第四話 マグダレーナと従者
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「今日は王宮でドラホスラフ様とお会いすることが出来たの!」
馬車に乗り込むなり、マグダレーナは従者のアクラムに向かって興奮した声を上げた。
従者アクラムは南大陸出身で、マグダレーナの父が懇意にしている商人の息子ということになる。褐色の肌に目鼻立ちがはっきりしており、まるで少女のような顔立ちをしているのだが、マグダレーナの従者をしながらこちらの文化を学んでいるところでもある。
「お時間がないようでお茶会をすることまでは出来なかったけれど、私に向かって嬉しそうに笑ってくださったのよ!」
きゃーっと弾けるような声を上げたマグダレーナは、自分の真っ赤になった顔を覆ってイヤイヤするように横に振りながら言い出した。
「国王陛下に良く似たお顔が堪らないのよ!他の王子殿下たちにはないワイルドさが素敵だわ!やっぱり私は綺麗系の顔よりもワイルド系の顔の方が好きなのよ!」
そうして、アクラムの方を見ると、
「それで、カロリーネ・エンゲルベルトはまだ見つかっていないのよね?」
と、急に真面目な顔となって問いかける。
「クラルヴァイン王国にはまだ戻っていないようなのよね?だというのに、モラヴィアにも居ない?だったらもう、殿下はあの女のことは諦めたということなのかしら?」
モラヴィア侯国の第三王子となるドラホスラフは長らく隣国クラルヴァインに留学をしていたのだが、その際に、クラルヴァインの侯爵家の令嬢と婚約をした。モラヴィアの第三王子と言えば『忘れられた王子』と呼ばれるほど存在感がない王子だった為、年頃となって見聞を広めるために留学をしたと言われても、そこで婚約者を決めたと言っても、ああ、そうですかと言われる程度のものだった。
その王子が学園を卒業して帰国する際に、額を全面的に出すような形で漆黒の髪を後ろに流したドラホスラフの正装姿を見て、マグダレーナは心を撃ち抜かれてしまったのだ。
今まで顔を半分以上隠していた存在感のなかった王子は、猛禽類を思わせる精悍な顔立ちを露わにして、金混じりの漆黒の瞳を真っ直ぐに向ける。成長した王子はヴァーツラフ王に良く似た面差しで、帰国を待っていた家族に爽やかな笑みを浮かべながら挨拶をしたのだった。
「カロリーネは邪魔でしかないわ。せっかくクラルヴァイン王国内で仕留めてしまおうと思ったのに、まさか王族がそれを察して邪魔をするとは思わなかったし・・」
「クラルヴァインの王太子妃はカロリーネ嬢と仲が良いですし、自分の結婚披露宴のパーティーで友人を暗殺させるほど手ぬるい人物ではないですよ」
クラルヴァインの王太子妃となったカサンドラは、驚くべきことに、学園に通っている最中に妊娠をした。淑女としてあるまじき事態だとマグダレーナは思うのだが、隣国の王族では良くあることで、今のクラルヴァインの王妃も学生の時に妊娠をしたというのだから頭が痛い。
そんな男女関係がふしだらではしたないクラルヴァインに留学したドラホスラフが、隣国の淫猥な文化に染まっていたら嫌だなと思っていたのだが、さすがモラヴィアの王子である。破廉恥ではしたない行為などは行わず、至極真面目に学生生活を送っていたらしい。
ただ、彼には婚約者が居たので、在学中は常にいつでも隣に居るような状態であったらしい。『忘れられた王子』とまで言われる王子なので、他国での心許なさや寂しさを婚約者の陰に隠れてやり過ごしていたのだろうとは思うのだが、卒業したら必要ない。
だから、カロリーネが死ぬように幾人もの人間を差し向けた。だけど、カロリーネが死ぬことはなかった。さすが侯爵家の令嬢というべきか守りが厚く、仕方がないので、家族に対して強い劣等感を持っていると思われる次男を抱き込む形で、暗殺者を送り込んだのだが、この暗殺者も全員が戻って来ていないような状態だ。
隣国の侯爵令嬢であるカロリーネは隣国の王太子夫妻の結婚披露宴パーティーの最中に忽然と姿を消したままだ。
「カロリーネの兄とかいう男は王宮に拘束されているのでしょう?」
「そうですね」
「侯爵家は服飾の勉強のために、カロリーネは鳳陽国に留学に出したと言っているのでしょう?」
「そうですね」
「だけど、貴方はカロリーネが鳳陽国に留学になど行っていないと断言するのでしょう?」
「そうですね」
目の前に座る従者はニコニコ笑いながら言い出した。
「マグダレーナ様、僕の父は商人ですから色々なところから情報を得るのですが、最近、非常に面白い話を聞いたのですよ」
女のように派手な顔をしたアクラムはマグダレーナの方へ顔を突き出すようにして言い出した。
「最近、ドラホスラフ殿下は友人関係にあるクラルヴァインの王太子夫妻に対して、自分の結婚の儀式を挙げる日が決まったという知らせを送ったそうなのですよ」
「まあ!それではようやっと私と結婚することを決意なさったのね!」
マグダレーナがはしゃいだ声をあげると、アクラムは首を横に振りながら言い出した。
「いいえ、お相手としてお嬢様ではなく、前から婚約者として決まっているカロリーネ・エンゲルベルト嬢の名前が記されていたそうですよ」
扇を持っていたマグダレーナの手に思わず力が入る。
「モラヴィアとクラルヴァインの国交のために結ばれたような結婚ですし、ヴァーツラフ王もダグマール王妃も、息子の意思を尊重するおつもりのようですね」
「で・・でも・・ブジュチスラフ殿下は第二王子の婚約者である私をドラホスラフ殿下の結婚相手とした方が国としてもまとまることが出来るだろうと言っていたじゃない!」
「あの方はいつでものらりくらりですから、発言を撤回されるなんて当たり前にするじゃないですか」
思わずマグダレーナが両手に握った扇をへし折ると、壊れた扇をマグダレーナの手から受け取りながら、従者アクラムは笑顔となって言い出した。
「お嬢様、そんなに悲観されることはありませんよ」
「なあに?一体どうすれば悲観せずにいられるのかしら?」
マグダレーナの苛立ちなど全く気にならないような様子でアクラムは言い出した。
「カロリーネ嬢はどうやら国外ではなく、モラヴィアの侯都リトミシェルに居るようです」
思わず形の整った眉を顰めると、そんなマグダレーナの手を優しく握りながらアクラムは言い出した。
「お調べしたところ、ドラホスラフ様が学園に通っていた時に、同学年となる女子生徒が王家に対して不敬を行ったとして国外追放されているのです。そしてその追放先がモラヴィア侯国だったそうです」
長いまつ毛を伏せて小首を傾げたアクラムは、
「今、部下をその追放された女子生徒が住む場所に送り込んでいるところです。もしかしたら何か面白い情報が届くかもしれませんよ」
と言ってにこりと笑う。
「見つけたらどうするかは分かっているのよね?」
「それはもちろんです、お嬢様」
アクラムはマグダレーナのスカートの上に飛び散った扇の破片を払うと、新しい扇を彼女の前に差し出した。新品の扇子を広げたマグダレーナは満足そうに微笑むと、窓の外へ視線を移動させたのだった。
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