52.縁側で
月明かりが出て、時折雲が影を差す。
御影家で過ごす夜というのは、ソラにとってはどこか懐かしさを感じていた。
ソラは慣れた様子で縁側に座り、ソラが月を見上げる。
サクヤがその隣に腰を下ろした。
「ソラ、今日のSNSは見たか?」
「ううん、まだだけど」
「またお前の話題で持ちきりだ。まぁ新しい魔物、しかも妖怪だなんて、そりゃ大騒ぎにもなるだろう。お陰で『陰陽』も話題に上がって、順調に伸びている」
「アハハ……良かった」
ソラにはあまり実感がないようで、笑顔もどこか遠いようであった。
「で、ソラ。天狗はどうするんだ?」
「どうしましょう」
式神化してしまえば、紙人形にすることが可能で、それならば住む場所にも困らなくなる。
しかし、ソラがそれをしないのは、千年天狗の扱いに悩んでいるからだった。
夜風がソラの頬を掠める。
その風が進む先に、物陰に隠れてソラたちの会話を盗み聞きしている千年天狗がいた。
それにソラたちは気付いていない。
*
見上げている空はいつもと変わらない。
「サクヤ、今の時代ってすごく幸せだと思うんだ」
「まぁ、平和だとは思うが……」
昔の時代は、遊んでいられるほど余裕なんてなかった。
飢餓、災害、妖怪。様々な出来事が人々を襲った。
だから、みんな生きるのに必死だった。
それは孤児だった俺も同じだったんだ。
「強い力を持ってて、その力で戦いしか知らない生き方は……寂しいと思うんだ」
俺がたくさんのことを知ったように、ヴァルやグラビト、アオにも学んで欲しいと思っている。
「でもね、それは俺の押し付けかもしれない」
平安時代でも、同じように悩んでいた。
自分がやってきた結果なんてものは、進んだ先でしか分からない。
それが正しい時もあれば、間違っている時もあった。
「今回の場合は特に、千年天狗は陰陽師を恨んでいる。その恨みを取っ払って、自由に生きろというのは少し無責任ではないか、と思ったんだ」
俺は、転生してからもこんな感じのことを悩んでいる。
こんなことで悩むなんて、馬鹿らしいのかもしれない。
でも悩んでしまう。
「自由に生きて欲しいと、ソラが彼らを式神にした理由はそれか?」
思わずふにゃっとしてしまう。
「それもあるってだけ」
「なんだ歯切れの悪い……」
彼らは俺をよく支えてくれている。
それは俺にとっての大きな幸運の一つだ。居なくてはならない存在だとも思っている。
「彼らには多くのことを知って欲しいなって思ったんだ」
この世界は空が続く限り、どこまでも広がっている。
「その逆に、俺も学ぶことがたくさんあった。アオとかを見てると、もしも俺が子どもの頃だったら、あんな感じだったのかなぁって思ったり」
俺にとって、平安時代の子どもの頃はあまり記憶に残っていない。
サクヤが軽く微笑んだ。
「随分と手のかかる子だったんだな?」
「え~、そんなことないよ」
俺なら天狗を食べるなんて流石に言わない。
……子どもの頃の俺、言わないよな。
なんか自信なくなってきた。
「私だって、お前から学ぶこともあるんだぞ」
「サクヤが俺から? ほんと?」
「ああ。素のままに生きても、受け入れてくれる人がいることを教えてくれたじゃないか」
素のまま……自分を隠すのが苦手なだけなんだけど……まぁ言わなくてもいっか。
「私の周りは、みんな仮面を被っていたからな」
俺がサクヤが感じたことを推し量るには、体験してきた人生がまた大きく違う。
距離が近いせいもあってか、たまにサクヤを大企業の令嬢であることを忘れてしまう。
「人間が裏で何を考えているかなんて、全く分からないものだ。だから、自分を隠すことばかり上手になる」
珍しく、自分のことを話すサクヤに視線を向ける。
「まぁ、お前の考えていることは甘いのだろうな。だが、私はそれが好きだ」
「好き」
「当たり前だ。お前はきちんと自分の心を言葉にするだろう? それが噓偽りのない真実だと、私は知っている」
サクヤが立ち上がる。
ふと、俺に自信がないことを見抜き、それを鼓舞しようとしてくれているのかな、と思う。
そうしてスマホを取り出す。
「お前はこの日本で、今や若者の間では誰もが知っている人間だ。見ろ! この数百万人の登録者数を! すべて、お前がたった一人で集めた人数だ!」
「ほほう……」
最初の登録者数数人から、随分と増えたなぁ……と呑気に思ってしまう。よく『CG乙w』なんて言われてたっけ。
「自信を持て。お前のしていることは、何一つ間違っていない」
この登録者数の人数が、自分のしてきたことの証明だと、サクヤはそう言っているんだと思った。
自分たちの行いは間違っていない。なら、信じて進めと。
「ヴァル達もそうだろう。私もお前が好きでここにいるのだから」
「俺が好き?」
そこでサクヤの頬が徐々に赤くなっていく。
「…………あっいや! 違う! みんなが、だ! みんながお前を好き、という意味だ!」
指をぱちんと鳴らす。
「あっ、そういうこと」
好かれているのなら、凄く嬉しい。
サクヤのスマホを手に取る。
「でもサクヤ。一つだけ違うことがあるよ」
「なんだ?」
「『俺一人で』ここまで登録者数を増やしたんじゃない。『俺たち二人で』、増やしたんだ」
「────ッ!」
サクヤに言われて自信を取り戻すようじゃ、俺もまだ少し子どもなのかもしれないな。
いや、実際まだ高校生なんだし子どもじゃん。
たまにそのことを忘れる……。
ともかく、サクヤのお陰で覚悟は決まった。
「ありがとう。これからも信じてるよ、サクヤ」
「あ、当たり前だ!」
千年天狗をどうするかも、俺は決めた。
ソラが縁側から立ち上がると、会話を聞いていた千年天狗が気付かれないように布団へと戻って行った。
ソラが首を傾げる。
「ん? 今足音しなかった?」
「いや、特に聞こえなかったが……」
「じゃあ気のせいか」





