第八十三話 最後の晩餐
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兵士たちの食料をかき集めるために駆けずり回っていた誘拐犯のアダムは、宰相の娘であるダーナ嬢がこちら側の領地に入り込んで、食糧支援のために密かに動いているのではないかと考えていた。
民のことを第一に考える宰相のご令嬢は、密かに食料を配給することによって多くの命を救おうと考えたのだろう。
ただし、彼女が居る場所はあまりにも状況が悪いとも言えるだろう。度重なるオルシャンスカ伯爵軍の食料の強奪で警戒の目は強くなり、アダムですらダーナたちの居場所が判別出来ているのだから、他の人間だってすぐに状況を把握するだろう。
だからこそアダムは他の人間に誘拐される前に、ダーナとカロリーネを誘拐した。たまたま二人が裏庭まで出て来てくれたのであっさりと連れ去ることは出来たのだが、いくら意識を失わせるためとはいえ、ダーナ嬢の頭は強かに殴り過ぎたのは間違いない。
カロリーネ嬢を誘拐するようにアダムに命じた上の人間は、移動用に幾つかの家を用意してくれていたのだが、アダムはそれらの家を利用するようなことはしなかった。二人の令嬢はアダムが交渉をするために必要な人物であり、不埒な行いを考えるような人間を近寄らせるべきではない。
今後、オルシャンスカ伯爵の寄子である自分たちが処刑を免れるようにするためには、せめて家族の命だけでも助かるようにするためには、交渉の材料となる二人の令嬢を傷つけるようなことがあってはならない。
そうして、誘拐犯アダム・チェルフが自分たちで用意した家を移動しているとは知りもしないエルハムは、カロリーネたちが監禁されているはずの第一の家へと移動することになったのだが・・・
「ああ〜ら!いらっしゃい!学園ぶりだけど元気にしていたかしら〜?」
平民の富豪が持つような別荘の玄関口へとエルハムが現れると、ワイングラスを片手に持った真紅の華やかなドレスを身に纏うカサンドラがやって来て、満面の笑みで言い出した。
「あなた〜!エルハムさんがやって来たわよ〜!」
カサンドラが後ろに向かって声を上げると、エプロン姿のアルノルト王子が出て来て、
「想定よりも随分と遅かったな」
と、言い出した。
森の中にある瀟洒な一軒家のエントランスホールには二階へと続く階段があったのだが、そこからゾロゾロとライフル銃を構えた兵士が降りてくるし、後方の扉は施錠されて、エルハムはあっという間に無数の銃口を向けられることになったのだ。
「な・・な・・なんなのよ!いったいどういうことなのよ!」
「どういうことって?」
カサンドラは真っ赤な唇に自分の指先を押し当てながら言い出した。
「本来ならバジール王国で軟禁状態であるはずのエルハム様がスーリフ大陸までやって来て、モラヴィアの内乱を引き起こそうと獅子奮迅の働きをしていたでしょう?それじゃあ話が違うじゃないってアルマ公国に通告を出したのだけれど、アルマ公国側も貴女が国外に出ていることにすっごく驚いちゃったみたいなの!」
バジール王国の18番目の妃となったエルハムは多額の持参金を持って輿入れした。金を受け取ったバジール王国は一生涯、エルハムを外に出さないと契約をしていたのだが、第一妃がモラヴィアを征服するためにエルハムを利用することを企んだ。
自分が産んだ幼い王子を次の王の座にすわらせるために、周辺諸国まで動かして、大量の木材を輸出するモラヴィアを植民地化することを企んだ。ただし、モラヴィア植民地化計画に、南大陸の玄関口と言われるアルマ公国は参加していない。
