42.魚
サクヤが所持するトラック内部の作業場で、俺は第九術式の修理を試みていた。
実はサクヤから、第九術式を直せる素材、つまりはエメラルドを用意してもらったのだ。
さっさと直して、配信で使えるネタを増やさなくちゃ……と思っていたところに、大神リカはやってきた。
「え、俺?」
「はい。魔法を教えてもらうなら、やっぱりソラさんしかいないかなって」
自分と同年代で、配信者では大先輩である大神リカに頼られるのは嬉しいが、魔法を教えてと言われたのは驚いた。
「あの、俺、魔法使えないんですけど……」
「へ……?」
えっ、リカさん、なんでそんな顔するんですか。
「いやでも、私を助けてくれた時とか、配信でも、あんなに凄い魔法を使ってたじゃないですか!」
「あれは魔法じゃないよ」
「えぇぇっ!?」
そんな反応しなくても……。
「だってあれ、術式だもん」
「……待ってください。ちょっと理解が追い付かない」
どうやら、リカは俺が使ってきた術式を魔法だと思っていたらしい。
単純に、俺が『魔法=術式』だと言っているだけだと思っていたのだとか。
ほら、配信者の間でもキャラ設定って奴があるしさ。
俺は陰陽師だから、設定で『術式』って呼んでいただけかもしれないって思うのも当然だよね。
「あっ、東京ビアドームでグラビトと使ったのは魔法だよ」
「じゃあ……あれ、あれ? 魔法は使えないんですか」
「使えなくはないよ」
「え、あ、うん? え? どっちですか!?」
混乱させてしまうようであれだが、ヴァルやグラビトを仲介人として入れれば、魔法を使うことができる。
もちろん普通の陰陽師からしたら簡単なことではないし、式神と信頼関係がなければ成立しない。
いつも、否定的な程度を取っているグラビトもああみえて、実は俺を信頼しているのだ。そう思うと、より可愛く見える。
「じゃあ、魔法は教えられないですよね……」
リカがちょっと残念そうな顔をする。
リカは俺を頼るためにわざわざ来てくれた。
しかも、ダンジョン配信者としての経歴も上のリカがだ。
ここで人肌脱げなきゃ、男じゃない。
「大丈夫! 教えてあげるよ!」
リカがパッと顔を明るくする。
「本当ですか!?」
「うん! 大船に乗ったつもりで良いよ!」
これでも、日本の歴史に名を残した陰陽師を育てたんだ!
人を育てる才能に関しては、日本一だと自負している。
盛り上がる俺たちを、ドローンの整備をしていたサクヤが半眼で眺めていた。
それから俺たちは河川敷へ移動して、俺は魔法を教えることにした。
しかし、しばらくするとリカが半眼でこちらを見てくるのだ。
まるで先ほどのサクヤの目と一緒だ。
「ぬーん……」
リカさん、やめてください。やめてください……どうしてそんな顔をするんですか。
酷いです。
「こ、こう! こうなんだ! キュッと全身の力を込めて、ばーんって!」
「……それ、もう三十回やりました」
「あれぇ?」
俺はグラビトと一緒の時、これで魔法出せたけどなぁ。
いつしか、小学生たちが集まってきて「あー! ヒーローものの技出してるお兄ちゃんがいるー!」と指を向けられる始末。
「はぁ……じゃあ、ソラさん。術式はどうだすんですか」
「えーっと……全身に血を巡らせるイメージで、ばーんと……」
「ソラさん?」
「で、でも! 俺って人を育てることにおいては自信があるんだ!」
俺が育てた子は、歴史に名を残すほどの逸材だったからね!
……『晴明は勝手に育ったんだろ!』って言われたら反論できない?
いやいや、晴明は俺が育てた。育てたんです!
リカ、『本当ですか?』って顔してこっちを見ないで。
ぼっちだった頃の思い出が蘇るんですけど!
どこからか特に言われたこともない思い出が溢れ出す。
『やーいやーい! お前ん頭、言語能力平安時代~!』
『脳みそソラマメサイズ~!』
シュンッ、と落ち込んでいるとリカが励ましてくれる。
「ちょ、ちょっと言い過ぎましたね! 教えてくれて凄く嬉しかったですよ!」
「リカ……」
うーん、人に呪力や魔法を教えるのは得意だと思っていた。
確かに晴明はとびきり優秀だったからなぁ……あの説明でほぼ理解してたし。
術式や魔法は、可視化できれば教えるのが非常に楽だったりする。
晴明は特に、呪力を見る目があったお陰もあって、俺の体内から放出される呪力を見て理解したのかもしれない。
仕方ない、違う方法で教えるか。
「おいでおいで」
くいくい、と手を振る。
「はい?」
俺はそっと手を重ね、障害物のない川へ向ける。
一瞬だけ、リカの体が跳ねた。
「まず、視線の先に集中して。細かい所は気にしなくていい、俺が調整する」
「は、はい……!」
術式と魔法は、色んな冒険者やダンジョン配信者を見てきた大神リカですら分からないほど、見分けはつかない。
心臓の鼓動が早いな。
緊張……? いや、怖いのか。初めて術式を使うんだ。そりゃ怖いか。
安心させるために、少しだけ強く握る。
「大丈夫。俺の呪力を少し貸してあげる。魔法とは違うけど、感覚は変わらないと思うから。それで感覚を掴んで」
「わ、分かりました……!」
うーん、派手な術式の方が良いかな。
リカの手を借りて、一緒に印を組む。
そうして、術式を唱えた。
「第六術式展開……神雷」
一本の雷が発射され、河川敷に流れている川を切り裂く。
バシャァァァン────!!
天高く飛んだ水しぶきが、大きな音を立てた。
「うん、良い感じ! 出来たね!」
「う……」
リカの反応を見る。
「うわぁぁぁっ!? なんか雷が出た!?」
お、驚き過ぎでは……。
「す、凄いですよソラさん! どうして平然としてるんですか!? 私、こんな凄いの出したことないですよ!」
「そ、そうなんだ……」
「こんな凄い魔法で今まで戦ってたんですか!?」
「ま、まぁ……」
落ち着いて。落ち着いて……。
どうどう、とリカを宥める。
「凄い! 凄いですよ! ありがとうございます! ソラさん!」
「これくらいなら、お安い御用だよ」
ペチッ、と頭に何が落ちてきた。
「ん? あっ、魚だ」
先ほど、神雷で川を切り裂いた影響か、魚がペチペチと落ちてきている。
「わ~! 魚だ! 今日のご飯!」
あれ、なんかアオも似たようなことしてたような……まぁ、いっか!
魚を見ると、香魚と言われるアユでさらに嬉しくなる。
アユの塩焼きってむちゃくちゃ美味いんだよなぁ……! 焼いてる時の、あの匂いもたまらんし!
サクヤも喜ぶかな。今日はカツさんが配信で来てるし、作ってもらおう!
ちょっと離れた場所で、リカが呟く。
「ソラさん、あんなに恰好良かったのに……急に可愛くなった……やっぱり凄い」





