第二十三話 インジフ・ソーチェフという男
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軍人あがりのインジフ・ソーチェフは第二王子であるパヴェルの側近として働いていたのだが、
「軍部はこれからドラホスラフが指揮をして、僕は国政の方に回されるようだよ」
と、うんざりした様子でパヴェルは言い出した。
国政はブジュチスラフ第一王子、軍部はパヴェル第二王子が担当し、モラヴィア侯国を支えていこうという話だったはずなのに、パヴェルを外して印象があまりにも薄すぎる第三王子を軍に置くという。
「ドラホスラフは優秀だから彼については特に不安なことはないのだけれど、やはり兄の方がなあ・・」
第一王子のブジュチスラフ王子は良く言えば善良、悪く言えば優柔不断なところがある男だった。
モラヴィア侯国は元々トラウン王国という一大国家の中で侯爵位を賜っていたのだが、王家との諍いが原因で独立し、モラヴィア侯国を建国したのがヴォイチェスラフ侯王ということになる。
トラウン王国は政治の腐敗が進んだ末に内戦が勃発し、数年前にトラウンの王家は滅んで王家の末端に名を残していたような男が新しい王となった。トラウンの国王や王妃、王太子やその子供に至るまで処刑されることになったのだが、トラウンの王女ファナだけが生き残る。
彼女は婚約者であるブジュチスラフ王子を頼ってモラヴィアへと逃げて来たのだが、祖国が滅びてもなお、ブジュチスラフ王子はファナを婚約者として扱い、結婚をして妃として迎え入れた。家臣の言うことを聞かずに強行したこの結婚は、多くの不満を生み出すことになったのだ。
ファナ妃はモラヴィアにとって主筋の娘ということになるものの、その主筋であるトウラン王国はすでに滅んで国の名前すら残っていない。亡国の姫君を娶るのは物語としては美しいだろうが、現実ではどうなるのだろうか?
「ファナ王女に泣きつかれた兄上は彼女を妃として迎え入れたが、ファナ妃はあまりにも能力が無さすぎる。しかも、無理やり自分の妃としてファナを迎え入れて周囲に自分の意思を押し通したというのに、兄上は若い侍女に手をだすことをやめようとはしない」
優しすぎるブジュチスラフ王子は、侍女にちょっと泣きつかれただけで絆される。しかもただ絆されるだけではなく、泣きついて来た侍女に誘われるままに手を出してしまうのだ。
「断るのも可哀想だから」
と、ブジュチスラフはいうのだが、一事が万事がこの調子なのだから、王としての資質が著しく欠けていると言えるだろう。
兄の尻拭いはパヴェルの役目のようなものだったのだが、パヴェルが国政に絡まなければならないほどの事態となっているのだろう。
「丁度良いタイミングでドラホスラフが帰って来てくれるから助かるんだけどね」
そう言って腹違いの弟が留学から帰ってくるのをパヴェルは楽しみに待っていたのだが、その弟が帰国して十日後に、パヴェルは落馬事故で亡くなった。
軍部から移動となったパヴェルからインジフが離れて間もなくの出来事であり、棺に入った遺体を見下ろしたインジフはその足でドラホスラフ王子の元へと向かい、自分を側近にするように申し出ることになったのだった。
逃げるようにして飛び出して行くハイデマリーと、ペコリと無言で頭を下げた後にイーライが部屋から出て行くと、扉を閉めたインジフはドラホスラフの方へと振り返る。
「ハイデマリーには感謝しなければなりませんね」
インジフがそう言って小さく肩をすくめると、ドラホスラフはチッと舌打ちをした。
モラヴィアには三人の王子が居た。第一王子と第三王子はダグマール王妃から生まれているが、第二王子だけは妾腹。この第二王子は優秀であるが故に、王家にとって必要な存在であると示すために、自分の存在は影に隠すようにして来たのが目の前の王子ということになるのだが、
「私の夫から伝えずにお前を使って伝えるのは私なりの慈悲よ・・か・・」
カサンドラ妃の言葉を呟くと、ドラホスラフは両手の拳をギュッと握り締める。
隣国であるクラルヴァイン王国でも海賊被害が広がっているとは言うが、モラヴィア侯国でも海賊の蛮行は繰り返されている。船の被害を恐れて商人がモラヴィアの港に寄り付かなくなっていることは大きな問題となっており、軍を率いるドラホスラフは海賊の根城を叩くように命令を受けていたのだが、海賊退治は一旦、取りやめにした方が良いのかもしれない。
大海を航行するためには大型の船が必要で、大型の船を建造するには大量の木材が必要となる。その大量の木材を所有するのがモラヴィア侯国であり、自然災害を考えて木の伐採量を縮小するというモラヴィアの考えは、周辺諸国に不満を抱かせた。
無尽蔵に樹木を伐採すれば山は丸裸となり、そこから土砂による災害が起こるのだとしても所詮は他国のこと。自分たちの要求する木材が手に入るのなら、幾らでも樹木は伐採するべきだと考える人間は驚くほどに多い。
「龍火砲の購入条件で折衝を続けているアルノルト王子は、まだ侯都に居るのだよな?」
「ええ、まだ滞在されているはずです」
龍火砲をモラヴィア侯国に配備するため、購入するための権利を手に入れたのはアルノルト王太子の友人であるドラホスラフだったのだが、大砲購入のための折衝に関してはブジュチスラフ第一王子が担当をすることになっている。
本来は契約締結までドラホスラフが担当するはずだったのだが、第一王子に横取りされた形となった。周辺諸国がまだ手に入れていない火龍砲をモラヴィアが手に入れるという手柄は、第一王子こそ手に入れるべきだと言われたからだ。
次の王となるブジュチスラフ王子が盤石な治世を築くためにも手柄は譲れ、お前は海賊どもを退治した褒美として、愛する女を妃として迎え入れることが出来るのだからそれで良いだろうと言われていたのだが・・
「ドラホスラフ様・・僭越ながら一言申し上げます」
インジフは恭しく辞儀をしながら口を開いた。
「このままではカロリーネ様は到底手に入れられませんよ」
王家の邪魔な差配により、今までカロリーネを放置することとなったのだ。
「そもそも陛下はカロリーネ様をモラヴィアへ迎え入れる気などないのではないでしょうか?」
カロリーネは優秀だ、第一王子妃であるファナ妃よりも遥かに優秀なのは間違いない。
「何事もブジュチスラフ様を優先される陛下は、結局、殿下とマグダレーナ様の結婚を望んでいらっしゃるのです」
金欠状態の王家としては、多額の持参金が喉から手が出るほど欲しいに違いない。権力を持たないことで第二王子の婚約者として選ばれることになったマグダレーナ・オルシャンスカだったけれど、オルシャンスカ伯爵家は今では侯国内でも有数の金持ちと言えるだろう。その背後には南大陸の影が見え隠れしていたとしても、そんなことまで今の侯王が考えるはずもないのは分かりきったことだ。
「このままでは殿下はカロリーネ嬢と結婚も出来ませんし・・」
インジフは顔を上げると、
「モラヴィアは複数の国々に食い物にされ、滅びることとなりましょう」
はっきりとした言葉で告げた。
その時、ドラホスラフが一歩前に踏み出たことにインジフ・ソーチェフは気が付いた。
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