第十五話 やる気がないにも程がある
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クラルヴァイン王国の王太子妃カサンドラは、やる気にムラがある王太子妃とも言われている。一度やる気になれば、今まで手をこまねき続けていた行政の改革についても、一気に推し進めるようなこともやるというのに、一度やる気が出なくなると、とことんまでやる気がなくなるのだ。
今まで何度もそのやる気のなさを目の当たりにしてきたカロリーネも、ここまでやる気がないカサンドラを見るのは始めてだった。
「カサンドラ様、そろそろクラルヴァインの王宮に戻った方が良いのではないですか?」
「ええ?私が?」
自分のお腹の上に息子のフロリアンを乗せたカサンドラは、ゴロリとソファに寝転がって先ほどから本を読んでいたのだが、その本が最近モラヴィア王国で流行している禁断の愛(同性による不倫もの)であることをカロリーネは知っている。
「こんな所で、私の侍女をしているなんてどうかしていると思いますわ!アルノルト殿下の了承は得ているのですよね?」
「もちろん!了承は得ているわよ〜!」
カサンドラは寝転がったまま言い出した。
「夫の了承も得ているし、私がここに居たとしても何の問題もないの」
「本当に?」
「本当ですわよ!私は今までカロリーネ様に対して嘘を言ったことなどありましたかしら?」
カサンドラはカロリーネに対して嘘を言ったことはないが、本来言うべきことを黙っているということは良くあることだ。
「本当に?カサンドラ様がここに居るということで、アルノルト様が私に対して激怒するなんてことはございませんわよね?」
「激怒なんかしませんわよ〜!」
アルノルトは日中、外出をしているのでバーロヴァ女伯爵の邸宅を不在にするが、夜になると戻ってくる。ここでも親子揃って寝所は同室としているので、激怒するわけがない。ただ、アルノルトがモラヴィアに滞在していることは極秘事項でもあるため、カサンドラはカロリーネにも教えていない。あくまでも自分はカロリーネの父に頼まれて、モラヴィア侯国まで様子を見に来たという体でいる。
「私はカロリーネ様の疲弊したお心をお慰めするためにここに来ているのですもの、お茶が欲しい時には声をかけてね〜」
エンゲルベルト侯爵家のお仕着せを着たカサンドラは、お腹に赤ちゃんを乗せて本を読みながらそんなことを言っているが、そんな状態のカサンドラにお茶を淹れてくれなどと頼むことが出来るわけがない。
「はあー、カサンドラ様がやる気がない時にはとことんやる気がなくなることは前から知っておりますけど、まさかモラヴィア侯国に逃げて来てまでやる気がないを主張するとは思いもしませんでした!」
「カロリーネ様、貴女は誤解をしているわ!私は十分にやる気がありますわよ!」
「嘘です!それは嘘です!」
やる気がないお仕着せ姿のカサンドラが寝転んで本を読んでいる間に、お付きの侍女たちが甲斐甲斐しくカロリーネの面倒までみてくれるので、申し訳なくなってくる。彼女たちはカロリーネの実家が侍女のために用意しているお仕着せを着ているが、確実に王宮の奥深くで働いているような女たちなのだ。
「カロリーネ様!大変です!大変です!」
カサンドラたちと同じようにエンゲルベルト侯爵家のお仕着せを来たハイデマリーが慌てた様子でやって来ると言い出した。
「何をとち狂ったのか、うちのオーナーがこのお屋敷まで来ているんです!帳簿のことで相談したい部分があるのでどうしてもカロリーネ様に面会したいと言うんですけど、どうしましょう!うちのオーナー不敬罪で捕まっちゃったりしないですよね?」
クラルヴァイン王国から追放処分を受けることになったハイデマリーは、カロリーネの差配でモラヴィアの侯都リトミシェルまで家族揃って移住して来たのだが、移住後、彼女たちを雇用してくれたのがオートクチュールも抱えるブティックのオーナーペトルだったのだ。
ハイデマリーはお針子として働いていたのだが、カロリーネはこちらに移動してからは経理部担当として働いている。確かに帳簿の整理は最後まで終わってはいないのだが、わざわざ侯王の実姉となるカテリーナ・バーロヴァ女伯爵の元までやって来る意味が分からない。
「訳が分からないわ」
「そうなんです、訳がわからないことに、ペトルさんは無事に応接室まで案内されているんです」
「ブティックのオーナーのペトルさんが応接室に?」
「カテリーナ様に見つかる前に回収した方が良いと思うんです!今、ペトルさんが不敬罪で捕まって死刑になったら、うちのブティックは潰れてしまいます!」
なんということだろうか・・いくら帳簿が中途半端にしか整理出来ていなかったからといって、わざわざカロリーネの所まで確認に来なくても、専門家を複数人雇えばいいだけの話ではないか。
「モラヴィアって平民と貴族の垣根が低かったのかしら?」
「そんなことありませんよ!どちらかと言うとクラルヴァイン王国よりも高いです!」
「信じられない・・」
カロリーネが思わず目眩を起こすと、お腹の上に乗っていたフロリアン王子を乳母に渡したカサンドラが、立ち上がりながら言い出した。
「とにかく、応接室に行ってしまったのだから仕方がないでしょう。何か粗相をする前にこちらで回収いたしましょう」
そう言ってカサンドラはスカートの皺を髪のほつれを専属侍女たちに直させると、
「さあ!行きましょう!侍女として後ろからついて行きますから!ほら早く!」
と、言い出した。
気がついてみれば、まだ赤ちゃんのフロリアンを抜かせば、この部屋に集まったカロリーネ以外の人間全てがエンゲルベルト侯爵家のお仕着せを着ているような状態なのだ。
「私もお仕着せを着ようかしら」
王太子妃がお仕着を着ている状態なため、この集団の中で一番偉そうに見えるのは、美しいクロームオレンジのデイドレスを身に纏ったカロリーネということになるだろう。
「ほら!女伯爵様の目にとまる前に回収しないと!」
カサンドラにそう声をかけられたカロリーネは、
「そ・・そ・・そうですね!」
と答えながらも、お仕着せ姿のカサンドラを改めて見つめることになったのだ。
この後、カテリーナ・バーロヴァ女伯爵とカサンドラが遭遇したらどうなってしまうのだろうという新たなる疑問を抱えながら、自分の胃がキリキリと痛くなってきたことに気が付いた。
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