第三話 ドラホスラフという男
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広大な森林地帯が国土の三分の二を占めるモラヴィア侯国では森林は重要な天然資源の一つとなる。大航海時代を経て各国が大型船をいくつも作り出していく中、船の材料としてモラヴィアの木材が切り出されていくことになったのだ。
モラヴィアの森林は幾ら切っても、すぐに新しい若木が成長する。それはまさに天の恵そのものであり、切り出せば切り出すほど金になる。需要は幾らでもあるような状態だった為、あっという間に裸の山が増えていく。
伐採する量と成長する木の速度も間に合わず、成木が全くないような状態の山が増えていく。そうしていくうちに、木々が芽吹くことも少なく、荒廃した山肌ばかりが目立つようになったのだが、
「逃げろ!逃げろ!逃げろ!」
「山が崩れたぞ!」
長雨による土砂災害で幾つもの村が飲み込まれる事態となったのだ。
長いモラヴィアの歴史において、山火事によって大きな被害を出したということは過去に何度もあったけれど、止めどなく土砂が崩れ落ちてくることに悩まされるようなことは一度もない。
「隣国クラルヴァイン王国の王太子とその婚約者は、数多の国に外交へと向かう際に、その国の文献を読み漁るようなことをするために、豊かな知識を持っていると話に聞きます」
「我が国の今の状況を説明して、どのような改善策があるかを尋ねてみるのも良いかもしれないですね」
そんなことを官僚の誰かが言い出して、年頃が同じというだけの理由で、ドラホスラフ王子はクラルヴァインへ親善大使として訪問することとなったのだった。
モラヴィア侯国の侯王ヴァーツラフには三人の息子がいる。第一王子ブジェチスラフと第二王子パヴェル、そして第三王子のドラホスラフとなるのだが、第二王子のパヴェルだけが王妃ダグマールの息子ではない。
パヴェルはヴァーツラフ王が侍女に手をつけて生まれた息子であり、王子が十歳になるまでの間は母親と共に、母方の生家で住み暮らしていたのだった。そのパヴェルが王家に引き取られることになったのは、パヴェルの母が病で亡くなったから。
第二王子であるパヴェルだけ簡素な名前なのは、彼の名前を付けたのが彼の母親だったからに他ならない。
王妃ダグマールがパヴェルの母を嫉妬にかられて殺したのではないかという噂も流れたのだが、ドラホスラフの母はそれを黙殺した。そうして二人の息子と分け隔てなく、パヴェルを自分の息子として育てあげたのだった。
優秀なパヴェルは自分を育ててくれた王妃に深く感謝をして、第一王子であるブジェチスラフに忠誠を誓い、生涯にわたって支え続けることを約束した。ブジェチスラフ王子が隣国の王女との結婚を決めると、パヴェルの結婚相手は自国の伯爵家の令嬢が選ばれることになった。兄よりも遥かに格下の令嬢を婚約者として選ぶことで、パヴェルは自分が無害であるということを主張したのだった。
どこまでもブジェチスラフを支えて生きようとするパヴェルの姿を見て、三男のドラホスラフは邪魔をしたくないなと思ったのだ。父に良く似たドラホスラフは、女たちが好むような華やかな顔立ちはしていない。
一番上の兄が王妃に似ているとするのなら、二番目の兄のパヴェルも侍女として働いていた母親によく似ている。中性的な美しさを持つパヴェルは特に人気があって、黙って立っているだけでも女たちが寄ってくる。
そんな兄の邪魔にならないように、いつしかドラホスラフは自身の前髪を長く、長く伸ばして、自分の顔が他人にあまり見えないように配慮した。三人の兄弟の中で一番背も高く、体付きもがっしりとしているのがドラホスラフとなるけれど、なるべく王宮では猫背となって、存在感が出ないように気を付けながら過ごすようにしていたら、いつしか『忘れられた王子』という異名を付けられるようになっていた。
忘れられるほど存在感がないということなのだろうが、ドラホスラフはそれで良いと考えた。一番目の兄と二番目の兄とで国を盛り立てていってもらって、自分は後ろからそれを見ているくらいが丁度良い。
