第九十話 アダム方式
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南大陸の何処だかの国では右を向いてもハッサン、左を向いてもハッサン、後ろを向いてもハッサンというほど、ハッサンという名前が多いというのだが、モラヴィア侯国ではハッサンと同じ程度にアダムという名前が非常に多い。樹木を守る聖人の名前がアダムという名前で、森に囲まれたモラヴィアではその聖人の名前を子供に付けることが多いのだ。
建国の王ヴォイチェスラフは、トウラン王国の侯爵家の主だったのだが、実の叔父であるアダムから命を狙われるという有名なエピソードがある。
アダムという叔父は人が良さそうな顔をしながら、影では横領、脱税、領民を誘拐して奴隷として売り払うようなことまで行った上に、甥のヴォイチェスラフの命まで狙ったのだ。
幼い時から自分の面倒を見てくれた叔父のアダムに対して全幅の信頼を置いていた建国の王は、彼の悪事を知るなり激怒して、即座に叔父一家を縛り首にした。そうして建国の王は民衆に向かって悪は断ったと宣言し、多くの人々にこの事実を知らしめるために、叔父一家の遺体を並べるようにして城門にぶら下げた。
愛する叔父家族を城門にぶら下げるのは、いくら猪突猛進の王と言われても苦しい決断だったのは間違いない。だがしかし、この叔父一家の背後に冷酷なトウランの王の影が見えたが為に、ヴォイチェスラフはトウランからの独立を決意することになる。
さて、誘拐されたカロリーネを助けるために宮殿を飛び出して行ってしまったドラホスラフ王子だが、勝手極まる王子が帰ってくる前に、主を失った宮殿をまともに機能させるために奔走することになった男が三人いる。
幸いにも素人同然のオルシャンスカ伯爵は、兵士を集めるまでは順調そのものだったものの、いざ戦い始めてみればガタガタだったのは間違いない。ここで辺境貴族や中道派貴族たちが伯爵を討伐するために動き出せば、すぐさま決着することにはなるだろう。
顔だけでなく猪突猛進なところまで似ている王子は、それほど日をおかずに帰ってくるだろうとたかをくくっていたのだが、予想に反してなかなかドラホスラフ王子は帰って来ない。
「ドラホスラフ殿下は一体いつお戻りになるのでしょうか?」
「連絡は来たのか?」
「いえ、全く、殿下からは来ないです」
「どうやら誘拐されたカロリーネ様がなかなか見つからず、探し回っているみたいですね」
「猪突猛進の王ですから・・」
ドラホスラフの側近中の側近、インジフ・ソーチェフがそう言うと、
「猪突猛進の王と呼べば、何でも許されると思っていないか?」
と、ドラホスラフの叔父となるヤロスラフが言い出した。
「王子が不在だとしても、侯家は主人の代替わりをしたのです。そろそろ侯家として何らかの動きを見せないとまずいことになりますよ」
自分の愛する娘ダーナもカロリーネと共に誘拐されているというのに、気丈にも国の心配をする宰相は、
「これはもう・・最終手段に出なければならないのかもしれませんね」
と、苦虫を噛み締めたような表情を浮かべて言い出した。
「最終手段というと?」
「どうするつもりですか?まさか、ドラホスラフ殿下不在の上でブジュチラス王子の処刑をしてしまおうなんて言い出すわけじゃありませんよね?」
「それは無理ですよ、ドラホスラフ様不在のうちに処罰を下せば、ドラホスラフ様の権威を失墜させることにもなるでしょう」
南大陸人に祖国を売り払おうとしていた侯王ヴァーツラフとブジュチスラフ第一王子に対して、ドラホスラフ第三王子が正義の鉄槌を下したということを毎日報じているものの、侯都の民は新しい展開を求めているのは間違いない事実だ。
「第一王子であるブジュチスラフ様を我々の判断でどうにかすることは不可能なのですから、すでに殿下に殺された状態のヴァーツラフ様とダグマール様の遺体を城門からぶら下げるのはどうでしょう?」
宰相の提案に、話を聞いていた二人は驚いた。
「いやいや、城門にぶら下げるって」
「いくらあっという間に殿下が殺してしまったとはいえど、侯王と王妃のご遺体ですよ?」
宰相ウラジミールは覚悟を決めた様子で言い出した。
「アダム方式で行きましょう。かの建国の王は叔父のアダムの遺体を城門にぶら下げて、悪を絶ったと宣言したのは有名な話ではないですか?我々はその話に便乗するのですよ」
なにしろモラヴィアの民は子供の頃から建国王の話を聞かされて育つようなところがあるので、ここで建国王のエピソードをなぞるような形で、城門にヴァーツラフとダグマールの遺体をぶら下げる。悪の象徴である二人が滅びたと宣言することによって、侯都の民は連日のようにぶら下がる侯王夫妻の遺体を眺めに行った。
そうして二人の遺体をぶら下げながら三人が待ち侘び続けているというのに、ドラホスラフは一向に帰らず、ぶら下がる遺体が大分腐ってしまった頃合いに、ドラホスラフ王子はカロリーネを連れて侯都リトミシェルへと帰ってくることになったのだ。
帰って来ることになったのは良かったものの、宰相ウラジミールとヤロスラフとインジフ・ソーチェフはかなり揉めた。新しい侯王となるドラホスラフがようやっと侯都に帰って来るというのに、城門にぶら下げた遺体をどうするかで話の決着がつかなかったのだ。
「売国奴となる侯王夫妻の遺体は殿下が到着するまでぶら下げておいた方が良いのではないか?建国の王だって叔父一家の死体を一ヶ月の間ぶら下げていたというし、まだまだぶら下げていても大丈夫だろう?」
「いやいや、駄目でしょう?曲がりなりにもあの子の実の両親の死体でしょう?そんなものをぶら下げたままで迎えるというのはまずいでしょう?」
「その実の両親をあっという間に殺したのは殿下ですよね?これはもう、帰って来る殿下にこのままぶら下げるのか、それとも降ろすのかを判断してもらった方が良いのではないですか?」
「いやだがしかし・・」
「それでも」
「民の思いはどうなるものか・・」
「どうやったら」
「心象を良くするには」
「正義の王とは・・」
侯都を守る三人が目の下を真っ黒にしながら考え込んでいるうちに、ドラホスラフ王子がもうすぐ侯都に到着するという連絡が入った為、事前に連絡した通り一つ前の街で王子と合流をして、城門にぶら下がる遺体をどうするかを決めることにする。
そのような予定でいたのだが、
「え?殿下たちはこの街には寄りもせずに行ってしまいましただと?」
少し早めにヤロスラフとインジフ・ソーチェフが侯都から一つ手前の街へと隠密利に移動をすることになったのだが、二人を出迎えた兵士が王子はやって来なかったことを報告してきたのだ。
「婚約者様を早く休ませたいからと言って、さっさと移動したようでして・・」
「あのクソ王子―!」
伯父のヤロスラフが真っ赤な顔で怒りの声を発すると、
「やっぱり猪突猛進の王でした」
と、答えて、ソーチェフは再び馬に跨った。
暑かったり雨降ったりうんざりするのですが、少しでも気分転換となれば嬉しいです!!最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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