第七十四話 ペトローニオの困惑
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少し時間は遡り、王太子妃とその友人を港まで連れて行く予定だったペトローニオは、梟のアジトを訪れることになり、ご機嫌状態になっていた頃のこと。
ウラジミール・シュバンクマイエルの娘ダーナが優秀だという話は聞いていたのだが、彼女はペトローニオの予想を超えるほどの才女だったのだ。一を聞いたら百を理解することが出来るタイプの令嬢であり、彼女は計算力にも長けている。
祖国で将軍にまで登り詰めたペトローニオは、野生の勘で敵を蹴散らし、数々の栄誉を獲得してきた男なのだが、それが故に、行き当たりばったりのところがやたらと多い。
これくらいの規模感の敵軍を殲滅するのなら、どこへどの部隊を差し向けるかなど、こういったことはどんどんと考えられるのだが、細かいところにまで目が回らない。大局を見るのがペトローニオの役割であって、細かい事については部下たちが走り回って解決をする。ペトローニオの考える通りに物事を動かすためには常に八人の側近が頭をこねくり回していたのだが、これをダーナは一人で行う。
実際に動くのは梟の組織の人間やモラヴィアの軍部の人間たちということになるのだが、集められた情報を整理して物事を動かしていく、その細かい差配まで行うことが出来る彼女は稀有なる存在とも言えるだろう。
しかもダーナはペトローニオの理想を具現化したような女なのだ。
「まあ!ダーちゃんたらまたご飯を抜いているじゃない!少しでも食べなきゃ倒れちゃうわよー!」
元々が世話焼きであるペトローニオは、ダーナの身の回りの世話に心血を注ぐことに大きな喜びを感じていた。
絶対に許されることではないが、不眠不休のダーナの意識が朦朧としたところでベッドに誘って、いいこ、いいこしながら一緒に眠りたい。早く結婚をして、ダーナを寝室に連れ込みたい。
「ああ!ダーちゃんったらあまりにも可愛すぎるわ!今すぐ結婚したい!」
二十八歳のおじさんが一人、廊下で身悶えていると、カサンドラが待ち構える部屋へと呼び出されることになったのだ。
ペトローニオがカサンドラと始めて出会ったのは彼女がまだ十三歳の時のことだったけれど、彼女はいつでもペトローニオを沼に嵌めてしまうのだ。始めて会った時には服飾の沼にペトローニオを沈め、今はダーナの沼に嵌めようとしている。
ほら、未だにお仕着せ姿のカサンドラは自分のお腹の上に息子のフロリアンを乗せたまま、含みのある笑みを浮かべながら、ペトローニオを迎え入れたではないか。
「ねえ、ペトローニオ、貴方、今すぐにでもダーナ嬢と結婚したいと思っているって本当なの?」
「な・・なんなのよ?悪い?二十八歳のおじさんが若い娘に夢中になっちゃって、馬鹿みたいって思っているってこと?」
思わず牽制するようにペトローニオが言うと、ふふふっと笑いながらカサンドラは言い出した。
「結婚をするのに、まずは家族の承諾が必要となりますわよね?」
それはまあ、確かにそうだろう。
「ペトローニオ、貴方も以前であればアークレイリにある公爵家の名前が使えたのでしょうけれど、今は籍を抜いているので平民身分となっているもの。確かにコルセットで多額のお金を儲けたのは間違いないけれど、貴方はおかしなお姉様言葉を操る、見るからに怪しい男ということになるでしょう?ダーナ嬢の家族の印象としてはどうかしら?」
服飾の仕事に邁進することを決意したペトローニオは実家からは籍を抜く形で、祖母であるカテリーナ・バーロヴァ女伯爵を頼ってモラヴィアに移住をしているのだが、過去には将軍位に就いたことがあると言っても、今ではただの平民身分ということになる。
「貴方には世話にもなったし、貴方の恋を応援してあげたいと思って、まずはダーナ嬢の父君と親密になれるよう手配をしようと思うのだけれど、どう思う?」
どう思うと言われてもどうだろう。相手はモラヴィアの宰相職に就いていたような人物なのである。平民身分のペトローニオが行っておいそれと会ってくれるとも思えないのだが・・
「私には貴方の今の身分をなんとか出来るし、ダーナ嬢の父君にとっても気に入って貰える作戦があるのだけれど」
「それってどんな作戦なの?」
