第七十六話 ステージ違い
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誘拐をされて粗末なベッドで目を覚ましたダーナは頭を抱えていた。
確かに、第三王子であるドラホスラフの結婚相手として自分の名前が上がっていたことは知っている。建国王の顔に良く似たドラホスラフを第二王子の婚約者だったマグダレーナが気に入り、第二王子亡き後は自分こそがドラホスラフの婚約者であると名乗りをあげていたのを牽制するために、ダーナが対抗馬として使われることになっただけのことなのだ。父が謀反人とされて以降、すっかりとそんなことは忘れていた。
「えーっと、侍女のマレーネがカロリーネ様に対して、私こそが殿下の妃となるのだから、愛人枠のカロリーネ様にはわきまえるようにと言っていたのですよね?」
「そうです!そうです!私はきちんと弁えておりますので!ダーナ様はドラホスラフ殿下とどうかお幸せにお暮らし下さい!今は愛人と言われておりますが、騒動が終われば私は芸術の街ポアティエに向かうつもりでおりますので、お二人の邪魔など決して致しませんから!」
「ああ〜!」
ステージが違う。あまりにもステージが違い過ぎる。どうやらカロリーネは随分昔の地点で止まったままで居るようで、ここ最近の怒涛の展開については、その一切を知らないのかもしれない。
シュバンクマイエルの領主館に潜り込んでいたマレーネは梟という組織の諜報員。彼らの主人はファナ妃であり、王宮では孤独すぎるほどに孤独だったファナ妃は、他人の不幸な話が大好物だったのだ。
なにしろ浮気三昧の腐れ野郎が夫なのだ。後ろ盾もない妃は夫に文句を言えるわけもなく、孤独な日々を送っていたファナ妃が好むような話を作ってやろうと侍女のマレーネが企んだのかもしれない。人の不幸は蜜の味とは言うけれど、ダーナが未来の正妻として認識されているとは思いもよらないことだった。
「カロリーネ様にお伺いしたいのですけど、何故、私が殿下の正妃になどなるのでしょうか?これだけ太っていて、周囲からは『樽女』と呼ばれる私なのですよ?」
「樽なんてそんな〜!ダーナ様の美しさはそんなことでは損なわれませんわよ〜!」
カロリーネは至って無邪気に言い出した。
「ダーナ様とドラホスラフ殿下は幼馴染同士、幼い時から愛を育んできた二人が、久しぶりに再会する。久しぶりに出会った初恋の人、忘れかけた恋が再び燃え上がり、今まで交際していた女など、大概どうでも良くなるのです!」
「なんだか鳳陽小説に出てくるようなお話になっておりますね、鳳陽小説のアルアルネタに私を当て嵌めるのもどうかと思うのですけれど」
「驚くべきことに、鳳陽小説のような恋は、巷にはいくらでも転がっていますのね!私の周りにはちっとも転がっていないので、ダーナ様のことが羨ましくて、羨ましくて。私もポアティエに移住したら鳳陽式の物語みたいな恋がやって来るのかしら?」
カロリーネはホッとため息を吐き出しながら言い出した。
「所詮、侯爵家と言っても我が家は斜陽貴族。ドラホスラフ殿下がヒーロー、ダーナ様がヒロインだとするのなら、私はいわゆる当て馬令嬢という奴ですわね!」
違う!違う!そうじゃない!とダーナは心の中で叫んだ。当て馬歴が長すぎるダーナだからこそ、カロリーネが当て馬ではないことが十分に理解出来ている。
「カロリーネ様!貴方は間違っております!」
痛む頭を抱えながらダーナが言うと、
「まあ!頭が痛みますのね!」
慌てた様子で立ち上がる。
そうじゃない、そうじゃない。確かに昏倒するほど頭を殴られているので、今でも頭がズキズキ痛むが、カロリーネとの会話に一種の徒労感のようなものを感じて、頭痛と眩暈を感じたのだ。
そうして小屋の扉の方へと移動をしたカロリーネは、随分と背が低い小男と一緒に戻って来たのだが・・
「ダーナ様!こちら、私たちを誘拐したアダム・チェルフ様という方ですの!」
「誘拐犯の本名をフルネーム呼びしているのですか?」
「だってお名前を教えてくださったのですもの」
カロリーネがそう言ってニコニコ笑うと、小さなヤカンとコップを持った小男は頭を下げて、
「鎮痛作用もある薬湯を用意致しました」
と、畏まった様子で言い出した。
「ダーナ様のお父様が率いるシュバンクマイエル軍が圧倒的に不利な状況で戦い続けている間に、オルシャンスカ軍は内部分裂を続けているような状態なのですって。彼らはオルシャンスカ伯爵が負けるのを見込んで、戦後の身の安全を確保するために私たちを誘拐したみたいなのだけれど、私たちは傷つけることはないと誓ってくださったのよ」
そんな言葉を信用しているのもどうかと思うけれど、小男が自ら毒味をしてくれたので、ダーナは薬湯を口にすることに決めた。渡された薬湯は濃い緑色が混ざり合って沈殿したように見える、苦そうでまずそうなものに見えたものの、口当たりがスッキリするような味わいの薬湯だった。
カロリーネはベッド脇に置かれた椅子に腰を下ろすと、ダーナの手を優しく握りながら言い出した。
「それにしてもダーナ様、貴女様はクラルヴァイン王国の王子の婚約者という扱いじゃなくて本当に良かったですわね!クラルヴァインでは王家の婚約者や伴侶が誘拐された場合、陵辱を受ける可能性があれば即座に死を選ぶようにと教え込まれるんですよ!」
それは一体どういう意味なのだろうか?お前の婚約者はモラヴィアの第三王子だから、そういう掟みたいなものがないから良かったねという話になるのだろうか?
