第六話 命の方が大事
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ハイデマリーの母アロナは狩人の娘だ。可愛らしくて守ってあげたくなるような庇護欲をそそられるハイデマリーの容姿は母から受け継いだもので、母アロナは一見すると、春風にそよぐカルミアの花のように小さくて可愛らしい雰囲気の人だ。だけど中身は全然違う。可憐な花に擬態した肉食獣のような人、それがハイデマリーの母アロナということになる。
何かが屋根から落とされたような音が屋外に響いたかと思うと、裏口の扉が開いて男を担いだ可愛らしい主婦、アロナが入って来た。
「どうもおかしいと思ったの!」
アロナは一般的なクラルヴァインの女性と比べても小柄だというのに、自分の背丈よりも遥かに背が高い男を床の上に放り投げた。
アロナは一度、誘拐されてひと月近く監禁されたことがある。
エルハム公女の命令で、アルマ公国の人間と金で雇ったクラルヴァイン人によって誘拐されたのだが、そんな経験から、アロナはアルマ公国の人間を激しく恨んでいるところがある。
今回、自分たちの家に襲撃をかけようとする人間がアルマ公国の人間かもしれないということで、憎悪に身を燃え上がらせながら屋根に登って待ち構えていたところ、まずは斥候の男を捕まえることになったアロナは、男の顔を露わにしながら不服そうに口を尖らせる。
「あのね!これって!アルマ人じゃないわよね?」
男はアロナに散々殴りつけられたようで、顔は腫れ上がり、痣だらけの状態で失神していたのだが・・
「確かに・・アルマ公国の人間にしては肌の色が濃すぎるように見えるな」
男を縄で拘束しながら叔父のギルアドが言い出した為、ハイデマリーもまじまじと男の顔を覗き見た。
細い木の棒くらいだったら乗りそうなほど長いまつ毛に、彫りが深い顔立ち。鼻が高く、唇が薄く、悪そうな顔をした痩せ型の男だったけれど、アルマ公国の公女だったエルハムと比べて見ても倍以上には肌が黒いように見えた。
「多分、南大陸の中部から南部に位置する国から来た人間じゃないかな」
仕事の関係上、港に出ることも多い従兄のイーライが言い出した。
「最近、クダニクス港には南大陸から渡って来る人間が多いんだ。どうやら南大陸で金鉱が新しく発見されたらしくって、その金を運び込むために、南の人間が入り込んでいるっていう話は聞いたけど」
「何でもモラヴィアは関税が他の国と比べて安いから、玄関口としてモラヴィア侯国が利用されるようになったっていう話を聞いたな」
ギルアドが縄でぎゅうぎゅう縛りながらそんなことを言うと、
「いいえ、関税が他国に比べて安いなんてことはないはずです」
突然、そんなことを言われた為、ハイデマリーはその場に飛び上がりそうになってしまった。
ハイデマリーが慌てて振り返ると、扉からこちらを覗き込んでいたカロリーネが形の良い眉をハの字に広げながら言い出した。
「南大陸との貿易はデリケートな問題もあるため、周辺8カ国は関税を一律にして対応することを約定として決められたのです。それが変えられたという話は聞いていないのですが」
「だけどクダニス港には結構、南の船が停泊していますよ?」
関税は関係ないと言われたものの、それだけ南大陸から移動をしてきた船が行き来しているのだ。立ち上がったイーライがカロリーネの方へ向かって歩き出そうとした為、それを押さえつけたハイデマリーが焦ったように口を開く。
「もしかして!あれじゃないですか!アルノルト殿下がアルマ公国に喧嘩を売ってしまったものだから、アルマ公国とか、南大陸の他の国とかが、クラルヴァインの港を利用するより、モラヴィア侯国の港を利用してやろうと考えたとか!そういう可能性もありますよね!」
ハイデマリーは知っている。アルマ公国から留学をしに来た公女エルハムがライバル心を燃やした末に、アルノルトの婚約者であるカサンドラが剃刀で手を切る怪我をすることになったことを。そのことに激怒をしたアルノルト王子は艦隊を率いて公国を襲撃し、港湾都市一つを堕としたのは皆の記憶にも新しいことだ。
「アルマ公国は南大陸の玄関口、他の国々にも顔は広いことは有名なんですよね?だから、嫌がらせ的な感じでモラヴィア侯国に肩入れをしているとか?」
ハイデマリーがそんなことを言っていると、叔父のギルアドが大きなため息を吐き出した。
「カロリーネ様は侯王の三番目の王子であるドラホスラフ殿下の婚約者。その婚約者がうちに匿われていることがバレたってことで、南大陸の中部から南部に位置する国の人間が急襲をかけてきた。だったらハイデマリー、カロリーネ様を連れて逃げろ」
叔父の言葉を聞いて、カロリーネはごくりと生唾を飲み込んだようだった。
ハイデマリーはカロリーネから大きな恩を受けている。
なにしろ、家族全員が揃ってクラルヴァイン王国から出国して、無事にモラヴィア侯国に移住出来るように手配をしてくれたのはカロリーネなのだ。その恩に報いるためにこちらの国の情報をカロリーネに送ってはいたものの、今現在、ハイデマリーが針子として勤めているメゾンの経営の立て直しに協力をしてもらっている時点で、借りが増え続けているような状態なのだ。
ある日、突然、カロリーネはハイデマリーの元にやってきた。学園でも一緒だったドラホスラフ王子と逃げるようにやって来たカロリーネをハイデマリーの家で匿うことになったのだが、それ以降、ドラホスラフ王子はハイデマリーの家にやって来てはいない。
侯都では最近、ドラホスラフ王子と亡くなった第二王子の婚約者だったマグダレーナ・オルシャンスカとの結婚が秒読みの段階に入ったという記事が新聞に載り、多くの人々が皇子の結婚に喜びの声をあげている。
だというのに、カロリーネは未だにドラホスラフ王子の婚約者のままで、クラルヴァイン王国を出国してモラヴィアの首都に留まり続けている。
「カロリーネ様、何処の誰がカロリーネ様を狙おうが、私が絶対にお助け致しますから」
男装をしたハイデマリーが顔を青ざめさせるカロリーネの手を握って笑顔を浮かべると、ハッとした様子でカロリーネはハイデマリーの顔を見つめた。
「で・・でも・・ペトルさんの店の帳簿の整理がまだ終わっていないのだけれど」
ペトルさんとはハイデマリーが針子として勤めるオートクチュールのブティックのオーナーのことであり、有名店を複数持っているくせに帳簿の整理が杜撰すぎるため、カロリーネが業務改善をしているところだったのだ。
「私はぺトルさんから受けた仕事より自分の命の方が大事だと思います」
ハイデマリーが真面目な顔でそう言うと、カロリーネは、
「そうね」
と言って、
「ハイデマリー、苦労をかけますが宜しくお願いします」
はにかむような笑みを浮かべたのだった。
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