43.準備
とりあえず、リカに術式を実感させてみて、魔法もこんな感じじゃないかなーと教えた。たぶん感覚的には合ってるはず。
その結果、たくさん手に入れたアユを塩焼きに、その光景を配信していた。
カツさんが準備をする中、俺とアオは、一緒に手を取って踊り回る。
「「あーゆ! あーゆ! あーゆ!」」
”草”
”草”
”草”
”wwwwwwwww”
”wwwwww”
”こいつらほんま可愛いなwwwwww”
カツさんの腕は配信で魔物料理をしてきたお陰もあってか、もはやプロ級となっており、サクヤでさえも絶賛することがあった。
アユの塩焼きといっても、俺やアオであればその辺の木の棒にぶっ刺して焼くのだが、カツさんは違う。
きちんと体内に残った排泄物や内臓を取り出し、食べやすい形にしてから焼いている。
まるでプロだ。
「ちょっと待っててね。もう少しで良い焼き加減になるから」
焼き上がるのを待っている間、俺はサクヤに呼ばれる。
「ソラ、少し来てくれ」
「うぃ」
アユ踊りをやめ、そちらへ向かう。
残ったアオが、一人ぼっちで「あーゆ、あーゆ」と踊っていた。
配信外へ出て、サクヤからスマホの画面を見せられる。
「ソラ、田舎のダンジョン配信者の人なんだが……今日配信された動画だ」
とある映像を見せてくれる。
最初はなんの変哲もないダンジョン配信だ。
*
『うーす、田舎系ダンジョン配信者です~。今日もダンジョン内で雑談したり、酒飲みながら攻略してきます~』
配信のタイトルに【ド田舎ダンジョン・洞穴ファーム】と書いてある。
スマホを片手に、配信しているようだ。
配信もこれといって人気な訳ではないが、そのダンジョンにはいつも通っているようで、雑談しながら攻略している。固定ファンもいて、コアな層が応援している配信者であった。
だが、突然強風が吹いてから雰囲気が一変する。
『あん? ダンジョン内でこんな強風が吹くか?』
その疑問に答えるかのように、笑い声が動画から響く。
『カッカッカ! 良きかな良きかな! 現代とは、まこと我が天よの! 他の妖怪がほぼおらぬのは寂しいがな!』
流れているコメントからは、怖がるものが多い。
”えっ……こんな声、いつもしてたか?”
”なんか怖い声してる……”
”誰かいる……?”
”魔物が喋ってたりして”
”魔物が喋る訳ねえだろ”
”お前、大人気配信者のソラの式神知らねえのかよ”
”他の冒険者とかじゃないか?”
田舎配信者の声音からも、怖がっているのが伝わる。
『他の冒険者な訳ねえんだよ……!! ここは山奥で、一番近い家からでも徒歩で七時間、車でも一時間近くは掛かるド田舎ダンジョンだぞ……!』
”流石ド田舎ダンジョン”
”そんなところ、徒歩でわざわざ行かねえわな”
”どういうこと……?”
『俺よりも前に、車は一台もなかった……! 今日は雨が降ってたし、徒歩だったら道中に足跡があるはずだ! それもなかったんだよ!』
つまり、喋る魔物の可能性。
”ヤバいってことか……?”
”喋る魔物は死ぬほど強いだろ”
”え……”
”逃げた方が良いんじゃね?”
『お、おう……ちっと逃げるわ!」
配信者が背を向けて走り出す。
しかし、いくら走っても同じような笑い声が聞こえてくる。
『カッカッカ! カッカッカ!』
”こえええええ!”
”なんだよこれ!?”
”いくら離れても聞こえてくる!”
”あれ、なんか背景変わってなくね……?”
”どうなってんだ!?”
”もしかして合成?”
”いやいや、あり得ないでしょ”
”この人の配信でそれはない”
その配信された動画を見ていたサクヤは、顔を上げてソラに言おうとする。
「ソ────」
しかし、ソラの名前を言いきる前に気付いた。
ソラが珍しく真剣な眼差しで動画を見ていたのだ。
そして、呟く。
「妖怪のルールか」
配信の動画は続く。
『カッカッカ!』
『はぁ……はぁ……はぁ……!』
いくら走っても背景は変わらない。
次第に配信者が疲れ果て、膝に手を置く。
『カッカッカ!』
笑い声はまだ聞こえる。
それが気になったようで、配信者が振り向いた。
そして、動画が荒れる。
笑い声と共に、五枚の羽団扇がチラッと映り込んで配信が終わった。
*
動画を見終わった二人。
「ソ、ソラ……?」
「これ、今日だよね」
「あ、あぁ……配信者によれば、気付いたら病院に運ばれていたそうだ。それが今、ネットで大きく話題に上がっていてな。合成か、新しい魔物の出現か、とな。お陰で田舎だったあのダンジョンは盛り上がりそうな気配があるんだ」
「助かったのか、良かった。たぶん、お酒のお陰かもね。天狗はお酒が好きだから」
「え……? 天狗?」
ソラが考える。
(あの羽団扇は見たことがある……阿修羅天狗の物だ。だけど、なんでそれが現代に……?)
サクヤのスマホが鳴る。
「……? ん!?」
「どうしたの」
「御影アカリからだ。蔵が、何者かによって荒らされたと……」
「ふーん……」
ソラの視線が僅かに鋭くなる。
(大体理解した。晴明もちゃんと書いて教えてくれればよかったのに)
ソラはこう理解した。
・おそらく、晴明はとある天狗を封印した。だが、経年劣化で封印が解けていた。
・阿修羅天狗の羽団扇は、呪力を吸収する。蔵に保存されていたが、ソラとアオの呪力によって目覚めた羽団扇が、持ち主を求めて天狗を呼んだのではないか。
その結果、全盛期の力を取り戻した天狗がダンジョンに現れたのではないか。
「相当強いね、あの天狗」
(原因は俺だ。蔵を下手に開けちゃいけない。というのはそういう意味だったのかな)
「あむあむ……チュー……」
ソラ汁と一緒に、焼き上がったアユを食べるアオたちがいる配信へ戻る。
”ソラが戻ってきた”
”ソラ~!”
”何を話し込んでたんだ?”
「実は、次に行くダンジョンの話をしてて……」
”マジ!?”
”待ってた!”
”うし!”
”やったあああああああああ!”
”すげえ楽しみだったわ!”
”全裸待機してました”
「もう決まりました」
ソラは思う。
(まだあの天狗は、解き放たれて人を殺してはいない。早いうちに手を打たなくちゃね)
「次に行くダンジョンは、【ド田舎ダンジョン・洞穴ファーム】です」
”ファ⁉”
”あの今日やってた、よく分かんない魔物が出たダンジョンじゃん!”
”え……怖くないの……?”
”俺、あの配信すげえ怖かった”
”正直トラウマなんだが……”
”マジで行くのかよ……”
”止めた方が良いって……!”
”未確認魔物は流石にヤバい”
(第九術式の修理はほぼ終わっている)
ソラが静かに告げる。
「とある妖怪を────退治しに行きます」
ダンジョン配信事務所【陰陽】の出動である。





