第十二話 悲劇好きのマグダレーナ
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「まあ、マグダレーナ様だわ!」
「相変わらずのお美しさですわね」
「今日はお兄様と一緒に観劇に?」
「そこまでようやっとお元気になられたのね」
第二王子パヴェルの婚約者だったマグダレーナは、一年間の喪が明けたということで、兄と連れ立って観劇に来ていたのだが、それでも派手なドレスなどは着用せずに濃紺のドレスを身に纏う。他の令嬢は輝かしい若さをアピールするように色鮮やかなドレスを着ている中、シックなドレスを身に纏っている彼女の姿は場違いなほどの静謐さを感じさせるものだった。
「マグダレーナ」
二階のボックス席に入ると、カウチに腰掛けるマグダレーナに兄のトマーシュが口を開いた。
「もうしばらくの間は、観劇などは慎むべきことではないのかな?」
「ええ〜?そうかしら〜?」
モラヴィア侯国の歌劇場はアダルベルトとボフミールという二人の若手建築家の手によって作られたものだ。古典の荘厳さと新しい建築方式を取り入れた歌劇場は二千人を収容することが出来るもので、新しい息吹を侯都に吹き込むことを意識したものだったのだが、有識者からの意見は厳しく、挙げ句の果てには一部の地盤沈下によって建物が傾き、楽屋となる部分が沈み込んだ。
結果、アダルベルトは自死し、ボフミールは憤死することになったのだが、モラヴィア侯国では良くあることなのだ。都合が良いように若手を起用しておきながら、最後の最後でこきおろす。
地番沈下と言っても数センチ程度のもので、しかも楽屋側。それほど大きな被害が出ているわけでもないのに、小さな瑕疵を大きく見たてて酷評する。封建的な風土なだけに新しい風が吹き込まない。それがモラヴィアの特徴とも言えるのかもしれない。
「みんな、私に対して同情的だもの。ちょっとくらい楽しんだって良かったねと言われるだけよ」
「全ての人間がお前に好意的という訳ではないのだぞ?」
マグダレーナが第二王子の婚約者として選ばれたのは、春に咲くマーシュマリーゴールドの花のように鮮やかな髪色と孔雀石のような瞳が特徴的な、春の可憐な花の姿を思い浮かべるような容姿の令嬢だったからだ。オルシャンスカ伯爵家はさほど権力もない家であった為、妾腹の王子の妻としては丁度良いとも考えられたから。
マグダレーナは家の権力の無さを見込まれてパヴェル王子の婚約者として選ばれたのだが、マグダレーナが王子の婚約者となって以降、オルシャンスカ伯爵家は破竹の勢いで力を付けていくことになったのだ。
第二王子であるパヴェルも非常に優秀な王子だったことから、オルシャンスカの後ろ盾を得て王位獲得も噂されるほどだったというのに、パヴェル王子は落馬事故で亡くなった。第二王子は亡くなってしまったが、だったらマグダレーナを第三王子の婚約者にすれば良いではないかと声高に言い出す貴族は大勢いる。
力をつけたオルシャンスカ家は、今では到底無視など出来ない存在に成り上がっているのだ。
「しかも演目が『愛の悲劇』か」
歌劇は最後にヒロインが悲劇の死を招く内容のものが多いのだが、この作品もまた、最後にヒロインが悲劇的な死を迎えることになる。今まで愛を育んできた婚約者の男が居たのだが、ある日突然、何も言わずに男は故郷へと帰ってしまう。
周囲の反対を押し切ってヒロインは男の故郷を目指すのだが、自分を平民と偽って男の住む屋敷へ下働きのメイドとして入り込む。そうして、愛した男が美しい女と一緒に愛を語らっている場面に遭遇することになるのだ。
