第六十七話 不眠のダーナ
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モラヴィアで内戦が始まる。まさに自分の家が絡んだ他人事では決してない話なのだが・・
「ね・・眠い・・眠すぎる・・もう・・だめ・・」
書類が山のように積まれた、人の出入りが多い一室で、宰相の娘であるダーナはペンを持ったまま半分目を閉じながら船を漕いでいた。
「ダーちゃん!ここで眠っちゃ駄目よ!」
隣に座ったペトローニオは握り拳を縦に振りながら言い出した。
「ダーちゃん!貴女のその細腕には何万人という命が掛かっているのよ!だから眠っちゃ駄目!もう少しで一区切り付く予定なのだから頑張って!」
「頑張ってと言われましても・・」
ダーナはその太った容姿から忘れられがちなのだが、物凄く頭の中身が優秀なのだ。それがどれほど優秀かといえば、復興支援のために使われるべきお金が官吏の手によって横流しされ、あろうことかその金が麻薬の購入に使われ、その購入した麻薬を高額で売買されていたということを突き止める程度には優秀なのだ。
書類を読み取るスピードも速いし、情報を処理する能力も高い。さすがはウラジミール・シュバンクマイエルの娘だと言われることも多いし、兄妹たちの中でも頭が一番良いと言われている。
だからこそ、
「ダーナ、貴女には軍の輜重、特に食糧の差配について任せたいの」
と、カサンドラに言われた時には、自分の領地軍のことだし何とか出来るだろうと考えたのだ。
ブジュチスラフ第一王子がマグダレーナ嬢の戯言に耳を貸し、宰相であった父は謀反人として咎を受けることになったのだ。領地に籠った父は侯国軍に抵抗する準備を即座に始めることになったのだが、父を討ち果たすためにやって来たオルシャンスカ軍の数は数万規模となったのだ。
何しろ、中央貴族の子息たちからは恨みとか、恨みとか、恨みとかを買いまくっているダーナだった為に、
「これだけの規模を集められたのは私の所為かも〜!」
ダーナは恐れ慄いた。恐れ慄いたけれど、立ち止まっている暇はない。
「食糧については分かりました。戦争には何処の部隊にどれだけの物資を送るのかを差配することは重要であり、情報が入る領主邸の方に移動して、すぐさま仕事をしたいと思うのですが?」
「いやよ、移動なんて面倒臭いじゃない」
カサンドラはその美しい顔に不貞腐れたような表情を浮かべながら言い出した。
「それに、ここは梟のアジトなのよ?ここが情報の集積所となるように手配するから、貴女はその情報からどこにどのような物資を、いつまでにどうやって送るのかを、考えて欲しいのよ」
お仕着せ姿でソファに寝っ転がったままのカサンドラは、眠っている息子のフロリアンを自分のお腹の上に乗せたまま小さな頭を撫で続けている。
「アドバイザーも一応、付けておくから、しっかり仕事をしてちょうだいね」
「アドバイザーのペトローニオよ!どうぞよろしくね!」
ニコリと笑うペトローニオに見下ろされて、ダーナの顔は引き攣った。
これはモラヴィアの内戦であり、モラヴィア人同士が戦う戦争なのだ。宰相である父と、宰相になりたいオルシャンスカ伯爵の戦いなのは間違いなく、オルシャンスカ伯爵の後ろに侯王ヴァーツラフが付いたというのなら、宰相の後ろにクラルヴァイン王国が付いたということになるのだろう。
そのクラルヴァイン王国の王太子妃がアドバイザーとして付けたのがアークレイリ人のペトローニオ将軍だとするのなら、この内戦にアークレイリまでもが絡んでくるということになるのだろうか?
