第七十話 物凄く嫌な女
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太ったダーナはやたらと目立つ存在のため、クラスの中では中心的な存在の、それなりの爵位もあり、男性からも人気が高いという令嬢たちに利用されることが、学生時代はやたらと多かったのだ。
「ああ!ダーナさんが睨んで来た!」
ちょっと目が合っただけで被害者ぶって言われるし、
「あのデブ、父親が偉いからって勘違いしているところがあるんだよな!」
と、何処かの令息たちが言い出すのもまたいつものことだ。
世の中にはヒエラルキーの高いところに自分を持ち上げるために、あえて誰かを落っことすというやり方があるし、自分より醜くて冴えない人間を見て安心するようなところもある。
ダーナの父親は宰相という職に就いてはいるけれど、ダーナ自身が太っているので、ヒエラルキーの上位を目指す女たちの足踏み台のような扱いを受けて居た。ただ、踏みつけられるだけ踏みつけられて黙っている性分ではないので、親の権力を使って叩き潰すようなこともやっていたからこそ、恨みつらみが凄いことになっているとも言えるだろう。
今まで足踏み台として使われることが多かったダーナだが、ヒエラルキートップに君臨するカサンドラ王太子妃はダーナの使い方を十分過ぎるほどに理解していた。彼女はダーナを足踏み台になんて利用しない。
「ダーナ様、貴女は自国の民をその頭脳を使って助けたいと思うのでしょう?」
カサンドラ妃は口を開けばこれだった。「思うのでしょう?」つまりは、お前がモラヴィアの民を助けたいと思うのなら、私が助けるのもやぶさかではないというニュアンスが盛り込まれているのだ。
どれだけ仕事を山積みにされても、不眠不休となっても、
「貴女は自国の民を助けたいと思うのでしょう?」
と、言われてしまえば口を噤むしかない。
明らかにカサンドラ妃から投げられる仕事の量が尋常ではないのだが、いつの間にか、自分で望んでやっているという構図が出来上がる。隣国の王太子妃はとにかくやる気がないと言われているのだが、やる気がないのにやるべきことはしっかりとやるという噂はモラヴィアまで流れて来てはいたのだ。
普段からゴロゴロ猫並みに寝転んでいるカサンドラだが、彼女の発案で隣国では外国人街がいくつも出来上がり、迫害されがちな余所者を保護する活動にも力を入れているのという。隣国の王太子妃は『やる気がない』ことでも有名なのだが『人道主義』としても有名なのだ。
モラヴィア侯国で内戦が始まったというのに、互いにそれほど死傷者が増えていかないのは間違いなくカサンドラ妃の差配あってのことであるし、その差配の中で重要な位置にあるのが輜重隊による食料の配給だということも理解している。
だからこそ、寝ずに不眠で働き続けたダーナなのだが・・
「ダーナ様!来て頂いてありがとうございます!」
美しいデイドレスを身に纏ったカロリーネ嬢が、それは美味しそうなケーキとサンドイッチを並べたテーブルに手ずから美しい花々を飾り付けている様子を見て、ダーナは心の奥底からカロリーネ・エンゲルベルトのことが大嫌いになってしまったのだ。
「ダーナ様、お座りになって」
カロリーネは妖精のような笑顔を浮かべながら、ダーナに座るように促した。
「今日、用意した紅茶はギマエラ高原の初摘みの茶葉で作られた紅茶で、ファナ様が今日のために用意して下さったものなの」
ファナ様が今日(わざわざ私)のために用意してくださったものなの・・カロリーネの言葉は即座にマウント発言としてダーナに受け入れられることになった。
日当たりの良いサロンには洒落た家具で取り揃えられていた。爽やかな午後の風が入るティータイムに、純白のレースのテーブルクロスが敷かれたテーブルの上には、色鮮やかなケーキや焼き菓子が、ダーナがどれを選んでも良いように並べられていた。
侍女が淹れた紅茶は確かにデリケートな味わいと爽快な渋みをもつ香気も芳しいものであり、ファナ妃が特別にカロリーネのために用意した品だと言うのだから、
『はいはい、そうですね、そんな素晴らしい紅茶を第一王子妃に戴くほど仲がよろしいということですわよね!凄い!凄い!』
と、ダーナは冷めた気持ちとなって心の中で呟いた。
「もっと早くお会いしたかったのだけれど、ペトルお姉様を怒らせたままですし、ダーナ様にもお会い出来ないしで、一体どうしたら良いのかと散々迷っておりましたの。そうしましたらファナ様が、まずは自分から動いたらどうかと言ってくださって・・」