その後、ヒロインは美しい女を殺そうと企むのだが、男に阻止され、殺されてしまうことになる。美しい女は男の血の繋がっていない姉であり、義理とはいえ姉弟の関係に苦悩する男は、ヒロインとの愛に逃げようとしたが、結局それも上手くいかずに、義姉との愛を自覚し、最終的に二人は結ばれることになる。
「とっても良い演目ではないですか!わざわざ婚約者を遠くまで追って行って、平民に身をやつしてまで近づこうとするのに、真実の愛を見せつけられるだけの当て馬令嬢。憐れで、憐れで仕方がなくて、最高の作品だと思いますのよ」
ドラホスラフの婚約者だったカロリーネ・エンゲルベルトがモラヴィア侯国に入国したということまでは掴めてはいたものの、何処に居るのか全く分からないままの状態となっていた。
王宮に顔をだすドラホスラフ王子はカロリーネを連れて歩いていなかったし、彼の離宮にもカロリーネらしき女性の姿はいない。ドラホスラフに友好的な貴族の屋敷を確認して回ったものの、彼女の姿は何処にも無かったのだった。
そうして探し続けて二ヶ月が経過し、従者のアクラムがようやっとカロリーネを探し出して来たのだが、まさか、平民の住む家に匿われていたとは思いもしない。しかも、平民の仕事を嬉々として手伝っていたという話を聞いて、マグダレーナは呆れ返ってしまったのだった。
「あら、マグダレーナ様よ」
「本当だわ」
一階の平土間の方から声が聞こえてくる。
ボックス席からそちらの方を見ると、貴族令嬢らしき二人組にマグダレーナは笑顔を浮かべて会釈をした。
本日、マグダレーナが兄と共に歌劇を見に来たのは、当て馬令嬢の憐れな悲劇を見たかったからというわけではなく、自分はこの時間、気分転換のために兄と観劇をしていたという様子を色々な人間に見せるためだ。
今頃は従者のアクラムは、金を使って手練れを用意し、カロリーネが匿われている家を急襲しているはずである。ドラホスラフと結婚しようと考えているマグダレーナにとってカロリーネは邪魔な存在であり、随分前から排除しようとしてはいるのだが、今まではクラルヴァイン王国に居るということもあって、なかなか上手くいかなかったのだ。
「お兄様、今度こそ本当に上手くいきますわ!」
「本当に?」
「ええ、本当に」
自分はカロリーネ暗殺には一切関わっていないと示すために、わざわざ観劇をすることを選んだのだが、丁度、面白い演目で良かったとマグダレーナは思っていた。マグダレーナは誰も死なずに終わるようなハッピーエンドが嫌いだ。やっぱり歌劇といえば、悲劇で終わるのが良い。
ヒロインが嫉妬と憎悪で気も狂わんばかりに歌い出すシーンは圧巻で、何度も見た劇だったけれど、本日のヒロインも最高だった。舞台が終わり、役者たちが三度も舞台上に出てきて、スタンディングオベーションの盛大な拍手喝采が会場内にこだました。
「はあ、本当に最高」
悲劇は最高だ、いつだってマグダレーナの心を熱くする。
そうして熱狂の中、会場を後にして用意された馬車の方へと戻ると、待ち構えていた従者のアクラムを見てマグダレーナは笑みを浮かべる。
馬車に乗り込む際に手を借りながら、
「首尾は?」
と、問いかけると、アクラムは形の良い眉をハの字に広げながら言い出した。
「残念ながら猫は逃げました」
「はあ?」
「猫は逃げたのですが、どうやら北辺の男がその猫を欲しがっているようです」
「はあああ?」
「殺さずに渡す形で話を付けても良いかもしれないですね」
馬車のシートに座り込んだマグダレーナは両手で扇子を握り締める。
「渡すってどういうこと?」
兄の後から馬車に乗り込んできたアクラムは、
「悲劇を望むお嬢様には申し訳ないのですが・・意外に猫を欲しがる人間が多いみたいなんですよ」
と言うと、悩ましげな表情を浮かべていたのだった。
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