第七十三話 アルノルト王太子の進撃
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クラルヴァイン王国の王太子であるアルノルトは天麩羅を揚げていた。
戦地ともなれば、干し肉と硬く焼きしめたパンが食べられる暇があれば幸いだとするのだろうが、自分の国の戦争ではないし、こちらが立ち向かう相手はズブの素人軍団だし、完全に気が抜けていたとも言えるだろう。
玉ねぎとにんじんを千切りにし、小麦粉に水を加えたものに混ぜ込んで油に落として揚げていく。輜重隊が持って来た干しエビが良いアクセントになってくれるだろう。肉料理をこよなく愛するアルノルトだが、お肉がないなら野菜を油で揚げれば良いじゃない。
「殿下!揚げたかき揚げは持って行っても宜しいでしょうか?」
「いいぞー、持って行ってくれー」
かき揚げを揚げて、揚げて、揚げ続けたアルノルトは、ふと思い立って部下に自分の場所を譲ると、自分が揚げたかき揚げをサクサクと音を立てて食べながら眼下に広がる幕舎を眺めた。
クラルヴァイン王国の港には造船場がいくつもあり、そこで大型船の建造も行っているのだが、その船の材料となる木材は隣国モラヴィアから購入をしているような状態だったのだ。
モラヴィアの侯王ヴァーツラフは、とにかく甘やかされた男であり、戦地に赴いたことなど一度もないような王なのだ。だからこそ、国を守るためには兵士が必要だということにも気が付かずに、辺境貴族への優遇処置をやめてしまうような奴だった。
国防を疎かにすればいずれ国は滅びることになる。息子のブジュチスラフはまだまともだという話を聞いていた為、様子見をしていたクラルヴァインだったのだが、ブジュチスラフ王子がまともに見えたのは、一重にファナ妃の支えがあってのことなのだ。
このままモラヴィアが崩れるのであれば、引導を渡すのはクラルヴァインでなくてはいけない。他国に渡すくらいなら(面倒だから本当はいらないのだけれど)モラヴィアをクラルヴァインの領土とするほうがまだマシだ。
火龍砲の購入についての折衝のためにアルノルトはモラヴィア侯国に入国したのだが、中央が想像以上に腐り切っていることに気が付いたアルノルトは地下に潜った。梟のアジトに移動してからは方々に手配をしたし、ドラホスラフが決起することを決意したため、モラヴィアに送りこむクラルヴァインの軍は最小限にした。
モラヴィアが南大陸人による植民地となるのを防ぐために、いち早くクラルヴァイン王国が動くことになるのならば、数万規模の軍を動かさなければならなくなる。そうなると金が物凄くかかることとなるのだが、ドラホスラフが辺境貴族をまとめて動きだすと言うのなら、それほどの戦力が必要にはならない。
アルノルトの妻であるカサンドラは『やる気がない』ことで有名な妃なのだが、そのカサンドラに影響をされたのか、アルノルト自身も実はやる気がないのだ。
自国の領土を広げるにはうってつけと言える状況なのだが、国土を広げれば広げただけの苦労というものが出てくるし、アルノルトは仕事よりも家庭を優先したい男なのだ。国の利益の為やら、国土拡大のためなんていう言葉に踊らされて、今以上に仕事に忙殺されるくらいなら、手っ取り早く隣の騒動は終わらせて、妻と子供との時間を大事にしたいと考える。
モラヴィア人がモラヴィアの地をモラヴィアの知恵を使って上手くまとめてくれるのが丁度良い。ただし、モラヴィアが危機的状況に陥っているというのなら、助けてやらないわけでもない。
オルシャンスカの部隊を抑えられるだけの最小限の部隊を動かして、最大限の効果を発揮する。そうしてモラヴィアに大きな貸しを作って木材を安く売ってもらおうという算段でいるのだ。
シュバンクマイエル軍とオルシャンスカ軍の戦いを敢えてこう着状態にしているのは、モラヴィアの新しい侯王となるドラホスラフに花を持たせたいと考えているから。花を持たせて恩も売る。だからこそ前線にも出ないで、後方でかき揚げを揚げているアルノルトだったのだが・・
「殿下―!殿下!大変です!殿下――!」
伝令兵の報告を受けていた側近のクラウスが真っ青な顔でこちらの方に駆け寄って来た。
「梟のアジトに襲撃があり、誘拐されたようなのです!」
「何!誘拐!」
「はい!誘拐です!どうやらオルシャンスカ伯爵麾下の貴族たちによるもののようで、自分たちが窮地に追い込まれていることに気が付いたのでしょう。取引の材料として・・」
「取引の材料だと?」
アルノルトの脳裏には、学生時代に誘拐されたカサンドラの姿が思い浮かんだ。王太子の婚約者だったカサンドラはクラリッサ・アイスナーにより誘拐をされ、南大陸へと売り飛ばされる寸前だったのだ。
港湾の倉庫でカサンドラを発見することは出来たのだが、実はその倉庫が麻薬の集積所になっていた。アイスナー伯爵は海賊から麻薬を仕入れていたが、その麻薬は南大陸から運ばれたものだった。クラルヴァインやモラヴィアは、随分と前から南大陸の人間によって狙われていたということになるのだろう。
アルノルトは拳をギュッと握りしめた。クラルヴァインの王宮からは王太子妃とフロリアン王子をすぐさま戻せと何度も、何度も遣いの者が来ていたのだが、それを頑なに断り続けたのがアルノルトだったのだ。
家族は近くに居た方が良いと思うし、隣国の内戦に参戦するために出兵などしてしまえば、いつまで家族と離れ離れになるのか分かったものではない。丁度、カサンドラもカロリーネに会いたいと言っていたし、丁度良いではないかということでわざわざモラヴィアまで連れて来てしまっていたのだが・・
「幕舎はそのまま捨て置け!今すぐ軍をまとめろー!」
ブチリと頭の中の何かが切れたアルノルトは、即座に命令を飛ばし始めた。
「馬を持て!今すぐに進発をする!」
「殿下!誘拐は誘拐なんですけど!」
「クラウス!後方は頼んだ!」
侍従が用意した馬にアルノルトが飛び乗ると、すぐさま騎馬兵団が集まりだす。
「前方に配置の砲撃部隊に合流をする!我々はこのまま北西に進軍!砲撃部隊は正面へ!ダヴィアス軍は陽動に動け!私は中央を突破する!」
「ダヴィアス軍!了解致しました!今すぐ進発します!」
「殿下!殿下!誘拐は誘拐なんですけど!」
クラウスの声が一向にアルノルトの元まで届かない。誘拐されたのはカロリーネとダーナ嬢、二人の令嬢ということになるのだが、クラウスの伝え方が悪かったのか、アルノルトは自分の妻と子が誘拐されたものと思い込んだのだ。
シュバンクマイエルの領地から梟のアジトを目指すには、オルシャンスカの軍を突き抜けて行くしか方法がない。ブチリと何かが切れたアルノルトは手段を選ばない男なのは間違いない。
こうして呑気にかき揚げを食べていたアルノルト王子率いる部隊は、オルシャンスカ軍を壊滅させるために動き出したのだ。
物価高、物価高と、うんざりする日々が続いておりますが、少しでも気分転換となれば嬉しいです!!最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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