50.真の姿
ソラが動いた。
「第二術式展開、呪層壁」
指先の照準を天狗に合わせ、真っ直ぐ狙うと見せかけてから急に方向を変えた。
「水命糸」
”出た!”
”これマジで予測不能な動きするよな”
”この動きすこ”
呪層壁を展開し、「水命糸」を放つ。
直線的に水命糸を放っても風で防がれる。
なら、風の影響を受けないよう糸を伸ばせばいい、とソラは理解していた。
何度も反射し、洗練された軌道を描いて天狗へ糸が伸びる。
ソラが名前を呼ぶ。
「アオ」
「うぃ」
アオが姿勢を低くし、飛び出した。
砂埃が舞う。
”はええwww”
”アオもやっぱ早いよな~”
”可愛いだけじゃない”
天狗の攻撃で腕を飛ばされたアオだが、その眼に恐怖心はない。
そうしてアオは思う。
(もしも僕一人なら、たぶんしょんぼりと落ち込んで逃げていた)
飛び出したアオが、複雑な軌道を描く水命糸の跡を追う。
ソラが放った水命糸の軌道は、天狗の死角になるように伸びていく。
それは確実な一撃を入れるために。しかし、その本命は水命糸ではない。
大本命はアオの一撃だった。
御影アカリとの共闘で、ソラは他人を頼って戦うことを知った。
ソラにとって他者は足手まといではない。
守るだけの対象ではない。
ソラに頼られている。
(僕が立ち向かえるのは、ひとえにソラが隣にいるから。ソラが隣にいるから、僕は怖くない)
ソラとカツ。
どちらが好きか聞かれたら、たぶんずっと悩んでる。
どっちも好きだから。
だから……ソラとカツのために、己の刀を振るう。
水命糸が複雑な軌道からギュギュッ、と天狗に伸びる。そうして糸が絡まるも、天狗を両断するには至らない。
ソラが呟く。
「……硬いな。風を腕に巻いてるのか?」
天狗は今、自身の体に呪力の風を纏っていた。
言うなれば、ヴァルのような強力な防具を付けている。
水命糸では決定打にならない。
「捕まえたぞ、小童。このまま糸を引っ張ってやろう」
ソラが不敵に笑う。
「いいよ、綱引きしようか?」
すると、今度は影が天狗の横を通り過ぎる。
天狗はその影を目で追った。
カチャ……と音が鳴る。
天狗の背後に両手で刀を握りしめ、低姿勢のアオが居た。
「後ろ。がら空き」
アオが迷いなく一刀を叩き込む。
洗練された一連の動作に、見ていた人々は思わず手が止まる。
さきほどまで良いようにされていたアオが、天狗を倒すかもしれない。
その瞬間を逃すまい、と瞬きをやめる。
キィィンッ……! と火花が散った。
アオが顔をあげた。
手に来るはずの感触は、まるで石にぶつかったような痛みだった。
「……っ!」
「刀も効かぬぞ?」
「物理も効かない……こいつ、嫌い」
”アオ!”
”アオ下がれ!”
”逃げろ!”
”ヤバいッ!!”
アオに大きな隙が出来た。
その隙を天狗は見逃さない。
「さらばだ!」
五枚羽の扇が振り下ろされる。
ソラの声がした。
「複合術式────第四術式展開、第三術式展開」
術式の同時発動。
魂を司る術式と、収納するだけの術式の発動。
ぱっと聞いた人は、みな首を傾げるだろう。
そんな術式で何をするというのか。
現代では、ソラの陰陽師としての本質を知っている者は誰も居ない。
ソラが最も得意とする戦い方は、力押しではない。ましてや騙し討ちでもない。
多くの手数や複雑な術式を使いこなすその天才的な技量にあった。
「真命操作、陣地入替」
かつて東京ビアドームで見せた真名操作。
式神と呪力で繋がり、操作することができる能力。
さらに、紙人形と場所を入れ替える陣地入替。
シュンッ……!
アオと天狗が驚く。
「「────ッ⁉」」
天狗の目の前にいるのは、大きな隙を見せていたアオではない。
万全の状態で構えて待っているソラだった。
「なっ⁉」
ソラはアオと呪力で繋がり、陣地入替で場所を交換した。
されど、天狗に焦りはない。
アオの一刀で確信していた。
「刀は効かぬぞ!」
驚いたところで、迷わず扇を振り下ろせばいい事実は変わらない。
逆に追い詰められたのはソラなのだ、と。
「五枚羽・風神!!」
天狗が扇を振るう。
しかし、天狗は大きな勘違いしていた。ソラはアオを救うために、飛び込んできたのだと。
ソラが片手で印を組む。
「第九術式展開」
”あ……”
”あ”
”あ”
”あ…”
「水命蜘蛛糸」
────バァァァンッ!! と音が響いた。
強風が吹き荒れ、またもアオの前髪がすべて逆立つ。
「風、強い……」
ようやく場が落ち着くと、青色に光る陣がソラを中心に展開され、そこから無数の水命糸が飛び出していた。
天狗の扇は、糸によって防がれソラの寸前のところで止まっていた。
「ここまで近づけば、第九術式もかなり強いでしょ?」
「こ、この……!!」
全身を糸で縛られ、天狗は身動き一つとることができない。
どれだけ強くとも、風を起こさなければ天狗は無力。
ソラはその性質を知っていた。
勝者、上野ソラ。
そうはっきりさせるには、十分すぎるほどの状況だった。
”うおおおおおおおおおおおおおお!!”
”うおおおおおおお!”
”勝った!!”
”ソラが勝ったぞ!”
”やっぱこの兄弟だわ!”
”よしよしよしよし!”
”また式神チャンスか!?”
「うーん、どうしようかな」
「ソラ、天狗料理」
「いやダメだから……そもそも食べ物じゃないよ」
アオがしゅん、とする。
”なんで落ち込むんだよwwwwww”
”落ち込んでて草”
”ちゃんと魔物してて可愛い”
”逆にカツが困るだろwww”
「な、なんじゃ!? 儂を食べるのか!?」
「食べないよ」
「じゃが、そっちの奴はずっと天狗料理天狗料理と……!」
アオと天狗の目が合う。
「……じゅるり」
「食べる気じゃろうが!」
ソラがどうしようか悩んでいると、すすり泣く声が聞こえ始めた。
「ひぐっ……」
”え?”
”え……誰か泣いてる?”
「嫌じゃ……嫌じゃ!」
それは天狗から発せられていた。
「食べられるのは嫌じゃ~!」
ポンッ!! と天狗から煙が出る。
”!?”
”まだなんかあるのか!?”
”形態変化的な奴!?”
人々は驚愕しながら、身構えた。
まだ何かしてくるかもしれない。
「うおおおお! 離せぇぇぇ! 儂は逃げるんじゃ~!」
煙が晴れたかと思えば、そこには糸に縛られ身動きの取れない小さな少女の天狗がいた。
「嫌じゃ~……食べられとうない~……」
ソラとアオが固まる。
同様に、それを見ていた視聴者たちも固まった。
千年天狗は自身の能力で、自分の姿を変えていた。
「……封印されてた理由、少し分かったかも」
強力な力を持ち、陰陽師の大きな敵となりえる千年天狗。
だが、祓われずにこうして封印されていたのは……本当はまだ、千年天狗が子どもだったからではないのか。
そして、そんなことをする人物をソラは一人知っていた。
「……もしかして千年天狗を封印したの、晴明か?」





