第六十二話 衝突
前半は早駆けに成功したダヴィド、後半は野砲隊を指揮するパトリック視点となります。お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。
建国の王ヴォイチェスラフがトウラン王国からの独立を成功させた時に、
「まずい・・国を回すのに適した頭が良い奴があまりにも少な過ぎる・・」
と一人で呟いて愕然としたというエピソードが残されている。
トウランの王の暴挙に耐え続けて来たものの限界に達し、独立するための戦争をトウラン王家に仕掛けたのはヴォイチェスラフ王だ。猪突猛進の建国の王は勝利を勝ち取るまで戦うことだけを考えれば良かったものの、いざ勝利を勝ち取った後には新たに湧き出る有象無象の問題に立ち向かう必要が出て来たのだ。
暴虐の王から自由を勝ち取るために戦旗を掲げて戦っている間は良かったものの、気が付けば周りは脳筋ばかり。政治の舵取りをするとなると脳筋どもはあまり役に立たなかったと言っても良いのかもしれない。
そんな訳で武勇で名を上げた脳筋たちには国の外郭に広い土地を与えて国の守りを厚くし、中間層にはそこそこに活躍した者たちへ。そして侯都リトミシェルの周囲を独立戦争で活躍をした訳ではないけれど頭は良いという奴らで固めることにした。
宰相職を任せられるのは国の運営ができる優秀な人間としている為、現役の宰相とその時の侯王によって決められる。宰相職は世襲制ではないため、その時に一番優秀な人間に割り当てられる。
宰相に就いた人間は苦労をすることが目に見えているため、豊かな領地が引き継がれることになるのだ。侯都からも近く、南端はクラルヴァインの国境とも接している土地は、三重のドーナツを一区画だけ縦に切り取ったような形になっている。
クラルヴァイン王国がモラヴィアの占領を企んで侯都を目指す際に戦場となるのは間違いない場所であり、代々、宰相になった者が管理することになる特別な土地。リトミシェルの大門を抜けて宰相が治める領地を目指すとなると、一番内側になるドーナツを南に突き抜ける形で進んで行くことになるのだが、シュバンクマイエルの領境までは幾つもの関所を抜けることになる。
「爺や!」
憧れのドラホスラフ殿下に同道を許されたダヴィド・ヴィテークは馬を走らせながら言い出した。
「嫌な予感がする、もしもの時には皆の命を俺に預けてくれないか」
「坊っちゃま!」
ダヴィドが赤子の時から仕えている爺やは、馬の手綱を握りしめる自分の手に力が入るのを感じながら言い出した。
「はなから我らが命、坊っちゃまに預けておりますよ!」
「そうか!」
ダヴィドはそう答えて、長年、自分に仕え続けてくれた爺やに笑みを浮かべた。昔から戦場に出るとなると主を補佐して出兵をした爺やも随分と歳を取ったものだ。髪は全て真っ白となっても筋骨逞しいのは年老いても変わらず。かのトウラン王国が滅びた時には国を守る為に国境線まで一緒に出兵した仲でもある。
「若様!俺たちだって最初から若様に命を預けています!」
「覚悟は出来ていますよ!」
側近くを走らせる部下たちまでもが揃って笑顔で言い出した。
「貴方様は我らが主人、死ぬ時にはご一緒させて頂きます!」
「ああ・・ありがとう・・」
自分の唇を噛み締めたダヴィドは涙がこぼれ落ちないように空を見上げた。
いつでも最前線に追いやられ続けていたのだ。そうして肝心の戦場では、主流派の貴族たちによって外郭の端に追いやられた恨みは計り知れないものだった。
今までは幾ら活躍したとて、その活躍は主流派の貴族たちに奪い取られ続けていたが、今回ばかりはそうはしない!絶対に、絶対に、ヴィテーク家の名をこの戦場に轟かせてやるのだ!
鬱蒼と生い茂る森の中、人の影と微かに鼻についた火薬の匂いに気が付いたダヴィドは自分の兵士を一直線に並べて一気に馬を走らせていく。
「敵襲の恐れあり!敵襲の恐れあり!」
木材を輸出することを生業としているモラヴィアには国内に幾つもの森を抱えているのだが、宰相の領地を目指すのならクロムロフの森を抜けなければならない。森の中には幾つかの道があり、その各所に関所が設けられているのだが、協力者の情報によってオルシャンスカ軍の穴を突く形で殿下は騎兵部隊を走らせていた。
一番恐れなければならないのは、抜け道を教えてくれた協力者による裏切りだ。
我が国が持つ大砲は旧式ではあるものの、待ち伏せに使うのに適した威力を持っている。
カーブを描く道の端を走らせながら殿下を追い抜いた。やはり敵は待ち伏せをしていたようで、現れた大砲を前にしてダヴィドは自軍の馬を横列に並べていく。
大砲に突っ込むようなことをすれば、大砲がどう爆発して被害を出すか分からなくなる。だからこそ人馬で壁を作って後続を守る決断をした。ここで命を捨てることにはなるだろうが、ドラホスラフ殿下さえ生きていれば、ヴィテーク家の名前は物語となって後世にまで語られることになるだろう。
◇◇◇
大砲を横列に並べて待ち構えていたパトリック・プロヴォドは、三百人規模の騎兵部隊が並足でこちらの方に向かって来るのを地面に耳を押し当てながら確認をした。野砲隊の指揮をするパトリックは地面に手を触れながら振動を確認し、そうして部下たちに着火をするように指示を出した途端、一部の部隊が物凄いスピードでこちらの方へと近づいて来ることに気が付いた。
統制が良く取れた走り方だが、とにかく物凄い勢いでこちらの方へと近づいて来る。カーブを抜けたその先で大砲を用意して待ち構えていたパトリックは自分の胃がひっくり返りそうにもなったのだ。だがしかし、飛び出して来た部隊が人間の盾となるべく横列となってあっという間に停止した為、思わず安堵のため息を吐き出した。
「野砲隊!回転!6時の方向固定、斉射用意!」
人間の盾はこの際、無視して、大砲の先をぐるりと回転させ照準を合わせると、
「撃て!」
パトリックの砲撃号令によって八門の野砲が火を吹いた。
後方には天幕が張られており、上官たちが呑気に酒を飲んでいたのだが、その天幕に向かって一斉射撃が行われたのだから堪ったものではなかっただろう。モラヴィアの野砲は旧式も旧式だが短距離での威力だけはあるため、天幕の後ろの木々がへし折れ、薙ぎ倒されていく。
「ライフル隊構え!生き残りは全て駆逐しろ!」
号令によって炎をあげる天幕の方へライフル隊が向かう。野砲の攻撃から生き残った者が虫の息となって這いだして来たが、あっという間に殲滅される。
麻薬の汚染を受けた者は多かったが、その人々を一か所に集めて燃やしたのはパトリックの意思だ。突然、侯都が堕とされたという報告を受けて不安で仕方がなかった上官たちは麻薬に逃げていたが、恐怖も痛みも感じずに死んでいったことだろう。
振り返ると、肉壁となっていた部隊の部隊長と思われる若造が呆然とした様子で口を開けっぱなしにしているし、ようやっとやって来たパトリックの従兄であるロビン・ドウデラが、
「いやー!悪い!悪い!新入りにお前のことを言うのを忘れていたわー!」
と、呑気な調子で言い出したのだ。
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