『ファナ第一王子妃から自分から動いて謝ったらと言われたものだから、渋々(何についての謝罪なのかはサッパリ今でも分からないのだけれど)謝罪すると言うのでしょう?分かった!分かった!』
「ダーナ様はお忙しい立場だというのに、このような席を設けさせて頂いて、ダーナ様にご迷惑をかけてごめんなさい」
『本当にね、なんでこの忙しい時に、わざわざこんな席を設けるのかな・・』
ダーナはこっそりとため息を吐き出しながら周囲をそっと見回した。日当たりの良いサロンにかけられた純白のレースのカーテンが風に揺れ、爽やかな風はテーブルの上に飾られた豪奢な花を揺らしている。サロンにはお付きの侍女が二人と護衛の兵士が二人も居て、カロリーネのための素敵なお茶会が完璧な形でセッティングされていた。
中央貴族による略奪と言っても過言ではない食料の徴収によって、多くの子どもや老人が飢えて苦しい思いをしているというのに、ファナ妃がわざわざ用意された紅茶と無数のお菓子。テーブルの上に並べられるケーキの数はとても二人で食べられるような量ではないだろう。
ちなみに、カサンドラ妃の部屋には、いつ行っても、このような麗しいケーキの数々など並んではいない。焼き菓子が籠に盛られた状態で、いつでも食べられるように置かれているだけなのだ。
麗しいケーキは寝そべって食べられないという理由もあるかもしれないが、戦時下の輜重を差配している自分と同じ現実を見ている者同士、豪華なケーキなんて食べていられないという気持ちを共有しているような気分にダーナはなっていたのだ。
カロリーネがセッティングしたお茶の席は、貴族令嬢なら誰でも用意出来るようなものだと言えるかもしれない。だけど、今は同国民同士が戦っている最中であり、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされている多くの人が居るような状態なのだ。
私はファナ妃と仲が良いんですよアピールをされながら、良く分からない謝罪を続けられる気にならない。だったら早く戻って仕事をしたい。
「ファナ様がブノワ・セルヴェと共にこちらに戻って来たという話はお聞きしていたのですが、お元気でいらっしゃいますか?」
何とか絞り出したダーナの言葉に、カロリーネはパッと顔を輝かせた。
「ええ!とってもお元気です!今はクラルヴァインに引っ越したらどのような家具で揃えようかと考えていらっしゃるところなの。ブノワ様がたくさんのカタログを用意してくださったので、種類があり過ぎて迷ってしまうと仰っていましたわ!」
新しい家に置く家具をどれにしようか迷っている・・ファナ妃がクラルヴァインへ亡命するのは決定状態となったようだ。
「カロリーネ様はファナ様ととっても仲が良いのですね!」
「とっても良い方で、いつでも私のことを気に掛けてくださるのです」
いつでも私のことを気に掛けてくださる・・仲良しアピール有り難うございまーす。
「私はまだ挨拶もまともに出来ておりませんので、カロリーネ様が羨ましいですわ!」
「まあ!それでは私がファナ様にダーナ様を紹介いたしますわ!」
マウント発言、有り難うございまーす。
「王宮では苦しいお立場だったということは存じておりますが、ブジュチスラフ殿下と離れられて良かったことと思いますのよ」
「ええ、本当に!最初は私もとっても心配したのですけれど、ファナ様もどうやらブジュチスラフ第一王子のことは吹っ切れているようで・・内緒ですけど、新しい恋をしてみたいとまで仰っていらっしゃったの」
途中から小声で私にはこんなことを言ってくれたのアピール、有り難うございまーす。
「まあそうなんですか。それは素晴らしいことですね」
カロリーネ嬢は、物凄く嫌な女に違いない、ダーナはオホホと笑って言い出した。
「それでは(何のことかちっとも分からないままだけれど)謝罪の件はきちんと受け取りましたので、私はここで失礼させて頂きますわ」
これ以上茶番に付き合っている暇がダーナにはない。輜重隊の差配は無限大に広がっているのだから。ダーナはケーキには一口も口を付けずに立ち上がると、
「待って!待ってくださいませ!」
随分と必死な様子でカロリーネは立ち上がったのだった。
台風が来る、まだ来ない、来る、まだ来ない、一体いつ来るの!!というか、どんな規模?とお悩みのあなた、少しでも気分転換となれば嬉しいです!!そして最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
もし宜しければ
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