒されているということに全く気が付いていない。
「また妊娠した侍女の腹の中の子が流れたらしい」
「ファナ妃も流れたし、殿下の子供は流れやすいのかもしれないな」
ブジュチスラフが手を出している侍女には妊娠しないように密かに薬を飲ませているし、妊娠した者は即座に堕胎をするように仕向けている。ファナはこの頃には、優しいだけで、優柔不断で、その実、自分本位な思考を離さず我が儘を押し通そうとするブジュチスラフのことが大嫌いになっていた。
ブジュチスラフが我が儘を通して自分を妃にしたからこそ、今のファナの地位やー立場があることは十分に理解しているけれど、今のファナの中に夫に対しての愛情などというものは存在しない。
だからこそ、第二王子であるパヴェルを次の王位に据えるために、侯国の重鎮たちに根回しをした。そうやってパヴェルが政務に関われるように差し向けたものの、そのパヴェルが殺されたことでブジュチスラフの地位は相変わらず安泰なまま。ならばモラヴィアをトウランと同じように滅ぼしてしまおうか。
能力がないと思われているファナは、誰からも軽視されているのは間違いない。国王にするためにパヴェル第二王子を政務に引き入れようとしたのも、
「ファナ妃は侯国のことをまずは第一に考えてくださるのですな」
と、重鎮たちに思わせるためだ。
ファナは周りの反対を押し切って自分を妃にしてくれたブジュチスラフを愛していた。結局ブジュチスラフの意見を尊重し、亡国の姫君である自分を妃として侯家に迎え入れてくれた侯王ヴァーツラフと王妃ダグマールを敬愛していた。
息子を愛する侯王夫妻は決してブジュチスラフを諌めることはしない。侯王ヴァーツラフ自身が諌められることなく成長したような人間なので、諌めるということ自体が分からないのだ。その侯王に対して王妃は何も言いやしない。だからこそ、ファナはこの二人もまた心の奥底から大嫌いになっていた。
「ファナ様、梟より連絡が来ました」
トウラン王国から逃げ出した時に行動を共にした侍女の一人が、封書をファナの前に差し出しながら言い出した。
梟は父王が使っていた影の者となるのだが、唯一の生き残りとなったファナを追いかけてモラヴィア侯国までやって来て、ファナの為に働いているのだった。子供を孕んだ侍女たちの子が流れるのも梟たちの仕業になる。
「カロリーネ嬢はドラホスラフ王子に連れられて宰相が治める領地へと移動されたのね」
「別館の方へと引きこもられたようですが、そちらの方にはマレーネが侍女として潜り込んでおりましたので、傍付きとなることに成功したようです」
「あらまあ、やっぱり宰相と手を組むことになるとは思っておりましたわ」
侯王ヴァーツラフと王妃ダグマールは第一王子であるブジュチスラフばかりを可愛がり、第三王子であるドラホスラフは放置するような形で気にかけない。侯王ヴァーツラフは先王に溺愛されて育った人間なだけに、兄弟を平等に扱うということもしないし、兄弟を平等に気にかけるなんてことをするわけがない。
「侍女として潜り込んだマレーネは、ドラホスラフ殿下の正式な伴侶は宰相の娘であるダーナ様で決まっているのだから、愛人であるカロリーネ嬢には弁えるようにというようなことを宣言したそうでございますよ」
ファナと長い付き合いとなる侍女は、ファナが気に入りそうな話題を持ちかけながら紅茶を淹れる。
ファナは幸せそうにする令嬢が大嫌いだ。
それに、隣国の王太子妃の右腕となる才媛、カロリーネ・エンゲルベルトが大嫌いだった。もちろん宰相の娘となるダーナのことも蛇蝎の如く嫌っている。
「あの樽女がドラホスラフ様の正妻というのも面白い話だけれど、そんな話を聞いて、さぞやご令嬢はショックを受けたでしょうね」
「いや、それが」
侍女はファナの前にティーカップを置きながら言い出した。
「知っていたと言い出したそうですよ」
「知っていた?」
何を知っていたというのだろう?小首を傾げながらファナが見上げると、侍女は口元に笑みを浮かべながら言い出した。
「元々、自分がドラホスラフ様の妃となれるとは思っていない。男は一度、ヤッタ女はもう一度ヤラセテくれるものと考える。自分は結局、ヤリモクで攫われただけなのだから正妻がどうのと細かいことを自分に言う必要はないと言い出したそうで」
「ヤリモク・・」
それは、男女の親密な行為を目的として近づいて来た男のことを言うのであって、そこには愛とか、策略めいたものとか、そういったものは存在しない。ただ、男がヤリタイから、それだけの目的だということ。
「おほほほほほっ」
思わずファナは笑い出すと、自分も確かにそんな程度のものだったのかもしれないと思った。ファナはどんなに請われてもブジュチスラフに体を与えるようなことをしなかった。結婚しなければ与えない、そう豪語していたのは間違いない。
「ヤリモクね・・ヤリモク・・」
自分もそれで娶られた、ただそれだけだということをファナは知っている。
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