第八十七話 アルマの思惑
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美しいカサンドラは、シャリーフの人生観をガラリと変えることになった運命の人と呼ぶべき女性だった。シャリーフはついつい、熱を帯びた眼差しで美しいカサンドラを見つめそうになってしまうのだが、アルノルトに睨みつけられたので慌てて視線をエルハムへ向けた。
エルハムは有力な部族の族長の娘である第一妃から生まれた娘であり、身分が低い母を持つシャリーフをいつでも馬鹿にしているようなところがあった。
アルマ公国では女は美しく、頭の中は空っぽであればあるほど良いとされており、蝶よ花よと甘やかされて育ったエルハムは、何でも自分の思う通りに物事は進むものだと思い込んでいた。だからこそ、外交の為に訪れたクラルヴァインの王子がすぐさま自分に夢中になるだろうと思ったし、あっさりと自分の婚約者を捨ててエルハムのものになるだろうと考えた。
娘が可愛い父王はクラルヴァインへの留学を認めたが、頭が空っぽであれば良いなどという価値観のアルマから留学に出たエルハムが上手くやれるわけがない。結果、エルハムは強制的にカサンドラを排除する道を選び、それに激怒したアルノルトによってアルマ公国の港湾都市があっという間に堕とされることになったのだ。
あの事件がアルマ公国にとってターニングポイントになったと言えるだろう。
南大陸の国々は複数の部族が集まって一つの国を作り出すようなところがあり、王とはどれだけ力がある部族の首根っこを押さえられたかで評価を受けるところがある。非常に内向きなのは間違いなく、部族同士のやり取りだけで完結しているようなところがある。
大型船が開発されて、西の大海を越えて新天地への移住も進められているような世の中で、内向きのまま自分たちの有利になることだけを追い求め続ければ、あっという間に国は沈没することになるだろう。
大型船が海を越えて行き交うようになれば、他国との貿易で大金を稼ぎ出す者も増えてくる。遥か先を見通せぬ者に訪れるのは破滅の未来であり、滅びの道を選ぶことなく進み続けるには、大海を溺れることなく泳ぎ続ける胆力が必要となる。
そのことにいち早く気が付いたアルマ公国は一歩抜きん出た存在になったのは間違いない。モラヴィアを植民地化しようという策の中でアルマ公国は仲間外れとなったものの、有象無象の人間が描き出す実現出来るかどうかも分からない夢物語を追うよりも、アルマとしては、より現実的な手段を選びたい。
だからこそ、アルマ公国はクラルヴァイン王国と手を組んだ。
モラヴィアの征服を企む野蛮人という誹りから逃れるために、首謀者であるバジールの妃だけでなくアルモエズ王も潰し、モラヴィアに潜伏中のアクラムを捕まえた。
「アクラムとエルハムの身柄を交換ということで問題ありませんか?」
「ああ、問題ない」
モラヴィア侵略にアルマ公国は関わっていないと主張する為には、多くの貴族を籠絡させたエルハムが侯国側に捕まってしまっては困るのだ。
「それで?捕まえたエルハムはどうする?」
「祖国へ連れ帰ります」
「その後は?」
「ご想像の通りとなるでしょう」
満足そうに食事をしていたエルハムの表情は恐怖に引きつり、青を通り越して白くなっている。兄が到着したのだから自分は助かるだろうと考えたのだろうが、世の中そんなに甘いわけがない。
麻薬を使ってモラヴィアの中央貴族達を籠絡していったエルハムは、女神のように敬われていたらしい。屋敷の外にもエルハムの信奉者が転がっていて、元に戻ることはないだろうと判断できるほど恍惚とした表情を浮かべ続けていた。
オピという麻薬は依存性が非常に高い代物となるのだが、このオピに砂漠地方に植生しているカクタスの根を加えると、幻聴、幻覚が強くなる。欲望を強く刺激しながら巧妙に洗脳し続ければ、エルハムを信奉する奴隷が出来上がる。
南大陸の玄関口とも呼ばれ、スーリフ大陸との貿易で巨万の富を得ているアルマ公国が、魔女とも呼ばれる魅惑の公女を送り込み、多くの貴族達を虜として奴隷とし、国の征服までも企んだとなれば、アルマ公国は多くの国々との交易を断たれることになるだろう。
今回のことについてはアルマ公国は無関係とするためにも、エルハムを早急に捕まえなければならない。だからこそシャリーフ自らがモラヴィアへ潜入したのだが、結局、大陸人の伝手を使って捕まえたアクラムと、アルノルト王子が捕まえたエルハムとを交換する事態に追い込まれた。
「まあ、我々としてはインペリアルトパーズが手に入れられればそれで良いんだけどね」
アルノルトはにっこりと笑って言い出した。
「鳳陽国の皇后陛下がこよなく愛する特別なトパーズを、アルマ公国は我々を介さずに売買しようとしていたみたいだけど、鳳陽国との第一の友好国はクラルヴァイン以外にないんだよ?」
インペリアルトパーズとは美しい桃色のトパーズのことであり、桃源郷に強い憧れを抱く皇后が、桃色のトパーズを特に好んで手に入れているのは有名な話なのだ。
このインペリアルトパーズという宝石、採掘量が年々低下している上に、そろそろ掘り尽くした状態となって採掘そのものが出来なくなるだろうとも言われている。
このインペリアルトパーズは南大陸で採掘されていたのだが、いち早くこの情報を手に入れたアルマ公国は買い占めを行った。そうして、鳳陽に対して独占的に販売をして、鳳陽国の新しい武器弾薬はクラルヴァインではなく、アルマ公国に売買してもらおうと画策していたのだが・・
「殿下は何もかもご存知の上で、エルハムの身柄を我々に渡そうとしているのですね」
そう答えて、シャリーフは大きなため息を吐き出したのだった。
火龍砲ひとつを見てみてもわかる通り、鳳陽で作り出される武器弾薬は世界を塗り替える脅威となるだろう。その脅威を自国だけの物とすることが出来れば、世界の覇者にもなれるかもしれない。
「くだらない望みを持てるほどの余裕がアルマ公国にあると良いけどね?君はもっと利口な男だと思っていたのだが?」
南大陸の蛮族がスーリフ大陸を侵略しようとした。この事実を過激に、より煽るような形で広めれば、スーリフの人々は過剰に反応することになるだろう。そもそも、二つの大陸に住む人々は肌の色だけでなく、容姿も、文化も、使っている言語ですら違うのだ。
異端を憎むように煽り立てれば、人は皆、燃え上がるようにして憎しみを煽り立てることになる。
インペリアルトパーズはブラジルのミナスジェライス州で採掘されるのですが、一時期から「もう取れなくなるかも」と言われ、そのうち採掘終了となってしまったわけなのです。宝石屋さんのおじさんが、もうダメかも、もうダメと言っているうちにダメになってしまったのですが、やっぱり宝石って、無限大に採れるわけじゃないんだな〜という思い出も含めつつ、9月になっても本当に暑い日が続いてうんざりするのですが、少しでも気分転換となれば嬉しいです!!最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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