第三十二話 人生の分岐点
お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。
カロリーネには絵心がない。
「うっわ」
「えーっと」
「ここが頭でここが・・え?」
「まさかお化けを描いているんじゃないわよね?」
誰しもカロリーネの絵を前にして、苦渋に塗れた表情を浮かべるのだけれど、
「「つまりはこういうことなのでしょう?」」
と言って、マダムアデリナやペトルはカロリーネの絵を昇華させてくれるのだ。
そうすると、
「「そういうことだったんですね!すごい!すごーい!」」
と、言われることになるのだけれど、こんなことを繰り返しているカロリーネとしては、自分一人でも完成形に近いものを描けるようになりたいと思ってしまう。
今からデザイン画を学ぶとして、実際にデザイナーの卵たちがどんな活動をしているのかは興味があるところだった。カサンドラから服飾事業を丸投げされて、それなりに形にしてきたカロリーネだったけれど、その先にはもっと新しい何かがあるのかもしれない。
「ポアティエだったら色々なことが勉強にもなるし、良い刺激になると思うのよ。どうかしら?私は良い機会だと思うのだけれど?」
「ペトルさん・・私・・私・・」
カロリーネは両手を胸の前で握りしめ、小刻みに震えながら言い出した。
「私・・行きたいです・・ポアティエに行きたい・・ですが・・」
モラヴィア侯国に無理やり連れて来られたカロリーネは、二ヶ月以上もハイデマリーの家で世話を受け、完全に自分は平民扱いなのだなと理解した。
ドラホスラフはカロリーネを愛人にはしない、自分の妻にするなどと言って、結婚の日にちまで勝手に決めているようなのだが、平民カロリーネとしては、彼が手紙で書いてくる言葉は世迷いごとにしか見えないのだ。
結婚の日取りを決めた、クラルヴァインのカサンドラやアルノルト王子の元まで案内を送ったと言われても、一体どういうつもりなのだと思わないわけにはいかない。
パヴェル第二王子が亡くなって以降、モラヴィアの王宮にすらあがっていないカロリーネは忘れられた存在だ。幾ら第三王子が望んだとしても、それが実現するとは到底思えない。だとしたら・・だとしても・・
「ペトルさん・・私・・これでもクラルヴァイン王国の貴族派筆頭であるエンゲルベルト侯爵家の娘なのです。そんな私が、学びに行きたいからと言ってポアティエに行くことなど出来るとは到底思えないのです」
学園を卒業してすぐに結婚をするはずが、第二王子の突然の死によってうやむやとなり、そのまま年を重ねて二十歳となってしまった。ここでポアティエに行けば行き遅れは確実、貴族令嬢としての価値は無くなるのも同然。
「私は侯爵家の娘、家の為には勝手なことなど出来ません」
「あら!そんなことはないわよ!」
ペトルは自分の頬に手を当てて、コロコロと楽しそうに笑いながら言い出した。
「侯爵家の意向なんか無視してモラヴィアにまでやって来て、今まで貴女が自由でいられたのは、侯爵家の意向以外のなにものでもないでしょう。貴女のお父様やお母様が今の貴女に何も言わないのなら、貴女の自由を尊んでいるということ」
そう言ってペトルはカロリーネの手を取ると、涙で潤んだカロリーネの琥珀の瞳を見下ろしながら言い出した。
「それに今なら貴女の強力な後ろ盾であるカサンドラ様が居るでしょう?彼女に相談してみなさいな?そうしたら、貴女の明るい未来が何処にあるのかがきっと分かると思うから」
◇◇◇
カサンドラはやる気がない。
やる気がないスイッチが入ると、トコトンやる気がなくなるのだ。
クラルヴァイン王国の王太子妃なんて朝から晩まで忙しいのに違いないのに、何故だかカサンドラはカテリーナ・バーロヴァ女伯爵の邸宅で、お仕着せ姿でダラダラすることを続けている。
「カサンドラ様!カサンドラ様!」
お腹に息子のフロリアンを乗せて、ソファに寝転がって昼寝をしていたカサンドラの元へと駆け寄ったカロリーネは、彼女に縋り付きながら言い出した。
「私・・私・・デザインの勉強をしに芸術の都ポアティエまで行きたいんです!」
カロリーネは涙声となって言い出した。