「ダーちゃん、悩まないで。私はアドバイザーだけどカテリーナ・バーロヴァの孫として、祖母の祖国のために協力しているだけだから」
ダーナと和解をしたペトローニオはエスコートするようにダーナに手を差し出しながら言い出した。
「絶対に!絶対に!ダーちゃんのお父様が負けるようなことにはしないからね!私に任せてちょうだい!」
北辺の無敵の将軍と言われた人にそう言われると心強いのだが、ダーナはまだこの時には気が付いていなかったのだ。ペトローニオは話言葉が乙女でも、脳みそが筋肉で出来ているということに、実は無敵の将軍が鬼将軍だったということに、この時はまだ気が付いていなかったのだ。
代々、宰相職に就いた者に与えられる広大な領地は、対クラルヴァイン戦を考えて村や街までもが作られている関係で、何処の物資を何処に移動をして、兵士をどのように移動させて何処で補給を受けられるようにすれば良いのかということは頭の中に叩き込んでいるダーナなのだが・・
「え?こちら側に寝返った中央貴族の部隊に配給を行う?」
「ええ?敵側の食糧を纏めて奪取したから、これをどうやってこれから分配するかですって?」
「えええ?ドラホスラフ殿下が辺境から南下を続けて、あと数日で中央貴族の領地にまで到達する?輜重線が伸び切ることになるから、侯都入をする際には、こちらからも物資を送る?」
「えええええ?中央貴族たちに食料を巻き上げられて、餓死寸前の街がある?そこにドラホスラフ殿下の名前で食料を送る?街ってどんな規模の街ですか?」
ちょっと待って、ちょっと待ってと言っている間に、どんどん情報が目の前に積み上がり、不眠不休で対応に当たっても、仕事が無くなるということにはならなかった。
最初ダーナはシュバンクマイエルの領主軍のことだけを考えれば良いのだろうと思っていたのだが、領主軍の方は自分の兄や妹がいるので、輜重の差配など必要がなかったのだ。
ダーナが任されたのは『その他大勢』のことであり『その他大勢』は本当に広い範囲の『その他大勢』だったのだ。
自分たちのことしか考えない貴族であればあるほど、領民の食べる食糧のことなど何も考えずに無理やり徴収を行い、打倒宰相のために出発をした為、オルシャンスカ軍は無理やり徴兵をした人数も多ければ、集めた食料も多かった。
武器弾薬は内戦を引き起こそうと考える南大陸の商人によって提供されているようなのだが、それにしたって、突然出来上がった巨大な軍を指揮するのにオルシャスカ伯爵はあまりにも素人過ぎたのだ。
そのオルシャンスカ伯爵が重用するお友達の貴族たちもロクデナシの素人ばかりだった為、集められた部隊に武器は届けど、食料が届かないという馬鹿みたいなことが続くようになる。麻薬に頭をおかされている幹部たちは下々の者たちも何かを食べなければ生きていけないということをすっかり忘れてしまったらしい。
麻薬を吸い、豪華な食事を食べながら、一般兵たちには食事も配られない。そんな状況だったものだから『ドラホスラフ殿下が北部で決起された!』『ドラホスラフ殿下こそが建国の王の生まれ変わりだ!』『我らが王はドラホスラフ殿下しかいない!』という声があっという間に広がり、中央貴族たちに背を向ける者が怒涛の勢いで増えていく。
カサンドラ妃曰く、
「同国人同士で殺し合ったって良いことなんて何もないじゃない?であるのなら、知らぬまに中央貴族のアホどもを孤立させて殲滅させてやれば良いのよ」
ということで、ドラホスラフ殿下からだという形で食糧の配給がダーナの手配によって広範囲に続けられることになったのだ。
敵から奪った食料を、何処にどうやってどれだけの量を分配して行くのかということを考えるのがダーナの役割であり、アドバイザーのペトローニオが、どのように輜重隊を動かした方が良いのかという助言をしてくれることになったのだが・・
「いや!もう!無理!眠い!眠い!眠い!眠ります!10分だけ!10分だけだから!」
ダーナは山積みとなった書類を脇に退けて執務机の上に突っ伏した。
三日徹夜となると、流石に文字が読めなくなってきた。数字の羅列がミミズの行進にしか見えなくって来ているのだから重症だろう。
「ダーちゃん、そこで寝るのなら小さなクッションを顎の下に入れてあげるわ!」
小さなフカフカのクッションが腕の隙間から差し込まれると、突っ伏して寝ているだけなのに随分と楽になる。
樽のような体型のダーナが椅子に座り続けると、肉に椅子が食い込んで次第に真っ赤に腫れ出すこともあるのだが、ペトローニオが定期的にフカフカクッションを交換してくれるので、お尻が食い込んで痛くなることはない。
書類に集中し過ぎて、額から汗が落ちそうになる度に、
「あらあら、困った汗っかきちゃんね!」
と、余計なことを言いながら薔薇の香りがするハンカチで額を拭いてくるのがペトローニオはかなりの世話焼き女房だと言えるのだが、
「ダーちゃん、本気で寝ちゃうなら私がベッドまで!運んであげるからね!」
と、耳元で囁かれた時には、思わずその場から飛び上がりそうになってしまったのだ。
「アドバイザー、頼むから寝させてください・・私、本当の本当に眠いんです!」
「んまあ!ダーちゃんたら可愛い!」
いくらぷにぷにほっぺただとはいえ、ツンツンするのはやめて欲しい!そう切に願いながら、ダーナはあっという間に眠りの世界に落ちていってしまったのだった。
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