アルマ公国は、バジールに輿入れさせた大事な公女を好き勝手利用された挙句、美味い話からは完全除外されてしまったのだ。クラルヴァイン王国との同盟を強化し、鳳陽国から火龍砲を購入したアルマ公国は周辺諸国から一歩抜きん出た存在となっていたのだが、それが理由で仲間外れされたということにもなるのだろう。
「そんな話は後にして晩餐を始めようじゃないか」
エプロンを外したアルノルト王子が言い出した為、兵士に両手を拘束されたエルハムは晩餐を行う食堂へと案内されることになったのだ。
小さなシャンデリアがぶら下がる食堂には長卓が置かれており、テーブルの上には美しい花々が飾り付けられている。エルハムは席に座るように誘導されると、上座にはアルノルト王子が、その右手にカサンドラが座る。カサンドラの向かい側の席にエルハムが座ると、銀色のクローシュをかぶせたままの料理が幾つもテーブルに運び込まれてくる。
「カサンドラ、君が餃子を食べたいと言っていたから、焼き餃子、蒸し餃子、水餃子、揚げ餃子、スープ餃子を用意したんだ」
鳳陽国では餃子が好んで良く食べられる。小麦粉に水を加えて練り込んだ生地を丸い棒状にして、一定間隔を置いて切っていく。この切った塊を手の平大に広げて中央に餡を置いて包み込んでいく。
肉料理が好きなアルノルトは、ストレスが溜まると両手に包丁を握って挽肉料理を作り出す。内戦に介入するために妻子と離れ離れとなっていただけでも許し難いことであるのに、報告を中途半端に聞いたアルノルトは妻子が誘拐されたものと勘違いした。
ストレスは頂点に達し、二刀流を炸裂させて肉を粉砕させ続けるアルノルトの本日の渾身の品は『餃子』だ。この餃子はカサンドラが好んで食べるため、色々なアレンジを試しているうちに多種多様な種類が作りだされることになってしまったのだ。
ちなみに鳳陽では餃子は水餃子一択のようなところがあるため、アルノルトが用意したこれらの料理は邪道と皇帝陛下あたりに言われるかもしれない。
「ねえ、あなた、にんにく激マシ餃子はきちんと用意してくれたのかしら?」
「もちろん用意してあるよ」
ストレス発散のためにミンチにした豚肉にキャベツ、ニラ、ニンニクを刻んだものを混ぜ込んだものが餃子の餡となるのだが、アルノルトのニンニク激マシ餃子は餡の三分の二がニンニクというような代物となる。
予想を遥かに超えるニンニクの量に食べた者皆驚くのだが、さすがは王太子妃を愛する王子が作り出した餃子である。酢漬けにしたニンニクを使っているため口臭が酷くなることはない。
「ニンニク激マシ餃子は一度食べたらやめられなくなる至宝の一品ですのよ、エルハム様もどうぞお食べになって」
「えええ?」
「毒なんて入っていないからどうぞ、お食べになってごらんなさい」
「えええええ?」
遥か東に位置する鳳陽国に何度も行っているだけでなく、自国に鳳陽街まで作り出してしまうような王太子夫妻が用意した晩餐を前に、エルハムは硬直したまま座り続けることになったのだ。
アルノルトやカサンドラは二つの長い棒を使って器用に食事を続けているが、エルハムの故郷であるアルマ公国でも、嫁ぎ先であるバジール王国でも、長い棒を使って食事を摂るような文化ではない。
「お箸が難しいようでしたらフォークをお使いください」
エルハムの皿の上にニンニク激マシ餃子を置いた給仕の男が、餃子タレと一緒にフォークを目の前に置いていく。
晩餐に招待をしてくれた王太子夫妻に見つめられる形となったエルハムは恐る恐る目の前の餃子を口に運んだのだが、皮の外側はパリパリ、内側がもちもちの食感の上に、中身の餡が意外にもさっぱりとしている為、あまりの美味さに笑み崩れた。
これが最期の晩餐になると知らないエルハムは、王子が用意した異国の料理に心ゆくまで舌鼓を打つことになったのだ。
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