51.御影のお風呂
御影の屋敷で、座敷童が指をさした。
「嫌じゃ! アカリ、こいつらを帰せ!」
ここには今、俺と式神たちとサクヤが居た。あっ、アオだけは屋敷の池で鯉を見ている。
「ダメかな?」
「う、うーん……確かに、うちは代々から妖怪退治を生業にしてたし、そういうのを管理するのには長けてるけど……」
あれから、配信を終えた俺は天狗の対処に悩んでいた。
天狗の姿形が変わってしまったこともあり、討伐された扱いとなり、討伐報酬の百万円は俺が受け取ったがそれはすべてサクヤに任せた。
大金をポンッと渡されても困る……金銭感覚狂いそうで。
あっでも、一日のパンを一個増やすくらいは出来たのかな……学食にあるメロンパンって奴を食べてみたいんだよね……。
でも、あれ150円するからなぁ。
110円のハムパンが美味しすぎるのがいけない。
ともかく、俺は天狗を式神にはせず、一度アカリの方で管理してくれないかと頼みに来ていた。
千年天狗は陰陽師を嫌っている。そんな子を式神にしても、信頼関係が築けるとは到底思えない。
「でも、ここ託児所じゃないんですけど?」
「えー、だってアカリの家広いじゃん。それに友達になれそうな子もいるし」
座敷童が叫んだ。
「なんじゃ!」
「ほら、語尾も似てる」
よく見てみれば、座敷童と同じくらいの身長だ。
良い友達になると思うんだけどなぁ……。
「あのね。あんた、その天狗がうちの蔵を襲ったってこと忘れてない?」
「でも、盗んだの扇だけでしょ?」
「それはそうだけど」
無茶なお願いであることは承知の上だった。
サクヤが続いて説得に参加する。
「必要経費があれば、すべて私が担うがそれでも無理か?」
「お金の問題なんてないわ。そうじゃなくて、私が納得できないのはあんたのことよ」
「俺?」
「妖怪なら祓っちゃえばいいじゃない。わざわざ、あんたがここまでして助けようとする意味ってなに? その妖怪には嫌われてるんでしょ?」
妖怪なら祓ってしまえば良い。
その意見は当然のことだ。
どんな陰陽師も、みんなそうしてきた一つの答え。
祓う。
陰陽師ならば、それくらいは容易いだろう。
何も難しいことではない。
でも、簡単な道ばかりを選んで、その先に何が残るのだろうか。
別に、何かが残したい訳じゃない。
ただ、これは俺の生き方の問題だ。
昔からそうだ。
俺が進む道は常に真っ暗闇で、手探りで生きてきた。
ふと気付いたら、後ろに誰かが居た。
それは俺と共に、俺の考えを認めてくれた人たち。
俺が叶えられなくとも、誰かが引き継ぎ、誰かがまた進んでくれる。
そう信じて俺は走り続けた。
「俺が目指してきた道でもあるんだ」
不可能だと笑われてきた夢の一つだ。
「妖怪と人間の共存」
晴明はいつか、その可能性があるからと千年天狗を封印したのではないかと、そう思ってしまった。
これは俺の思い込みでしかない。
でもアカリと座敷童のように共に生きる可能性を安易に捨てたくはない。
捨てるべきじゃないんだ。
「……はぁ、ほんとあんたって甘ちゃんよね」
「俺の名前はソラだよ」
「名前の話じゃないわよ!」
お、俺何か間違ったこと言った? とサクヤに視線を向けるもクスクスと笑われてしまう。
「あんたの考えは分かった。だったら、なおさらダメよ」
「え~」
うーん、ダメか~。
千年天狗は俺のこと大っ嫌いだろうし、困ったなぁ。
野に放つ訳にはいかないし……。
アカリは腕を組み、諭すように告げた。
「あんたが自分で天狗を改心させなさい。他人がその道に続いてくれるからって、いつまでも甘えないの」
「っ!」
驚いた。
いや、アカリに驚くのは初めてじゃないけど……まるでこの物言いは……。
思わず微笑んだ。
「そっか。うん、そうだね」
いつまでも甘えてばかりじゃ居られない。
俺が千年天狗を変えなくちゃいけない。
他人に任せてもいっか、と一度思ってから任せっきりなことがたくさんあった。
ご飯、洗濯、掃除、朝廷からの書類整理や庭の手入れ……すべて晴明に……あれ、多くね?
…………まっ、いっか!
「俺、頑張る! 千年天狗を変えてみせる!」
「まぁ、今日だけは私も少しは協力してあげる。何かして欲しいことある?」
*
「うぎゃぁぁぁぁぁぁっ! 嫌じゃ、嫌じゃ~! お風呂は嫌じゃ~!」
ソラはまず、アカリにお風呂を頼むことにした。
「あんた匂うの! 何日お風呂入ってなかったの!?」
天狗が少し自慢気に、しかも照れくさそうに答えた。
「せ、千年……ほどかの? 凄いじゃろ」
「……」
アカリが無言でゴシゴシと髪を洗っていく。
「うぎゃぁぁぁっ!」
その叫び声を聞きながら、ソラとサクヤは外で待つ。
「本当に助かる。俺だとお風呂入れられないし」
アカリの声がお風呂場から響いた。
「ねぇちょっと! 小さい子用の着替え持ってきて欲しいんだけど!」
どうやら着替えを忘れていたようで、アカリからの頼まれ事をソラたちが聞く。
「サクヤ、服を取りに行こうか」
「ああ。だが、誰かの服を持ってくるなんて初めてだ。うまく出来るだろうか……」
「服選びはグラビトに任せればいいんじゃないかな」
「いや、私に任せてくれ。これでも服を見る目は確かなんだ。高い服なら一発で分かるぞ」
「おぉ! 流石サクヤ!」
お風呂場で、アカリが深いため息を漏らした。
「……あの生活力皆無の二人、ほんと不安しかないんだけど」
ソラたちが持ってきた着替えは恐竜のパジャマだった。
普通の服で、かつ単価でみれば確かに一番高い服ではあった。
そうして、その日はアカリの両親からのご厚意もあり、御影邸で過ごすこととなった。





