第十三話 従者アクラム
お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。
スーリフ大陸の南方に位置する大陸のことを南大陸と呼称されているが、現地の人々は創造神の名を冠して『オルドゥマレ大陸』と呼んでいる。中央に砂漠地帯が広がるオルドゥマレは熱い。南端に向かえばそれなりに山があり、雪解け水なども注ぎ込むことにもなるのだが、幹の細い低木が育つばかりで、幹の太い木々が育ちにくい風土と言えるだろう。
このオルドゥマレ大陸の玄関口と呼ばれるのが、クラルヴァイン王国と海峡を挟んだ向かい側に位置するアルマ公国。このアルマ公国よりも遥か南に位置するのがバジール王国と呼ばれる国であり、アルマ公国の公女がバジール王国へと輿入れすることとなったのだ。
多くの妻を娶ることが可能なバジールの王は、十八番目の妃として公女エルハムを受け入れた。バジールの王アルモエズが多くの妻を娶るのは、何も好色だからというわけではなく、近隣諸国との繋がりの強化と、花嫁がもたらす持参金が目的だったりするのだ。
持参金が目的だからこそ、どんな花嫁でも受け入れる。例え難がある女性であっても、何か大きな問題を起こした女性であっても構わない。花嫁はバジールの後宮に入れば、死ぬまで外に出ることはない。
バジールは花嫁の監獄とまで言われるような場所であり、地位はあるけれど問題もあるという令嬢の受け入れ先のような場所でもあったのだ。その花嫁の監獄とも言われる場所に入ったはずのエルハムが、マグダレーナの従者アクラムが所有する家で待ち構えていた。
「ねえ!アクラム!ちょっと小耳に挟んだのだけれど、まさか貴方が失敗しただなんて、そんな馬鹿な話はないわよね?」
男たちを虜にする豊満な胸にくびれた腰、妖艶な眼差しにぼってりとした唇が吸い付きたくなるほどの色気をもつ。バジール王国の第18妃エルハムは嫁いで以降、ますますその色気に磨きをかけている。
そんなエルハムが後宮の外に出ることが出来たのは、何処かの誰かをたらし込んだからという訳ではなく、政略が絡んでのものとなる。
現在、バジール王国では後継者争いが盛んに行われているのだが、アルモエズ王が寵愛する第三妃の息子が一歩で抜きん出ているような状態なのだ。それを覆したいのが第一妃で、自分の息子マシャアルを王位に就けたいと考えているのだが、第一妃の子と第三妃の子とでは十歳近くの年の開きがある。要するに、第一妃の子供の方が幼いのだ。
マシャアル王子を王にしたい第一妃は第十八妃となったエルハムに目を付け、声をかけることになったのだが、エルハムは監獄にも等しい後宮から出ることが出来るならばと飛びつくようにしてその話に乗っかった。
エルハムはアルマ公国の前公王が溺愛していた娘であり、今では兄が公王の座についてはいるが、今でも公国内に多くの信奉者を抱えている。女には珍しくクラルヴァイン王国に留学した経験もあり、閉鎖的なバジール王国では学びとることなど出来ない広い視野を持っているのだろうと第一妃は考えた。
男尊女卑の考えが根深く残るオルドゥマレ大陸では、高貴な身分の男であればあるほど、女は無知であるほど良いと考えている。学を身につけるなどもっての他と言われる中で、エルハムは北大陸の学園にまで行ったのだ。(このあたりのことについてお忘れの方は、掲載中の『悪役令嬢はやる気がない』を読んで頂ければ幸いです)
「はあ・・何処が優秀な公女なんだ・・何処が留学経験もある才女なんだ・・それは何処から出て来た話になるんだ・・」
思わず心の中で愚痴を吐き出しながらアクラムが項垂れると、エルハムは妖艶の笑みを浮かべながら言い出した。
「私の追放処分に関わったカロリーネ・エンゲルベルトが死ぬと聞いて、わざわざ侯都までやって来たというのに、来てみれば失敗。しかも素人相手に失敗するだなんて本当の話なの?」
「本当の話でございますよ」
大きなため息を吐き出したアクラムがエルハムの前に座ると、老婆がアクラムの前にワインとグラスを置いていく。アクラムが所有する家には基本的にこの老婆しか置かないのだが、今はエルハムが滞在しているとあって、エルハムが連れて来た使用人が五人ほど住み暮らしている。
