第九十一話 新しい侯王
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愛するカロリーネを乗せて馬を走らせていたドラホスラフは、城門の前に山のような人だかりが出来ていることに気が付いた。
侯都リトミシェルは外敵からの侵入を防ぐために城壁で囲まれた街なのだが、一番の門と呼ばれる大門には、ぶらぶらと二つの遺体がぶら下がっている。その遺体は自分が殺した両親のものであると気が付いたし、民心の不安を落ち着かせるために城門に遺体をぶら下げるという報告を受けていたことも思い出した。
実の親のこの扱いに、実の親をあっけなく殺してしまったドラホスラフは何とも思わないし、ああそういえば、ぶら下がっていたのだなという感想しか持たなかったのだが、
「まっ・・まっ・・まさか!あのご遺体は!侯王様と王妃様ではございませんか!」
カロリーネが驚きの声を上げながら見上げているため、ドラホスラフは驚く声もなんて可愛いのだろうと蕩けるような思いとなっていた。
「もしかして、ドラホスラフ様が居ない間に何処かの勢力が侯都を制圧したということでしょうか?モラヴィアの王権はもう役に立たないと示すために、あのような蛮行を行ったということでしょうか?」
「ああ〜、あれは・・」
「あれは?」
「叔父上や宰相殿が協議をした末にやったことだと聞いている」
「はあ?なんですって?」
「建国の王が自分の叔父であるアダムを城門に吊るした話があるだろう?あれと同じ方式?アダム方式と言っていたかな?侯王ヴァーツラフは国を滅ぼす悪で、滅びかけたモラヴィアを救ったのが私であると示すために、城門にぶら下げるということになっていた」
バチンッ
カロリーネはドラホスラフの頭を力いっぱい叩いた。
「なっていたじゃないですわ!貴方様はまたもや報告・連絡・相談を忘れましたわね!」
「ホウレンソウを忘れたんじゃなくて!ぶら下げていたのを忘れていたんだよー!」
「まあ!呆れたものだわ!仮にも自分の実の両親のことなのに!」
カロリーネは速度を落とした馬から滑り降りると、城門を守る兵士に対して、
「今すぐに遺体をおろしなさい!これ以上の死者の冒涜は結構よ!」
と、言い出した。
すぐ様、馬から降りたドラホスラフがカロリーネの後ろに立った為、カロリーネの命令はドラホスラフの命令だと判断をされて、ぶら下がり続けていた二つの遺体は下ろされることになったのだ。
思えば、第一王子であるブジュチスラフばかりを溺愛し、ドラホスラフには見向きもしない親だった。第一王子として生まれたヴァーツラフ自身がそのような育て方をされているため、第一王子さえ無事であれば安泰な世の中が続くものだと考えていたのだろう。
すでに腐敗が進み、蛆まで湧いている二つの遺体は住民が持って来たシーツに包まれることになったのだが、
「侯家の墓所へと運びなさい。お二人は進むべき道を誤ってしまいましたが、侯王ドラホスラフ様のご両親となる方々なのです。神官を呼び、祈りの言葉と共に荼毘に伏すのです」
集まった兵士たちはカロリーネの命令に応じた。
カロリーネの後ろには常にドラホスラフがくっついている為、彼女の命令はドラホスラフの命令として受け取られることになったのだった。
カロリーネは今まで、本当の本当に、ドラホスラフ王子は『やるのが目的』でカロリーネと付き合っているものだと考えていた。身分的にもちょっと(どころかかなりイマイチ)問題があるカロリーネを娶るよりも、世の中には王子に見合った令嬢は山のようにいる。そうして妾や愛人程度の扱いしかされないのなら、はっきり、きっぱりお別れしよう。
そうして芸術の街ポアティエに行こうと考えていたのだが、ドラホスラフがその話を聞いて泣き出した。男のくせに泣き出したドラホスラフを見て、カロリーネも泣き出した。
結局、カロリーネは目の前の『ホウレンソウ』が全く出来ない男に弱いのだ。そうして、泣くほど自分を求めている目の前の男に対して無碍に断るようなことも出来ず、新たなる侯王の妃となって大いに苦労するのも良いだろうと、そんな風にも考えている。
「ドラホスラフ様!」
「カロリーネ様!」
馬を走らせてこちらの方へやって来たのはドラホスラフの叔父であるヤロスラフと彼の最側近とも言われるインジフ・ソーチェフで、
「「ご遺体は降ろしたのですね!」」
何もぶら下がらない城門を見上げて、二人は大きなため息を吐き出した。
一つ手前の街で待ち構えていた二人は、ドラホスラフに無視される形となったため、慌てて追いかけて来たらしい。
「ドラホスラフ様!きちんと約束をしたのなら、覚えておかないと駄目じゃないですか!」
怒り狂ったカロリーネがドラホスラフの頬を捻りあげると、様子を見ていた民衆から感嘆の声が上がる。
昔々、モラヴィアを独立させることに成功した建国の王にはアルシュビエタという妻がいた。このアルシュビエタは血気盛んな上に遠慮という文字を持たない女人で、
「あなた!何をやっているの!皆さんの迷惑を考えながらいつでも行動するように言っているでしょう!」
と、言いながら、夫のほっぺたをぐりぐり捻りあげるような夫人だったのだ。
今まで振り回されるだけ振り回され続けたカロリーネは、ドラホスラフに対してだけは遠慮という言葉は使わないことにしたらしい。とにかく、この目の前の男は、報告・連絡・相談をしないし、自分勝手に何かを始めた割には、その全ての行動理由がカロリーネだったりするのだ。
彼の行動は猪突猛進すぎるため、周りの巻き込まれ感が凄すぎる。ここは心を鬼にして目の前の男を諌めていかなければ、南大陸人の逆襲を待つまでもなくモラヴィアは滅びるかもしれない。
「「「新しい侯王様!新しい王妃様!バンザイ!」」」
「「「ドラホスラフ様!カロリーネ様!バンザイ!」」」
元々カロリーネはドラホスラフ王子の婚約者だったのだ。忘れられた婚約者として一時期は新聞を騒がせていたこともあって、カロリーネの顔を覚えていた人々から声が上がる。
「ドラホスラフ様!カロリーネ様!よくぞ帰って来て下しました!」
「お待ちしておりました!本当に待っていたんですよ!」
「カロリーネ様が殿下の妃で良かった!」
「建国王の再来だ!いや、建国王の妃の再来だ!」
ヤロスラフとソーチェフは城門の前で涙を流して喜び出したのだが、そんなことは知らない宰相は、宮殿の中でヤキモキしながらいつまでも到着しないドラホスラフとカロリーネの一行を待ち続けることになったのだった。
本当に暑い日が続いてうんざりするのですが、少しでも気分転換となれば嬉しいです!!最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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