第七十七話 そんな話は聞いていない
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カロリーネがドラホスラフ王子に目を付けたのは、隣国の影が薄い三番目の王子様だったから。髪の毛がモサモサして顔が半分近く隠れている彼は、経済が傾きかけたエンゲルベルト侯爵家が望む結婚相手としてギリギリ狙うことが出来る王子様。
無計画な森林伐採による土砂災害に悩まされていた隣国を助けるために、鳳陽小説から仕入れた知識をネタにして取り入ったカロリーネは打算にまみれた女だった。
風向きが怪しくなって来たのは第二王子パヴェルが亡くなってからのことで、カロリーネの結婚は宙に浮く形となってしまった。
その後、婚約話は消えたものと判断したカロリーネは仕事に燃える職業婦人となったのだが、そんな職業婦人を問答無用で攫ったのがドラホスラフ王子。影が薄くて人畜無害のように見える王子様なのだが、大概、人の話を良く聞かないし、自分の思う通りに物事を進めようとする強引さを王子様は持っている。
「ダーナ様が言ったことが本当だとするのなら、ドラホスラフ殿下は辺境貴族と結託をして軍事クーデターを起こしたということですか?」
「そうなのです!しかも殿下が蜂起をしたのは随分前のことになりますのよ!」
ドラホスラフ王子は、侯王ヴァーツラフがカロリーネとの結婚を許すものと考えていたのだが、侯王はドラホスラフをオルシャンスカ伯爵の娘マグダーレナと結婚させるつもりでいた。
マグダレーナはブジュチスラフ王子の側妃扱いで宮殿にあがり、第一王子の寵愛を受けていた令嬢になる。そんなマグダレーナとドラホスラフが結婚することになれば、第一王子から下賜されたような形になる。第一王子の自尊心を傷つけず、機嫌を損ねずに済むため、第一王子こそが大事だと考える侯王は都合が良い道を選んだのだ。
「私が最近仕入れた情報によると、辺境の貴族たちをとりまとめた殿下は破竹の勢いで突き進み、中道派貴族までも巻き込んで軍を大きくし、負けなしの状態で侯都に入ったそうなのです」
誘拐犯のアダム・チェルフはそう言ってため息を吐き出すと言い出した。
「男爵身分の私たちのような者は中央貴族に属している時点で、上の言うことは絶対なのです。そもそも、侯王による王命によって徴兵されているので文句を言えるわけもありません。それで蓋を開けてみれば、逆賊を討つために出兵した私たちこそが逆賊扱いを受けることになるでしょう。私には妻も子もいるのです、家族を守るためにお嬢様たちを誘拐するような形となってしまいましたが、決して傷つけるようなことは致しません」
小男のアダムは、ただただ、従わざるを得なかった自分たちの窮状を訴えるためにカロリーネとダーナを誘拐したと言うのだ。彼らはオルシャンスカ伯爵の寄子となるため、捕まれば処刑は免れない。他の実行犯はどうであれ、アダムは家族だけでも助けてもらいたいと考えているだけなのだ。
「とにかく、頭の中が混乱状態なのですが・・私はそんな話は聞いていない。本当の本当に、今まで殿下がクーデターを起こしたとか聞いていないのですよ」
梟のアジトに移動をしたカロリーネは、隣国の王太子妃でもあるカサンドラとずっと一緒に居たのだ。途中からはファナ妃もやって来て何度もお茶を共にしたのだが、そんな話題が出ることはなかった。
ただ、ただ、モラヴィアの宰相が謀反人となり、モラヴィアで内戦が始まったというところまでしか聞いていないし、戦争については完全に門外漢であるため、カサンドラからも邪魔にならないように静かにしているようにと言われていたのだが・・
「ダーナ様がお忙しいのは、謀反人の誹りを受けて戦う父君のために働いているからと考えていたのですが?」
「私はどちらかというとシュバンクマイエル軍の為というよりも、祖国の民の為に働いておりました。オルシャンスカ伯爵は民から食料を強奪するような形で徴収をしたため、多くの人々が飢えに苦しむことになったのです。しかも驚くべきことに上級将校扱いの人間たちは、自分たちが集めた兵士たちにさえ、食料の配給を拒むような事態となっていたのです」
そのため、オルシャンスカ軍が無理やり集めた食料を強奪したり、クラルヴァインからの援助を受けたりしながら食料を配給し続けていたのだが・・
「やっぱりダーナ様は次の王妃様となる方だから!民のために懸命に働いていらっしゃったのですね!」
「違います!私は宮中で働いていた関係で、そういった差配が得意だと思われただけです!妃はカロリーネ様!貴女がなる予定なのです!」
「それじゃあ何で私だけ蚊帳の外状態だったのでしょう?」
本来であればこのような状況でこそ、カロリーネは必死となって働かなければならないはず。だというのに、のんびり静かに、モラヴィアの内戦を他人事と捉えて過ごしていたのである。
「カサンドラ様曰く」
ダーナは両手を握りしめながらはっきりきっぱりと言い出した。
「どうせ王妃となったら、朝から晩まで駆けずり回って働かなくちゃならないのだから、今くらいはのんびりさせてやれって」
「はい?」
「モラヴィア人の騒動はモラヴィア人が解決するのは当たり前、隣国から嫁入りする貴婦人は、嫁入りしてから働けばよろしいとおっしゃっていらっしゃったのです!」
「はあい?」
カロリーネとカサンドラの付き合いはそれなりに長いため、彼女がどういった思考でそういった発言をしたのかは十分に理解出来た。カサンドラは『やる気がない王太子妃』としても有名で、王家に嫁いで以降、王太子妃に割り振られた山のような仕事を自分では処理したくないからと言って、独立した省庁を王都に作り出したような人間なのだ。
もしも、皆が言うようにカロリーネがモラヴィアの王妃となれば、カサンドラに課せられた仕事以上のものが目の前に積み上げられることだろう。細かいことは部下に丸投げして大局を動かすカサンドラと比べれば、カロリーネは細かいことまで自分の目を通して確認しなければ気が済まない完璧主義なところがある。
自分がもしモラヴィアの王妃となったなら・・何日も眠らずに仕事に当たる自分の姿が簡単に想像出来るし、芸術の都ポアティエに移住する計画が、遥か遠くに逃げていってしまうような感覚を覚えた。
「カロリーネ妃殿下!私の命はどうなっても良いのです!ですが、家族だけは!家族の命だけはどうかお助けください!」
誘拐犯アダムの中では、カロリーネはすでにお妃様になっているらしい。目の前で土下座する小男のアダムを見下ろしながら、
「何で誰も私に言ってくれなかったの〜!」
と、カロリーナは文句を吐き出した。せめてちょっとでも説明をしてくれていたならカロリーネにも心構えというものが出来たのに、突然の誘拐、不意打ちのような説明に、大きなため息しか出てこない。
本日19時にもう一話更新します!うんざりすることが多い毎日ですが少しでも気分転換となれば嬉しいです!!最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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