「クラルヴァインの王家は自分の妻に対する執着がかなり強いようで、過去に誘拐された妃が暴行を受ける事件があった時には、王子の怒りが凄すぎて、それが原因で国が滅びかけたこともあるそうなのです」
クラルヴァイン王国は一人の妃しか娶らないことで有名だし、作った料理を自ら妃に食べさせることから鳥の求愛行動に似ていると馬鹿にされることも多いのだが、そんな掟みたいなものが隣国の王家にあったとは・・
「ですので、暴行されたまま生き残ると国を滅ぼすきっかけにもなるので、自害をしてくれた方が良いという判断なのだそうです」
それって酷くない?即、自死を選ばなくちゃならないの?
「カサンドラ様も過去に誘拐された時、御自分の死を覚悟されたそうなのです。確かにアルノルト殿下ってああ見えて執着が物凄いので、カサンドラ様に何かあったら何をするか分からないところがありますものね!」
執着の度合いで言ったらドラホスラフ王子もどっこいどっこいのように思えるけれど・・
「そう考えると、私はただの愛人枠、将来はポアティエへ移住ですもの。誘拐されても気が楽と言えば気が楽ですわね」
いやいやいやいや。
「こういう誘拐の場合って、小説だったらヒーローが必ず助けに来てくれますわよね?ダーナ様の場合だったら殿下がいらっしゃるのかしら?それともペトルお姉様?モテる女性は本当の本当に、誘拐されたとしても何の心配もないですわね!」
「いやいやいや!違うでしょう!違います!」
「ええ?何が違うんですか?」
「執着の塊でしょう!ドラホスラフ殿下は執着の塊じゃないですか!だって、カロリーネ様を妻に迎えるために、殿下は国に対して謀反を起こしているのですからね!」
「え?」
小首を傾げたカロリーネは、
「なんですかその話?夢物語にしても壮大すぎません?」
と言ってコロコロ笑い出したのだった。
「ダーナ様のお父様が謀反を起こしたという誹りを受けて大変なことになっているのに、ドラホスラフ殿下までもが謀反を起こすわけがないじゃないですか〜!」
カロリーネの頭の中は、ダーナの父親が謀反人となり、それを討伐するためにオルシャンスカ伯爵が兵をまとめ上げて、領堺での衝突が始まったらしいというところで止まっているようだ。
なにしろ、ファナ妃にしても、カサンドラにしても、カロリーネに対してドラホスラフのことには一切触れずにいたものだから、ドラホスラフはカロリーネを正妻となるダーナの元に置いて、何処かに行ってしまった人という扱いのままだった。
「カロリーネ様!あの、一つ質問したいのですけれど、私たちはなんで誘拐されることになったのでしょうか?」
ダーナの質問にカロリーネは妖精のように儚げで美しい顔に可憐な笑みを浮かべながら言い出した。
「シュバンクマイエル軍に負けそうだと判断をしたオルシャンスカ伯爵麾下の数人の貴族たちがまとまって、ダーナ様を今後の交渉の材料とするために誘拐をしたのですよね?私は完全に巻き込まれ誘拐ということになるのでしょう」
「カロリーネ様はドラホスラフ殿下が父王を倒すために決起したという話はお聞きでない?」
「え?誰が誰を倒すですって?」
ダーナは自分の頭を抱えると、
「なんで皆んな説明していないのー!」
と、恨みの声を上げたのだった。
戦っている王子とペトル視点が終わり、ダーナ視点に戻って来ました!さてさて、誰が助けに来るのでしょうか?二人は無事に助け出されるのか?少しでも気分転換となれば嬉しいです!!最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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