第十七話 梯子を外された男
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ペトローニオ将軍は綿に飛び付いた。仲介業者をいくつも間に挟まずに直接生産者(と言ってもクラルヴァインの王族)と交渉出来るというのなら、本国とはほとんど関係ない戦争のことなどどうでも良い。
そうして、まずは準王族である自分が王族(アルノルト王子)の乗る船へと移動をして、交渉を進めることになったのだが、
「まあぁああ!お兄様!将軍様にパクリと食べられずに無事に帰って来ましたの?まあ!まあ!まあ!この世の中に神様って本当にいますのね!私、驚いてしまいましたわ!」
と言って出迎えたのが王子の婚約者であるカサンドラだった。
「ほらっ、私ったら上三人が姉だったから、乙女の中に囲まれるような形でスクスクと育つことになったのよ!十二歳の時に弟が生まれるまでは、私ったら自分が女だったんじゃなかったかしらって思っていたほどで、親は育て方を間違えたとか何とか言って、今でも後悔しきりなんだけれど、そんな私の情報を掴んでいたのが十三歳の少女!しかも、実の兄を生贄にして差し出しているのだから恐れ入るにも程があるってものよ!」
ナエルとコルソの海戦は、遥か東の果てにあるような大国鳳陽への外交から帰って来たその年に起こったのだが、わざわざ兄のセレドニオに付いてカサンドラが北海まで向かったのには理由がある。
「貴族の娘として育ったカロリーネ様なら覚えがあると思うのだけれど、当時、より細い腰を求めて鉄線を利用したコルセットが流行したでしょう?」
カサンドラからそう問われて、カロリーネは思わずゾッとしてしまった。
「腰がより細く見えるということで、お母様も購入されていましたけれど、重量はあるし、肌に食い込んで痛いし、背中は四六時中痛いしで、大変な思いをしたのを覚えておりますわ」
「私は鳳陽から帰ってくるまでノーコルセットで暮らしていたの。そんな私があんな鉄線入り、使えるわけがないじゃない?だから船に乗って北に向かって鯨の髭を取りに行こうと考えたの」
「「あっ!もしかして!」」
カロリーネとハイデマリーが何かに気が付いた様子でペトル見る。
「「ペトルさんが商売で成功したのは、鯨の髭を使ったコルセットを流行させたからですよね?」」
ペトルは二人の令嬢に向かってにこりと笑った。
「アルノルト王子の婚約者であるカサンドラ様は(自称)悪役令嬢として有名だとは聞いていたのだけれど、そんな悪役令嬢が私に囁いたの。女性はみんな鉄入りのコルセットなど嫌っているから、今こそ鯨の髭を使ったコルセットを売りに出すべきだって」
やる気がないカサンドラは、鉄なんか入れるくらいだったら鯨の髭を入れたら良いだろうと考えた。海賊サンジーワが住み暮らす地域では鯨の捕鯨も行うし、その素材を衣装の素材として取り入れる。自分で商品開発なんかしたくはないので、誰か適した人にやらせれば良いだろう。
「鯨はクラルヴァインの遥か遠洋を泳いで渡ってしまうから捕まえることなんか出来ないし、食べる習慣などもないのだけれど、アークレイリではたくさん捕まえるし、たくさん消費すると聞いていたのだもの。だから将軍に、痛くないコルセットを作って頂戴とお願いしたの」
「その時は、コルセットね〜と思ったのだけれど、面白いとも思ったの。ただ、うちの国にこの話を持って帰っても笑わられて終わるだけね」
なにしろ寒い国アークレイリでは、どんな淑女も厚着をして過ごす関係でコルセットなどというものは流行しなかったのだ。コルセットを使わない北辺の国に、南方諸国の淑女たちが使うコルセットを作ろうと言ったところで、理解が追いつくわけがない。
「ナエルとコルソという小国同士の戦いに、本来ならアークレイリやクラルヴァインなんていう大国が援軍として出て行くこと自体がおかしな話だったのよ。私たちはお互いに戦うことはやめて、両国が国交を結ぶために努力をする道を選んだの。うちの公爵は文句を言ってはいたけれど、責任を取って私が軍を辞任することで黙らせた。そうして私はモラヴィアへと移動をして(自称)悪役令嬢のためにコルセットの商品開発に邁進することになったのよ」
ペトルが開発した女性用コルセットは綿の素材に鯨の髭のボーンを162本も入れたものとなる。鉄のように鋭い痛みを加えることなく優美な腰のラインを作り出し、パニエには軽さを重視したパティングを加え籐製の枠をつける。
柔らかさと軽さを重視したペトルの商品は大当たりし、下着から派生する形で複数のブティックを所有するメゾンのオーナーになったペトルだが、恨みがましい眼差しでお仕着せ姿のカサンドラを見つめた。
「捨てるだけだった鯨の素材がお金になるということが分かって、うちの国でも大喜びすることになったのよ。なにしろ鯨の髭は一つのコルセットにたくさん使うことになるのだから、高額での取引がされるようになる。女性の美を追求するために、より負担の少ない下着の開発を今でも続けているというのに、カサンドラ様、あなた、今クラルヴァイン王国でどんなドレスを流行させていらっしゃるの?」
クラルヴァイン王国では今、マーメイドドレスが飛ぶように売れている。コルセットを利用しない女性の自然の美を追求するドレスは、周辺諸国の淑女たちをも魅了し始めていた。
「何もかも投げ出して、私がここまで進めていたというのに・・ここで梯子を外すなんてどういうつもりなのよ?」
そう言ってカサンドラを睨みつけるペトルの紫水晶の瞳から涙がポロポロとこぼれ落ちた。
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