今いる部屋はアクラムの私室ということにもなるため、他の使用人は入らない。扉の横に置いた椅子に座り込むと、老婆はうとうとと船を漕ぎ始めている。
「ハイデマリー・フェヒトという令嬢の名に聞き覚えはありませんか?」
アクラムの問いかけに、エルハムは長い睫毛で縁取られた目を大きく見開いた。
「学園で同級生だったと思いますが、クラルヴァイン王国の王太子の婚約者、今は王太子妃となっておりますが、傷つけるのに一役買ったという罪で国外追放となっておりますよね?」
「そのハイデマリーがなんだというの?」
「そのハイデマリーという令嬢が、カロリーネ嬢を匿っていたのです」
「うーん・・ハイデマリーはカロリーネやカサンドラの所為で、国外追放になったのよね?」
「そうですね」
「だというのに、カロリーネを匿っていたというの?」
「そうですね」
理解し難いという表情を浮かべたエルハムは、それでもあの娘ならそういうことをやってしまうかもしれないと思い直す。なにしろ、公国の公女であるエルハムに対してまで、勉強を教え込もうとしたほどのお人好しなのだ。お人好し故に、誰かの言いなり状態になってしまうような娘でもある。
「実は、私の方に北辺の国アークレイリからお声が掛けられることとなりまして」
アークレイリというと、スーリフ大陸の北端に位置するような国となる。
「どうやらあちらの国としては、カロリーネ嬢を手に入れたいと考えているそうなのです」
「何故?」
「さあ」
アクラムは首を傾げながら言い出した。
「カロリーネ嬢はクラルヴァインの王太子妃カサンドラ殿下の右腕とも呼ばれる人でもありますし、最近では服飾事業に成功して、時の人にもなっておられます。噂通りにモラヴィアの第三王子がマグダレーナ嬢と結婚をするのなら、あぶれた令嬢を手に入れたいと考えているのかもしれません」
「まさかその話があったから、襲撃に手を抜いたという訳じゃないわよね?」
胡乱な眼差しでエルハムに見つめられたアクラムは、苦笑を浮かべながら言い出した。
「エルハム様もマグダレーナ様も、復讐とか悲劇とかが大好きなのだとは思いますが、私は金が好きなのです」
アクラムとしては、珍しい新緑の毛色の猫をすぐに殺してしまうよりも、金に変えたいと考えている。
「新緑の猫をアークレイリに売れば、モラヴィアの第三王子は大いに嘆くことでしょう。私は猫を売って大金を得ることが出来るし、猫は北に向かっている最中に死ぬことになる。ただ殺すだけでなく、金を得て、ドラホスラフ王子を大いに失望させた後に、猫を殺した方が面白いと思うのです」
先ほど、同じような話をしたマグダレーナには、失意の王子を慰めるのはマグダレーナの役目なのだと吹き込んである。
「どちらにしても殺すのよね?」
「殺しますとも」
金や宝石を算出するバジール王国では、北大陸に位置するモラヴィア侯国の植民地化を企んでいた。船の材料となるような樹木が育たないため、他国から船を買い取ることしか出来ないバジールとしては、金額の高さにいつでも頭を痛めている。
であるのなら、北に位置する諸外国がしていることと同じように、バジール王国も植民地を作り出せば良いだろう。大木が多く育つ国を占領し、木材を独占してバジールのための船を作る。その目的のために何年も前からアクラムはモラヴィア侯国に潜伏し続けているのだが、この占領作戦にエルハム公女が絡んで来たことが吉を呼ぶのか凶を呼ぶのかは、今のところアクラムにも分からない。
6/10(月)カドコミ様よりコミカライズ『悪役令嬢はやる気がない』が発売されます!!書き下ろし小説(鳳陽編)も入っておりますので、ご興味ある方はお手に取って頂けたら幸いです!!鳳陽ってどんな国?なんてことが分かる作品となっております!よろしくお願いします!!
宣伝の意味も含めて『モラヴィア侯国編」の連載を開始いております!最後までお付き合い頂ければ嬉しいです!
モチベーションの維持にも繋がります。
もし宜しければ
☆☆☆☆☆ いいね 感想 ブックマーク登録
よろしくお願いします!