第八十一話 窮地に陥る
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宰相の娘であるダーナは自分の体型にコンプレックスを持っているようなのだが、
「俺は痩せた女よりも肥えた女の方が好き」
「鶏ガラみたいな女性は好みじゃない」
「ふくよかでもっちりが一番!」
と、断言するシンハラ島の元海賊たちの価値観を十分に理解しているカロリーネとしては、なんでそんなに自分を卑下するのかがよくわからない。
ダーナを乗せて馬を走らせたカロリーネは、背中に伝わる柔らかい胸の感触やもっちりとした腕の肌触りを体験して、
「自分は女だけど、ふっくらもっちり好きの殿方の気持ちが分かるような気が致しますわね!」
と、心の中で呟いた。
やっぱり女性はシンハラ式で、もっちりぽっちゃりが丁度良いのかもしれない。腰が折れそうなほど細ければ細いほど良いというスーリフの価値観は、はっきり言ってどうかしていると言えるだろう。
お尻が大きい方が安産型とも言うらしいし、今後の女性の流行の体型は、ぽっちゃり、もっちりにした方が良いのではないだろうか?そんな埒もないことをカロリーネが考えている間に、馬の蹄の音があっという間に近づいて来る。
後方だけでなく前方からも向かって来ているようで、なんなら左方向からも複数の馬の足音が聞こえて来る。森の中を得意とするハイデマリーの家族が敵の撹乱をしているとは思うのだが、百を相手に四人で迎え撃つには分が悪すぎる。
カロリーネは単純に、謀反人となった宰相とオルシャンスカ伯爵の戦いだと思っていたのだが、いつの間にかドラホスラフ殿下が動き出していたのだ。
王子が宮殿を制圧したという話が届いているというのに、南大陸の人間が部隊を編成して自分たちを追いかけている。南大陸の人間にとってモラヴィアの地は好き放題しても何の問題もない土地として成り下がっているということだろう。
「ハイデマリー!カサンドラ様―!」
後ろから追いかけられながらカロリーネは大声を上げた。
「ペトルお姉様!お父様!お兄様!」
物語だったら、助けを求めて叫んだところで誰かしらの助けが入るものなのだが、鳳陽小説のようにうまく物事が運んでいくわけがない。
「お母様―!助けてー!」
カロリーネが叫んでいる間も、後ろから追い付いてきた褐色の肌の男が、馬を横に寄せながら大声を上げている。
『お前らは死ぬしかないんだよ!さっさと馬を止めろ!』
ライフル銃の銃口を向けられたカロリーネは泣きながら叫び声を上げた。
「ドラホスラフ殿下のろくでなしー!なんで助けに来ないのよー!こういう時に助けに来なくて!一体いつ助けに来るっていうのよー!」
馬を横付けにして走らせる男が引き金に指をかけた。
終わった・・本当に終わったわ。
そもそも、なんで私はモラヴィアに来ちゃったのかしら?
クラルヴァインに居たら良かったのよ。マーメイドドレスを作って売りまくっていれば、こんな風に殺されることもなかったのに!
斜陽貴族の分際で、王子様との結婚を夢見ちゃったのが運の尽きだわ!
お父様!お母様!先立つ不幸をお許しください!
バーンッ
目を瞑ったままカロリーネは馬の手綱を引き絞った。
せめて馬の足を遅くさせなければ・・カロリーネが馬から落ちた後、ダーナだけでも無事で居られるように、馬の足並みを遅くさせて、馬の背にへばりつきながら顔を伏せる。
撃たれた・・死んだ・・死んだわ・・幸いにも馬から落ちなかったようで背中に感じるダーナの体温が温かい。というか、泣いているダーナの涙でカロリーネの背中はじめじめと濡れていた。
「カロリーネ!カロリーネ!」
もう、無理です。死んでいますから。
「ああ!俺のカロリーネ!ごめん!遅くなってごめん!」
ムカつく、心の奥底からムカつき過ぎて、死んだ後も無事に神の楽園に行けるのかどうか怪しいものだわ!
「カロリーネ!カロリーネ!」
無理やりカロリーネが馬から引き摺り下ろされていると、
「ダーちゃん!大丈夫!撃たれてない?怪我してない!」
ペトローニオの声まで聞こえてきた。
「カロリーネ、目を開いて!カロリーネ!」
「嫌です」
抱きかかえられたまま、カロリーネは顔をくちゃくちゃにしながら言い出した。
「私はもう死にました、目を開くことは出来ません」
「死んでない!死んでないよ!カロリーネ!」
ドラホスラフ王子は自分の腕の中にいるカロリーネの顔を撫でくりまわし、雨のようなキスを落としながら蕩けるような笑みを浮かべたのだが、カロリーネは完全に、不機嫌の絶頂状態となっていた。
◇◇◇
馬を並走させる南大陸の男は、器用に馬上でライフルを構えると、その銃口をカロリーネの頭に向けたのだ。
「キャーッ!イヤーーーッ!」
ダーナの叫びと共に銃声が響き渡る。
銃弾は銃口をカロリーネに向けていた男の額を突き破り、後頭部を抜けて飛んでいく。頭を撃ち抜かれた男は馬から落下して行ったが、カロリーネは馬の背に伏せたままの状態で馬の足並みを遅くしていく。
ダーナとカロリーネを乗せた馬の両脇を通り過ぎるような形で、モラヴィアの騎馬兵団が後方から追い迫る男たちに突撃をしていく。響き渡る銃声や絶叫が聞こえるものの、カロリーネの背中にしがみついたダーナには後方を振り返って見るほどの度胸は備わっていない。
立派な黒馬に跨ったのが先頭を走って来たドラホスラフであり、カロリーネに銃口を向けていた男を即座に撃ち殺した彼は、馬首を翻してカロリーネが操る馬の手綱を握った。
そうして馬を停止させたドラホスラフは馬から降りて、未だに馬の背にへばりついたままのカロリーネに向かって呼びかける。
三方向から追っ手が迫っているように感じたけれど、向かい側から迫っていたのがドラホスラフ殿下が率いる騎馬兵団であり、左方向からこちらに向かって来ていたのがシュバンクマイエルの騎兵部隊を率いるペトローニオだ。
ペトローニオは一騎だけでこちらの方へとやって来ると、馬から飛び降りながら、
「ダーちゃん!大丈夫!撃たれてない?怪我してない!」
と、声をかけてきた。
自分の体重のことを考えるのが馬鹿らしくなってくるほど軽々とペトローニオはダーナを抱え上げると、麦わら色のダーナの髪の毛を優しく撫でながら言い出した。
「ダーちゃん、偉かったわ!本当に偉かった!それから無事でいてくれて有り難う!私の愛するダーちゃん」
「う・・う〜・・」
ダーナはペトローニオの胸に顔を埋めて泣き出した。誘拐されてからというもの、いくら誘拐犯のアダムが親切だったとはいえ、怖くて、怖くて仕方がなかったのだから。
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