「お舅さんに媚を売り売り作戦よ」
「媚を売り売り?ダーちゃんのお父様に媚を売るなんて出来るのかしら?」
「出来るわよ?今なら、媚を売り放題だとも言えるわね」
カサンドラの甘言に乗っかってしまったペトローニオは、すぐさまシュバンクマイエルのマナーハウスへと移動をすることになったのだった。
謀反人となった宰相を討つためにオルシャンスカ伯爵は即座に中央貴族たちをまとめ上げて二万を超える軍を作り上げたのだが、周辺貴族をかき集めて用意したシュバンクマイエル側の兵士は六千六百。
この六千六百には辺境貴族たちが送ってくれた援軍も含まれる形となるのだが、この時、侯王の名代となったオルシャンスカ伯爵の勢力の大きさを垣間見ることになったのだ。特にサディレク伯爵率いる軍の勢いがあり、シュバンクマイエル軍は大きく後退して領地を敵に占領される形となってしまっていた。
代々、宰相が統治することになる領地は対クラルヴァイン戦を想定して作られた領地であって、侯都からの侵攻を想定して作られてはいない。侯都からクラルヴァイン王国の国境戦まで続く領地は縦に長く、侯都側に近づけば近づくほど防備は薄くなっているのだ。
「ウラジミール・シュバンクマイエル殿、カテリーナ・バーロヴァが孫、ペトローニオが貴殿の力になろうと馳せ参じました!」
梟の誘導で敵軍の間をすり抜けるような形でマナーハウスに到着することになったペトローニオは、すぐさまダーナの父の元まで案内されることになったのだ。ウラジミールは呆れるようにペトローニオを見つめながらも、大きなため息を吐き出しながら言い出した。
「カサンドラ妃から連絡は受けている。何でも君は、うちのダーナを妻にと迎えたいと考えているとか」
「まあ!妻だなんて〜!」
恥ずかしそうに両手で自分の顔を覆ったペトローニオは、仕切り直すように咳払いをしながら直立すると言いだした。
「自分がダーナ嬢に対して好意を持っているのは間違いない事実ではあります。今すぐに結婚をさせて欲しいというのは(本当は言いたいけど)この状況で申し出るのもまた烏滸がましいというもの。ですがこれを好機と捉え、自分がダーナ嬢に相応しい人物であるということを証明したいと考えております!」
「ふむ・・そうか・・」
二万を超えるオルシャンスカ軍に対するシュバンクマイエル軍の兵士は六千六百。数においても劣勢な上に、オルシャンスカ軍は二万を超える兵士に十分な武器弾薬を供給しているのだ。
「アークレイリの無敵の将軍が味方についてくれるのなら心強いことだ、これなら私も侯都に向かうことが出来るだろう」
「はい?」
「ドラホスラフ殿下が辺境貴族たちと合流し、侯都を目指して南下を進めている」
「はい」
「ドラホスラフ殿下は侯王と第一王子を即座に屠ることだろう」
「はい?」
「侯王を屠るのは良いとしても、その後は早急に国を纏め上げなければ、南大陸の人間だけでなく周辺諸国がモラヴィア征服を企むことになるだろう」
「はい」
「だからこそ、私はここの指揮を君に任せ、侯都に潜伏し、ドラホスラフ殿下が到着するのを待つこととする」
「はあ・・」
しばし考え込んだペトローニオは震え上がりながら驚愕の声を上げたのだった。
「ええ〜!私ったら完全なる外国人よ!そんなポッと出の外国人の私に全権委任をするだなんてそんなこと!無謀よ!無謀〜!」
「無謀ではない、君はダーナの夫になるのだろう?」
ウラジミールはペトローニオの両腕をガッチリと掴みながら言い出した。
「ダーナの婿となるのなら、君はすでにシュバンクマイエルの人間だということだ!」
「いや〜ん!お義父様に認められるなんて嬉しいけど〜!」
そんなに簡単に全権委任して大丈夫なのか!
そして、謀反人とされる宰相ご自身が侯都に潜伏って!そんなことして大丈夫なのか!と、ペトローニオは困惑を隠すことが出来なかった。
お話の関係上、本日19時にももう一話更新します!!色々と大変な世の中ですが、そんな中でも少しでも気分転換となれば嬉しいです!!最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
もし宜しければ
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