「カサンドラ様に服飾事業を丸投げされて、コルセットなしのドレスを作るのに四苦八苦して、一時期はカサンドラ様のことを呪ってやろうかと思うほどだったのですが、やっぱり私、何かを作り上げることが好きみたいなんです!」
そう言って自分の唇を噛んだカロリーネは微かに震えながら言い出した。
「だけど、駄目ですよね、そんなこと許されないですよね」
だってカロリーネは侯爵家の娘なのだから。
「このままドラホスラフ様との結婚が破談となったとしても、次に有力な貴族の元へ、かなり年齢が上の方へ後妻として輿入れとか、そういうことになるのですもの。勉強の為に留学なんて・・そんなの夢のまた夢で・・」
「なんで夢なのかしら?」
ソファの上で両手を伸ばしてあくびをしながらカサンドラは言い出した。
「コルセット製作を丸投げされたペトローニオ様だって、地位も身分も名誉も弟に放り投げて好き勝手しているのよ?であるのなら、私に服飾事業を丸投げされた貴女だって、地位も身分も放り投げて、好き勝手する自由はあると思うの」
お腹の上に乗るフロリアンはまだ寝ているので、その柔らかい髪の毛を優しく撫でながらカサンドラは豪語した。
「一応私、クラルヴァイン王国の王太子妃をしておりますし、後継者も無事に産んでいる立派な王太子妃なのですもの。カロリーネ様の一人くらい、私の地位と権力を使って守るくらいのことは出来ますのよ。ポアティエに行きたい?だったら行って来ればいいじゃない。ただ、エンゲルベルト侯爵夫妻が心配しないように手配なさい」
「カサンドラ様!」
「だけどね、ドラホスラフ様のことはどうするの?」
「はい?」
「貴女の婚約者のことはどうするの?」
しばしの沈黙の後、恐る恐るといった感じでカロリーネは口を開いた。
「私って、まだドラホスラフ様の婚約者だったのでしょうか?」
「え?」
「第二王子が亡くなったので、第三王子であるドラホスラフ様が国政に大きく関わって、ブジュチスラフ第一王子を支えていくことになるのですよね?」
「ええ、そうね」
カロリーネは諦め切った表情を浮かべながら言い出した。
「であるのなら、国内で有力な貴族を娶った方が良いではないですか。貴族の間では宰相の娘であるダーナ・シュバンクマイエル嬢が相応しいと言われているのでしょう?だったら、その令嬢と結婚された方が宜しいかと思いますの。私の夢はもう終わりました」
カロリーネの夢は終わった。今までぐずぐずと長く引っ張り続けてしまったけれど、そろそろ踏ん切りをつけなければいけないことは十分に分かってはいたのだ。
「それにお姉様が一緒なら、私、何でも出来るような気がしていますの」
ここでカロリーネが言っているお姉さまとは、メゾンのオーナーであるペトルのことに違いない。ペトルは三人の姉の影響で言葉や仕草はお姉様そのものなのだが、別に男性が好きというわけではないことをカサンドラは知っている。
「そのうちペトローニオが、北辺の国アークレイリまでお仕事に行きましょうと言い出したら、一緒に行きそうな勢いよね?」
「そうですね!北の国の服飾は南とはだいぶ違うので、非常に興味はあります!」
カサンドラは目を覚ましたフロリアンを抱っこしながら思わず眉を顰めていた。繰り返しになるが、ペトル、本名ペトローニオは、言葉や態度はお姉様なのだが、別に男性が好きというタイプの人間ではないのだ。
「まあ、これも人生の分岐点ということよね」
カサンドラはそう言って大きなため息を吐き出すと、
「どちらにしても、伯爵邸からは移動する予定でいたのよ。今後のことについては移動先で話し合うことにしましょう」
と、カロリーネに向かって言い出したのだった。
6/10(月)カドコミ様よりコミカライズ『悪役令嬢はやる気がない』が発売されます!!書き下ろし小説(鳳陽編)も入っておりますので、ご興味ある方はお手に取って頂けたら幸いです!!鳳陽ってどんな国?なんてことが分かる作品となっております!よろしくお願いします!!
宣伝の意味も含めて『モラヴィア侯国編」の連載を開始いております!最後までお付き合い頂ければ嬉しいです!
モチベーションの維持にも繋がります。
もし宜しければ
☆☆☆☆☆ いいね 感想 ブックマーク登録
よろしくお願いします!