だからこそ、クラルヴァイン王国に行くことになったのも、ただ、ただ、王太子とその婚約者と同年齢だったからというだけのこと。親善大使としてそれなりに社交に務めていたのだが、
「ドラホスラフ様!モラヴィアナの土砂災害についてお話をお聞きして、改善をするためのヒントのようなものが鳳陽国の小説にあった事を思い出したのです。それで、改めてその本を読み直しまして、重要と思われる部分を書き出してみたのです!もしも、殿下にご興味があればと思いまして、無作法ながらお持ち致しましたの!」
と言って、カロリーネ・エンゲルベルトが声をかけて来たのだった。
自国では忘れられた王子という異名がつくほどのドラホスラフは、年頃の淑女たちからは非常に人気がない王子だった。次のモラヴィア王国の王となるのがブジェチスラフ王子だとするのなら、新王を支えるのはパヴェル王子になるだろう。
鳴かず飛ばずの三男であれば、王家から出た後も大した爵位は貰えまい。カロリーネがもたらす『植林』という知識については、国として今すぐ取り掛からなければならない一大事業になるのは間違いないことだが、自分の持っていた知識、こちらには無かったアイデアを売る形でドラホスラフに自分を売り込むのは間違っている。自分の恋人や将来の伴侶として選ぶのなら、もっと適した人物が山のように居るだろう。
「まあ!ドラホスラフ様は考え違いをしておりますわ!」
妖精のように儚げな美人顔のカロリーネは、夢見る乙女のような笑顔を浮かべながらドラホスラフにこう告げたのだった。
「鳴かず飛ばずの第三王子というところが堪らなく良いのです。上のお兄様たちが責任を背負ってくれる関係で、王家の重積など大して重くもならず、将来的には王室から離脱するのは決まったようなものでございましょう?離脱した後に、碌な資産もなく過ごすことになるかもしれない?良いじゃないですか!身軽ですよ!身軽!」
何でもカロリーネの家は由緒正しい貴族派筆頭とも呼ばれる侯爵家となるのだが、ここ最近、事業を失敗して資金繰りが苦しいことになり、対面を保つのにも大変な状況になっているのだという。
「そんな中で、娘が隣国の王子様と結婚ともなれば、侯爵家としても鼻高々となれましょう?今まで我が家を馬鹿にして来た方達をギャフンと言わせることも出来ますとも。鳴かず飛ばずのまま目立たずに生きていきたい貴方様が、隣国で侯爵という地位につきながら鳴かず飛ばず状態の家の娘を娶ったとして、周りは「ああ、そう?」程度にしか思わないでしょう。私の方はそちらに嫁いだ後は、幾つか事業をやってみたいとは思っておりますけどね」
カロリーネは、王太子の婚約者であるカサンドラと手を組んで始めたい仕事が幾つかあるし、それをやっていれば金に困ることもないだろうと豪語する。
「三男だとか、うだつがあがらないとか、存在感がないとか、将来的には貧しい生活だとか、そんなことは気にしないでください。我が家は箔付のための結婚であり、私が貴方様と結婚した暁には、お金に困らせるようなことは致しません!」
夢見る乙女のような顔をしながら、かなり辛辣なことも交えて、お前の背中は任せろ、金には困らせないと豪語するカロリーネを見下ろしたあの時、ドラホスラフは心を撃ち抜かれてしまったのだろう。
ドラホスラフは冷めたように見せながらも、自分が非常に執着心の強い男だということを知っている。カロリーネ会いたさにすぐさま王立学園への留学を決めてしまうほどには執着心が強い。学生の間は常にカロリーネの隣にいて、間抜けにもカロリーネに近づこうとする男たちを、密かに排除し続けてきたような男なのだ。
「あら!ドラホスラフ様!今日は王城にいらっしゃいましたのね?」
回廊の向こう側から歩いて来た第二王子パヴェルの婚約者だった女、マグダレーナ・オルシャンスカは、明るい声でそう言うと、ドラホスラフの腕に自分の腕を絡めながら、嬉しそうな笑顔を浮かべる。
その笑顔を見下ろしながら、ドラホスラフは皮肉な笑みを浮かべていたのだった。
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