第十八話 手を握り合う二人
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カロリーネはペトルの瞳からこぼれ落ちる涙を見て、思わず息を飲み込んだのだった。カロリーネは今まで男の人の涙というものを見たことがなかったからだ。
自分の父や兄が泣いたところも見たことはないし、もちろん、今や婚約者なのかどうかも分からないドラホスラフの涙だって見たことがあるわけがない。
ただ、親友のコンスタンツェが愛するセレドニオを追いかけて行った時には、彼はコンスタンツェのために身を引くことを決意して涙を流していたという話は聞いていた。
「あの時の旦那は、そりゃあもう身も世もなく泣いていて、見ているあっしらは呆れるばかりだったんですけどね?」
と、元海賊のサンジーワが言っていたけれど、
「まあ!男の人でも泣くことってあるのね!」
とも思ったし、
「愛だわ!これぞ愛なんだわ!」
と、カロリーネは勝手に心の中で叫んでいたのだった。
男の人は大概泣かないし女性の前で泣くことは大恥となるため、自分の親の死に目にだって涙は見せないものなのだ。だというのに、目の前のペトルはポロポロと涙をこぼしている。
「ペトルさん・・これどうぞ」
カロリーネがペトルにハンカチを差し出すと、
「カロリーネ様こそどうぞ」
と言って、隣に座るハイデマリーがカロリーネにハンカチを渡してきた。
「「え?」」
こちらを見たペトルとハンカチを渡されたカロリーネがほぼ同時に言葉を発していた。
「あら、嫌だ」
カロリーネはその時、自分も同じように涙を流していたことに初めて気がつくと、
「あらあら、可愛らしい顔が台無しよ?」
と言って、ペトルがハンカチを出してカロリーナの涙を拭い出す。
「それじゃあ、ペトルさんがこのハンカチを使って」
カロリーネが差し出したハンカチを見下ろしたペトルは笑顔で首を横に振ると、自分の手の甲で頬を流れる涙を拭った。
ハンカチを差し出したまま、ペトルとカロリーネを交互に見つめたハイデマリーが、
「これが貰い泣きって奴ですか?私も泣いた方が良い奴ですか?」
と、気を使って茶化すように言っていることに気がついた。カロリーネは首を横に振って寂しそうに笑う。
「ハイデマリー、貴女まで泣く必要はないの。私はただ、梯子を外されるという気持ちが良く分かりすぎて、感極まったのかもしれないわ」
「え?カロリーネ様が梯子を外されたなんてことは経験上ないはずですよね!」
ちなみにハイデマリーは今まで梯子を外されまくった人生だった。
急に現れた貴族の父に引き取られ、途中で編入する形で王立学園に特待生として入学し、学園長が王子様に対して特待生をサポートするようにと言い出した時には、この展開、鳳陽小説で読んだことある!と大興奮したものだった。
自分こそがヒロイン!と思い込んだハイデマリーはかなり痛い子だったかもしれないけれど、ヒロインが王子様と結婚して幸せになりました・・なんてところにまで到達するハシゴがハイデマリーのところにやってくるわけがない。
梯子はいつでも途中で外される。
幸せな貴族令嬢としての生活、みんなと楽しく過ごす学園生活。王子様との恋、そして幸せな結末。そんな風に梯子には表示されているものの、全ての梯子が中途半端なもので最後まで登れたためしがない。夢は大きく、その夢に向かって梯子はどこまでも伸びているように見えても、いつでも途中で外される。それがハイデマリーのこれまでの人生だったということに気がつくと、悲しくなって涙が後から後からこぼれ落ちる。
「カロリーネ様は・・梯子を外されたことなんてないですよね?」
そう言ってハイデマリーの涙がポロポロと頬をこぼれ落ちると、その涙をハンカチで拭いながらカロリーネは困ったような笑みを浮かべて言い出した。
「私ほど哀れなほどに梯子を外された人間はいないわよ」
「え?」
「モラヴィア侯国の第三王子の婚約者。それがいつの間にか有耶無耶となり、仕方がないので一人で生きていこうと覚悟を決めたその時に、あの人は私を迎えに来たわ。確かに迎えに来たのだけれど、その後、自国に戻ってからは貴女の家に置いたままで放置状態。そうして再びよく分からない輩どもに襲われることになってようやっと女伯爵であるカテリーナ様のところに保護されることになったのだけれど、クラルヴァインでは曲がりなりにも侯爵令嬢だった私の扱いは、今ではすっかり平民よ」
「いやいや!何が平民ですか!そんなに美しいデイドレスを身に纏って!見るからにお貴族様以外の何者でもないですよ!」
ハイデマリーが興奮した声を上げると、カロリーネは首を横に振って言い出した。
「あのね、私、貴女の家に何ヶ月居たと思うの?二ヶ月以上居たのよ?」
ハイデマリーの家に移動してからというもの、カロリーネは質素なワンピースドレスに身を包み、ペトルのどうしょうもない帳簿の整理に明け暮れた。自分のことは全て自分で出来るようになっているから何の問題もなかったと言えるけれど、扱いとしては最低の扱いである。
「平民の生活を侮辱しているわけでもないし、ハイデマリーの家族にはとっても良くして頂いたわ。それを嫌っているわけではないし、平民の生活だってやっていける自信だって持っているわ。だけどね、私はドラホスラフ様に誘拐されるようにモラヴィアに連れて来られて、王子様との幸せな生活を夢見てしまったの。だけど、王子様の幸せな生活ってなに?ねえ、ハイデマリーはどう思う?」
せめて王家が所有する別荘の一つにでも連れて行かれるのであれば、自分が将来的に彼の伴侶になるのだろうと想像することも出来たかもしれない。だけど、連れて行かれた先はハイデマリーの家だったのだ。襲撃を受けた為、今は女伯爵の家で保護をされているけれど、それもクラルヴァイン王国の(名ばかりとはいえ)貴族派筆頭と言われる侯爵家の令嬢相手だからこそだ。
「梯子にはいつでも素敵な看板がぶら下がっているのだけれど、その看板は大概が夢であり理想であり、それが現実に繋がるなんてことがあるわけがないの。鯨の髭を使って大儲けだなんていつまでも続くわけがないじゃない。鯨の数だって有限なのよ」
カロリーネはペトルの方を振り返りながら言い出した。
「ペトルさん、あなたの理想はよく分かるのだけれど、優美な腰のラインを作り出すのに鯨の髭を使い過ぎているのは間違っているわ。それにコルセットがこの世から無くなるなんてことはありえない、それはマーメイドドレスを世の中に発信してきた私が断言するわ」
「カロリーネ、あなたなら、コルセットなんて時代遅れと言い出すと思って・・私、服飾について貴女と話し合うのが怖かったのだけれど・・」
ペトルの前職は海軍の将軍かもしれないけれど、コルセットでここまでのし上がって来た男なのだ。コルセット作りには一家言持っていると言えるのだけれど、コルセットを利用しないマーメイドドレスを作り上げたカロリーネとは求めている路線が違うと考えていた。だからこそ、服飾そのものの話ではなく、経営について彼女に相談していたのだが・・
「女性はお年を召すと肉が下にぶら下がっていくのよ、それを補正するための下着は永遠に求められるの」
「カロリーネ、私と下着について語り合わない?」
「ええ、ペトルさん。梯子を外された者同士、心ゆくまで語り合いましょう」
手を握り合う二人は、ハイデマリーの顔が真っ青になっていることに全く気が付くことがなかったのだった。
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