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「んぎ……しょッ…と………ふぅ…やっと着いた…」
人々から、『墜ちた都』と言われ海に浮かぶ巨大な浮島、その浮島に幾つか存在する大穴(廃棄場として使われている)が存在する。
その中でも、一部の者達が後ろ暗い事に使う為、一般の人々には秘匿されている様な場所から這い出てくる物があった。
それは、全高が1mを超える程度の鉛色のズングリした見た目で、背後から一見すると巨大なテントウ……昆虫が二足歩行で立っている様にも見えた。
「魔力センサーに反応無し……ドラム…っと…マギスアーマーの出力の低下も想定の範囲内と……しかし…まぁ…汚染濃度は地下の比じゃないな…」
そう言って、大穴の縁に立つ異形の中で呟くのは、あれから更に2年経ち5歳児になった男だ。
「大丈夫かぁ…これ……此方の食べ物、全部あの物体Xみたいなのじゃ無いんだろうな……
はぁ…此処で悩んでても仕方ない…か、とりあえず拠点になりそうな場所を探すか、インビジブル展開……オーラ……マギスコンバーター起動……」
暫く何かに悩んだ様子の男だったが、何ごとかを呟くと、その異形の姿を薄れさせていき僅かな燐光を残しその場から消えたのだった…………………
『墜ちた都』そう呼ばれる浮島は、千数百年前に突如として起きた世界の改変に因って、其処に暮らしていた万能の加護を持ちそれまで繁栄を欲しいままにしてきた種族が加護の力を失い、呪いによりその姿を悍ましい異形に変化させる、と同時に浮遊する力を失い実際に空から落ちた浮遊都市であった。
そして現在、その島の表面は、城(崩壊し大半が瓦礫)を中心として円を描く様に城壁(所々が崩れ落ちている)の外側に各種国の施設(遺跡)が点在し、その外周に存在する外壁を含め、過去の建築物を活用し外壁に沿う様に幾つかの港と町が、遺跡に残る遺失物(今では喪失された技術等が使われた物)を求める者達によって構築されていた。
その島の外周に残る過去の町の中でも、地理的な利便性や政治的な諸々の事情により、どの勢力も放置している場所が幾つか存在した。そして、何時しかそんな場所に犯罪者、政治犯、脱走奴隷、他にも後ろ暗い組織などが流れ着き、何処にも属さない無法者が治める町に変貌していた。
そんな中、幾つか存在する無法の町としては小規模なこの町では今、幾つかの小組織がその構成員ごと失踪したり、惨殺されたという噂が広まりつつあった。
『オイッ、誰か居ねぇのか!』
コンクリートの打ちっ放しの様な室内に男の苛立った声が響く
『舐めてんじゃねぇぞ!』
怒声と共に男が棍棒を壁に叩きつけると、その細身の優男風な見た目と木製の棍棒という事実に反し、コンクリートっぽい壁の方が吹き飛ぶ
『何だこりゃ……』
自身が破壊した壁から隣のフロアの中を覗いた男は、呆然としながらも手下に奴隷、それに慰み者として攫って来た者も含めて、全てが等しく頭を割られた状態で横たわっている様に、アジトに帰ってからの苛立ちの原因を理解する
『糞がッ…噂じゃねぇのかよ……大事な金蔓まで殺ってやがる……舐めやがって誰だ…誰がやりやがった……タイソンの野郎か、それともパンチョの奴か……チッ、バンの奴が帰って来るのは…っ!!』
『コ……コン……ニ…チはッ?!』
アジト襲撃の犯人への報復と、一味の立て直しを考え始めた男の背後から、突然、男に声が掛かる
その拙い挨拶が終わるのを待つこともなく、確認もせずに男は手に持つ棍棒を振り向きざまに声の主に振り下ろす
『人モドキぃ……』
「おぉ…凄え威力……でも、やっぱりかぁ……それなりに発音出来てた筈だよな?」
受け止められた棍棒を更に押し込もうと、怒りと侮蔑を滲ませ自分を睨む男を、保険として張っていた3重のサイコフィールドを砕かれ強度を強めたフィールドを纏わせた義手を掲げ棍棒を受け止め続ける幼児が見上げる
『糞がッ、低級でも聖木だぞ………そうかっ!?
ツイてねえ…貴族位かよ。クソっ、なんでこんな所いやがる…』
「貴族位?良く分からんが……お前はいろいろ知ってそうだな!?」
『グランドインパクト!』
押し込む事を止め、男が幼児から飛び退き距離を取ると、魔力を棍棒へ纒わせて足元へ叩き付け魔法の様なモノを発動させた。
「魔法!?ちッ、念動!」
男が仲間であったろう遺体諸共、足元を発動した魔法で吹き飛ばすと、幼児は、男の魔法の爆発により自身に飛来する瓦礫を能力を使い防いでいく。その隙に男は自身が崩した床下から地下のフロアへ身を翻す。
だがその時、浮遊する形で天井へ姿を現したマギスアーマーの異形から鉤爪の様な指が付いた腕らしき物が男へ射出されると、男がフロアに着地するよりも早く、その肩口辺りを鉤爪鷲掴みにした。
『貴族位なんて相手に…ぐあッ!』
「……逃がす訳ないだろッ…」
男の肉を鉤爪が食い破るのも構わず、強引に腕…ショットクローのワイヤーを引き上げると、崩れ落ちた床の端に移動した幼児の前に男の上半身を顕にさせる
『オマエ…ワ…ワタ…ち…丿、ハタ…ハナシキク…おーけー?』
『グゥゥゥ?!穢らわしいィ…人モドキが…』
「ハァ…」
眼の前の吊り下げられた男へ、幼児が再度話し掛けるが、返って期待のは憎悪の表情と侮蔑の言葉だった。
幼児の方でもそのリアクションは予想していたのだろう、男の態度に子供らしさの欠片も見せずヤレヤレと首を振ると、バチバチと帯電させた義手で男を感電させた
『ギィィィ!…殺して…や…』
「タフだな……まぁ、此奴は他の奴より知識がありそうだし、このまま拠点に持って帰っていろいろ試すか……っと、マーカーを回収しないと…」
幼児が義手を離しながら、プスプスと衣服の所々が焦げ、白目を剥いて失禁までしている男を一瞥し、両足の義足の腿裏辺りのギミックを展開すると、其処から燐光を発しながら自らを浮遊させて異形を纏い、天井に刺してあった杭状の物を引き抜ぬいた。
「拠点までは……くっ…ギリギリ行けそうか」
回収したショットクローに男を掴んだまま、異形の中の幼児がそう呟くと、男とその異形ごと自らの拠点へと転移したのだった