第八十話 追われる人
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ハイデマリーは学園時代のカロリーネの同級生であり、無事にモラヴィアへの移住を果たしたハイデマリー家族は、結構な金額をドラホスラフから貰っている。
木こりの仕事をしながら有事の際には領主からお呼びもかかることも多い一族の出ということになるのだが、山を降りて街に働きに出ていたハイデマリーの母は貴族の息子と恋に落ちた。その結果、ハイデマリーを授かることになったのだ。
この貴族の令息こそがフェヒト子爵であり、ハイデマリーの可憐で可愛らしい容姿と頭の良さが家の為にもなるだろうと判断をして、子爵はハイデマリーを子爵家の養女とした。
「カロリーネ様、あの方、以前、侍女として仕えていた方だったと思うのですが?」
「ハイデマリーのことですよね?彼女は私の同級生だったのですが、色々とありまして、国外追放処分となりましたの。その追放処分となったハイデマリー家族をドラホスラフ殿下が庇護下に置いている関係で、私の護衛のようなことをしてくれているのです」
「色々とあって国外追放処分って・・」
一体、どんな色々なことがあったのか?ダーナの疑問が背中越しに伝わって来たため、カロリーネは馬を走らせながら説明をした。
「我が国の王太子妃であるカサンドラ様は幼い時から鳳陽小説の翻訳を行っていたのですが、鳳陽から印刷技術と製本技術を自国に輸入することに成功しまして、数多くの鳳陽小説を出版なさっているのです。その鳳陽小説がきっかけとなったと言えばそう言えるのですが・・」
鳳陽では貧しい女の子が金持ちの男性と結婚をして幸せになるという、下剋上的な物語が人気なのだ。ハイデマリーは平民の母と貴族の父を持つ庶子であり、父親に引き取られるまでの間は平民として育っていた。まるで鳳陽小説によく出て来るヒロインみたいな娘だったと言えるだろう。
つい最近まで平民として育っていた少女が突如、学園に編入して来るというのもテンプレ展開だし、その学園には王子が在籍しているというのもテンプレ中のテンプレ展開だ。
「ハイデマリーは自分こそがヒロインであり、殿下の婚約者だったカサンドラ様こそが悪役令嬢なのだと考えました。数多ある鳳陽小説を翻訳し続けてきたカサンドラ様自身も、自分こそが悪役令嬢であると思い込んだのです。ですが、小説と現実が同じように進むわけもなく、本当の悪役はその後に現れることになったのです。この方こそがアルマ公国の公女エルハム様であり、アルノルト殿下にギャフンされてザマアされたエルハム様は、今でも私たちのことをお恨みになっているというわけです」
「それじゃあ、公女様は鳳陽小説に必ず出て来る当て馬で悪役の方ということでしょうか?」
学生時代、いつだって悪役で当て馬な令嬢だったダーナが、何となくアルマ公国の公女エルハムにシンパシーを感じていたのだが、
「エルハム様が男をたらし込むというのは常套手段ではあるのですけど、自分の体を差し出して相手に快楽を与えると共に、最近では麻薬まで提供して相手を洗脳するのを得意としているようなのです」
と、カロリーネが言い出した為、自分とは種類が違う悪役らしいとダーナは心の中で思ったわけだ。
「カサンドラ様は基本的に面倒なことはやりたくないという方ですし、他国民のことはその国の民同士でなんとかしろという考えの持ち主です。すでにエルハム様のことはアルマ公国に通告をしておりますし、アルマ公国側としても早急に対応されると言っていたみたいなのですけれど、そのエルハム様が差配した男たちがここまで来ているのですから、対応が後手後手に回っているということになりますわね」
アルマ公国がアルノルト王子の逆鱗に触れて、港湾都市を堕とされたという話は聞いたことがあるダーナだったけれど、そこに物語に出て来るような悪役公女が関わっているとは思いもしなかった。
そうしてギャフンされてザマアされた悪役公女が恨みを晴らすために百人規模の人員を送り込んでいるという。ダーナを後ろに乗せて猛然とカロリーネは馬を走らせているが、小屋から二人が逃げ出したということがバレたのか、こちらの方へと向かってくる馬の蹄の音が背後から迫るように聞こえてくる。
「「「****!」」」
ダーナには何を言っているのか分からないが、とにかくよく分からない言語を叫びながら追いかけてくる一団がいるようだ。
悲しいかなダーナは大樽のように太った令嬢で、不眠不休で痩せたとは言っても平均的な令嬢の二倍程度の体重はあるだろう。そんなダーナを後ろに乗せて走っている所為か、追いかけて来る馬の蹄の音があっという間に近くまで迫ってきた。
「カロリーネ様!私を落っことしてくださいませ!カロリーネ様だけでも逃げてください!」
馬に跨ったのも始めてなら、全速力で走る馬に揺られるのも始めてのダーナは必死になってカロリーネのほっそりとした腰に捕まっていたのだが、恐怖のあまり手が固まって動こうとしない。
「手が!手が震えて動かないんです!私の手を今すぐ外してください!そうしたら馬から落ちると思うので!早く!」
自分で手をパッと離して後方に落ちるなんて芸当が自分には出来そうにない。馬の背は高いし、揺れるしで、ガッチリとカロリーネを掴んだ自分の手が他人の手のようになってしまって、自由に動かすことが出来ないのだ。
「自分で手を離せれば良いのですけれど!震えてうまくいかないのです!」
ダーナは樽のように太った令嬢なので、馬に跨ったことなど一度としてないのだ。馬に乗るのも初めてなら、物凄い形相で男たちに追いかけられるのも初めてで、気を失う寸前となっている。
あ、今、気を失ったら自然と力が抜けて手を離せるかも・・と、ダーナがそんなことを考えていると、ダーナの手をがっしりと掴んだカロリーネが、
「ダーナ様!しっかりとお捕まりになってくださいませ!」
そう叫んで馬を反転させたのだ。
急に馬が向きを変えた為、ダーナがカロリーネの背中にしがみつくようにして力を込める。追っ手に正面から立ち向かったカロリーネが左手に手綱を握り、右手にホルスターから引き抜いた短銃を構えると、
バンッ!バンッ!
迫り来る二人に銃弾を撃ち込みながら、馬と馬の間をすり抜けるようにして駆け抜ける。夕暮れに沈む森の中に二発の銃声は轟くように響き渡ったのだ。
「ダーナ様!この短銃は弾込め式なので、弾を装填しなければ使い物にならないのです!ですが威嚇にはなるでしょうからダーナ様が持っていてください!」
無理やり短銃を握らされたダーナは、カロリーネの背に自分の顔を押し付けながら涙を流していた。威嚇にはなるって、どうやって威嚇するというのだろうか?そもそも銃なんか握ったのも初めてだし、女性が撃てるほどものだから最新式の銃ということになるのだろう。落っことしたら怒られる。誰に怒られるのかは分からないけれど、とにかく落とさないようにダーナは銃のグリップを力いっぱい握りしめた。
銃声が呼び声の代わりとなったのは間違いなく、四方八方から迫り来る蹄の音が響き渡る。よく分からない異国の言語は南大陸の人間のものだろう。
本日、19時にもう一話更新します!!さてさて、二人の運命やいかに!?最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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