40.【side平安時代・妖怪会議】
平安時代。
古びた寺で禍々しい呪力が空に漂っていた。
太陽は沈み、妖怪や悪鬼が活発的に動き出す時間。
蝋燭の明かりだけが、寺内を照らしていた。
数十体の妖怪は酷く震えた様子で、目を合わせないように下を向いている。
翼の生えた鼻の長い男が、低い声音で告げる。
「安倍晴明は、もう倒せんぞ」
酒を手に取ると、一口で飲み干した。
豪快に酒を飲み干した妖怪の名は、阿修羅天狗。
最初に、この世に生まれ落ちた安倍晴明を警戒し、真っ先に殺すべきと提唱した妖怪であった。
ここに集まっている妖怪たちは、ただの妖怪ではない。
天狗、狐、鬼。日本三大妖怪と呼ばれ、その名を引き継いできた大妖怪たちである。
狐が扇を開いて、口元を隠す。
「随分と弱気なこと」
「ハハハ! 弱気も何も、事実を言っているだけじゃ! 天狐、お前は晴明をどうするつもりじゃ」
「さぁ……私は別に、戦うつもりはありませんもの」
「……安倍晴明を、殺さねば我々は、滅ぶかもしれぬのだぞ」
阿修羅天狗は、ずっとこうなることを恐れていた。
「だからと言って、あの頭のおかしい陰陽師が傍に居ては何も出来ないでしょう」
阿修羅天狗が黙る。
事実、安倍晴明へたどり着くためには大きな壁がある。
頭のおかしい陰陽師を倒さなければならない。もしも晴明が育ちきってしまえば、本当に文字通り手に負えなくなる。
阿修羅天狗の酔いが吹っ飛ぶほど、思い出すたびに嫌な事実があった。
「そうじゃ! そうじゃそうじゃ! なぜあんな頭のおかしい陰陽師がおる! なぜ晴明はよりによって、あの陰陽師の元へ行ったのじゃ!」
「天命、かもしれませんわね」
神が晴明を守るために、そうなる運命に仕組んだ、と天狐は言っていた。
「はぁぁぁ? 常識も知らぬ陰陽師がか!? あやつ、陰陽師の中だとぼっちではないか! 前に戦った陰陽師から、ソラとやらの情報を引き出そうとしたら、『名前を言ってはいけない』とか、『関わったら頭が狂う』などと言われておったぞ!」
常識知らずの陰陽師。
それは妖怪の中でも通説であった。
しかし、ソラの情報を知っている者はほとんどいない。
なぜならば、ソラと対峙した妖怪は────すべて居なくなっているからだ。
その癖、出てくる情報は気狂いばかりであった。
「……このままでは、我々は滅ぶぞ。女狐よ」
「そう言われましても。陰陽師に興味はございませんし」
「自己中な女狐め」
「女は身勝手な方が可愛いものです」
阿修羅天狗はため息を漏らす。
ああいえばこういう、そんな様子の天狐に腹を立てても無駄である。
「……だが、儂の息子ならば、頭のおかしい陰陽師に届くかもしれぬな」
「千年天狗……ですか」
瞼を鋭くさせ、阿修羅天狗が微笑む。
「儂の息子は、この世で最強の天狗であるからな。ちっと頭がアレだが」
「五つ持ち、ですか」
「そうじゃそうじゃ! カハハハ!」
自慢げに、阿修羅天狗は五枚羽の羽団扇を仰いだ。
のちに、阿修羅天狗の自慢の息子は、成長した晴明によって封印されることになった。
千年天狗の名は、妖怪たちからも忘れ去られることとなる。
*
千年天狗が封印されたのは、千年も前のことである。
いくら天まで名を轟かせた安倍晴明といえども、千年もの封印は永久に続かない。
腐敗し、綻びが起き、それは千年天狗の付け入る隙となる。
地元の間では、いまだに天狗がいるとされるとある山々。その一角に、千年天狗はいた。
「父上の羽団扇が起きた! 父上の羽団扇が起きた!! カッカッカ!」





