第八十九話 ヒロインは誰だ?
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ドラホスラフ王子から指定された場所は森の中に建てた別荘のようで、平民の富豪が建てたような瀟洒な作りの建物だった。その建物を取り囲むようにクラルヴァイン王国の兵士が並んでいるため、ハイデマリーは思わず生唾を飲み込んだ。
屋敷の入り口には何台もの豪奢な馬車が横付けされており、屋敷のエントランスから出て来た人物が、一人の女を引きずりながら馬車へと乗り込もうとしている。
「え・・え・・エルハム様――っ!」
男に引きずられている女は間違いなく、アルマ公国の公女エルハムだった。漆黒の髪を振り乱したエルハムは突然名前を呼ばれたため、焦点が合わない眼差しをハイデマリーに向ける。
「エルハム様に!カサンドラ様!」
屋敷の表口にはクラルヴァイン王国の王太子夫妻がおり、エルハムを引きずる男はエルハムの異母兄となるシャリーフ王子だ。
学園時代、同級生だった王子と王子の婚約者、そして王子の婚約者を排除しようとした悪役公女エルハムと、母を誘拐されてエルハムの言いなりになりながらも、そのエルハムを破滅に追い込むことに一役買ったハイデマリーが揃ったということになる。
「ああ、だからドラホスラフ殿下はわざわざ鳳陽小説を引き合いに出したのか・・」
ハイデマリーの後ろで従兄のイーライが呟いたのだが、その言葉はハイデマリーに届いていないようだった。
「ど・・ど・・どうしたんですか!エルハム様!貴女は美しくていつだって自信に満ち溢れていたじゃないですか!そんな貴女がなんだってこんな!」
ドレスは泥に塗れ、剥き出しの足には無数の擦過傷ができている。彼女の白目は真っ赤に染まり、美しかった頬は異様な形でやつれていた。
オピという麻薬は非常に依存性が高い。これに南大陸の砂漠に原生するカクタスの根を加えることで、幻聴、幻覚症状を増長する。そうして、微量ずつ貴族たちに与えて洗脳するような行為を続けていたエルハムもまた、麻薬の中毒患者となっていた。
普段は美しく着飾り、巧妙に化粧で隠し続けていたから美しいままの容姿を装うことは出来たものの、諜報活動に長けた梟たちが麻薬の集積場を焼き討ちにし続けた結果、あっという間に麻薬不足に陥った。
そんな中でも、貴族たちを洗脳し続けるために、イヤルハヴォ商会の会頭アクラムから麻薬を与えられ続けたエルハムだったけれど、供給源であったアクラムが捕まった。自分用にとっておいた麻薬も取り上げられてしまった為、早速、禁断症状が現れ始めているのだ。
「エルハム様ったら!麻薬をやっちゃったんでしょう!今、モラヴィアで流行しているのは知っていますけど!エルハム様までやっちゃったの?ダメでしょ!麻薬ダメ絶対!」
ハイデマリーの支離滅裂な言葉に、不機嫌な様子のシャリーフ王子が侮蔑の眼差しを向ける。
「君は一体なんなんだ?」
「わ・・私は」
「クラルヴァインの学園時代の同級生よ」
カサンドラの言葉に、シャリーフは動きを止めた。
すると、ようやっとハイデマリーに視点を合わせたエルハムが、口の端からよだれを垂らしながら言い出した。
「ハイデマリー!ハイデマリー!助けて!ハイデマリー!私を助けなさい!今すぐ!今すぐに助けなさい!」
「いやいや、助けろって言ったって助けたところで貴女、何にも返してくれないじゃないですか?学園時代、勉強が苦手な貴女に私は一生懸命勉強を教えた時期もありましたけど、結局貴女は、私のお母さんを誘拐して脅迫したじゃないですか!」
「脅迫していない!脅迫なんかしていないわよ!」
ヒステリックに叫んだエルハムは地面に座り込んだまま啜り泣いたのだが、そんなエルハムの前にしゃがみ込んだハイデマリーは、ため息まじりに言い出した。
「私はあの時、自分こそがヒロインだと思ったし、貴女のことを外国から来たモブキャラ程度にしか考えていなかった。鳳陽的な展開なら、やっぱり悪役令嬢は王子様の婚約者だと思っていたんですが、思えばあの時に居た物語の場所からお互いに遠くまで来ちゃったものですね」
「いや・・いやよ・・これ以上・・遠くまでなんか行きたくない・・」
エルハムの言葉は誰に届くこともなく、彼女は無理やり馬車に乗せ込まれることになったのだった。
そうして走り去る馬車を見送っていたカサンドラが、
「ヒロインハイデマリーは、悪役の命乞いなんてことはしないのね」
と、言い出した。
「いやいや、私、ヒロインじゃありませんから」
「じゃあ、誰が真のヒロインだと思う?」
「それは〜」
それはやっぱり、カロリーネでもなく、コンスタンツェでもなく、カサンドラなのではないかとハイデマリーは思うのだ。だって側近はあくまで側近ポジションで、悪役面をしたカサンドラはいくら本人のやる気がなかったとしても一際輝いて見えるから。
「やっぱりカサンドラ様では?」
「まあ?私がヒロイン?悪役以外の配役でもいけるかしら〜?」
カサンドラはそう言って悪役みたいな高笑いを披露した。
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