第八話 侯王の姉
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「まあ!まあ!それは確かにそうよ!モラヴィアは蜂蜜を使ったデザートが有名ですし、種類も豊富なのですから、それを満喫せずして何を満喫すると言うのですか?」
侯王の姉となるカテリーナ・バーロヴァ女伯爵はそう言って紅茶を飲むと、目の前に座るカロリーネににこりと笑みを浮かべたのだった。
白髪が混じる栗色の髪を一つにまとめた、緋色の瞳を持つこの夫人は、北辺の国の王弟の元に嫁いでいたのだが、夫が亡くなった為、モラヴィアに帰って来たというような人だった。
子供たちはすでに独り立ちをしているし、成人をしている孫もいる。寒い国にいるよりも余生は母国で暮らすことを選んだカテリーナに、一代限りの伯爵位を授けたのはモラヴィアの侯王だ。出戻ってきた姉を手厚く庇護する姿を貴族たちに見せつけたのだけれど、カテリーナ自身は王宮に返り咲く気は全くなく、社交界にも顔を出さずに侯都の端の方で隠遁生活を送っているのだった。
クラルヴァイン王国からモラヴィア侯国へと移動して来た際に、カロリーネは一度、夫人に挨拶を行なっている。その時には、何かあった時にはカロリーネを庇護して欲しいとドラホスラフ王子が伯母となるカテリーナに頼みこむ形となっていたのだが、本当に庇護をして欲しいと頼む時がやってくるとは思いもしなかったカロリーネは、
「でも、クラルヴァイン王国にも美味しいデザートは沢山ありますし、そちらを食べる為に帰国する形でも問題ないかなと思うのですが?」
と、言い出した。
カテリーナはモラヴィアの侯王ヴァーツラフの姉であり、北辺の国と呼ばれるアークレイリ王国の王弟に輿入れした人でもある。
今まで平民であるハイデマリーの家に滞在していたカロリーネとしては、自分は本国では(一応)侯爵令嬢という肩書を持ってはいるけれど、隣国に渡ってしまえば平民程度の扱いとなってしまうのだと自覚した。その平民カロリーネが侯王のお姉様の家にご厄介になるだなんて、烏滸がましいにも程がある。
デザートで話が進んでいくのなら、クラルヴァインのデザートを求める形で帰国したい。というか、そろそろ本当に帰りたい。最近では、何故自分がモラヴィア侯国に居なければならないのか良くわからなくなっているカロリーネだった。
「あらまあ、本物のメイプルシロップをまだ飲んでもいないのに?それはあまりにも勿体ないわよ」
カテリーナはコロコロ笑いながら言い出した。
「私が嫁いだアークレイリ王国は、モラヴィアと同じように鬱蒼とした森に囲まれたような国なの。自国の産業としてメープルの木を沢山植林しているのだけれど、雪解けの季節にとれる樹液は本当に美味しいの。もし良かったら、アークレイリまで私と一緒に旅行する?美味しいシロップをご馳走するわよ?」
南に位置するクラルヴァインに戻ろうとしているのに、北辺のアークレイリに移動してしまったら、祖国からどんどん離れることになってしまう。
「貴女が植林事業の重要性をモラヴィア王国に提言することになって、アークレイリでも非常に興味を持っているところなの。今までアークレイリではメープルの木の植林は積極的に行って来たけれど、それ以外については無頓着だったのは間違いないの」
安定した治世が続けば人口増加にも繋がり、国内の人口が増加すれば、人々の食い扶持をつなぐために森を開墾して農地を作り出し、燃料として多くの木材を消費する。
「アークレイリの専門家が森の衰退が著しいと警鐘を鳴らしていたのだけれど、誰もがそんな意見に無視をしていた。そうしたら、モラヴィアで起こる自然災害は樹木の伐採が原因だというのでしょう?アークレイリでもメープルだけでなく、他の木々も自分たちで計画的に育てなければならないと思っているし、貴女の意見を聞いてみたいとも言っているの。だから、一緒にアークレイリに行かない?」
小首を傾げながら笑顔で言い出すカテリーナを前にして、カロリーネは返答に困ってしまったのだが、
「あのね、うちにも年頃の孫が五人いるの。もしもアークレイリに行ってくれるなら、カロリーネちゃんに孫を紹介してあげたいわ〜」
想像もしなかった勧誘に、カロリーネは生唾を飲み込んだ。
「アークレイリ人って輝くような銀髪の方々が多いのよ、それから神話に出てくる男神、女神みたいな容姿の人がやたらと多いの。何処かの顔を半分ほど隠して歩いている偏屈王子なんかは捨ててしまって、新しい恋に生きるのも良いと思うわ〜」
そう言って孫の絵姿をどんどんとテーブルの上に載せていく。
「駄目ですよ!絶対に駄目!」
夫人の家までカロリーネを連れて来ることになったハイデマリーが、首を激しく横に振りながら言い出した。
「カロリーネ様!駄目です!」
今日はもう休んだ方が良いと言われて、カロリーネは部屋へと案内されることになったのだが、後からついて歩いて来たハイデマリーが必死の表情を浮かべながら訴える。そのハイデマリーを見下ろしたカロリーネは、
「何が駄目だって言うのかしら?」
と言って思わず首を傾げてしまったのだった。
カテリーナが満を持してテーブルの上に並べた孫たちの絵姿は、耽美な容姿の者たちばかりとなっていた。まるで物語から出て来たような容姿の者ばかりなので驚いてしまう。クラルヴァイン王国の美丈夫といえば大概が金髪で、中性的な容姿であることが多いのだが、北辺まで移動をすると色素が一気に薄くなり、顔立ちも野生的というか、精悍というか、男らしい容姿となるようだ。
「カロリーネ様!絵姿に描かれたあまりの容姿の素晴らしさに、心揺さぶられたら駄目です!」
「うーん、私は容姿に魅力を感じているわけじゃないのだけれど」
世の中の大半の女性はまず、第一に男性側の容姿を見て判断することになるのだろうが、カロリーネはまずは第一にその人の地位を見て判断する。
自分がクラルヴァイン王国という最近では貿易でアゲアゲ状態の国の侯爵令嬢だとして、そんな自分が嫁いでちょうど良いという相手かどうかが重要で、顔なんかは二の次三の次。カテリーナ様の未婚の孫たちはアークレイリ王国の前王の弟の孫たちだ、適度に王家から血が遠ざかっているのは一考に値するかもしれない。
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