38.開けました
座敷童が言うには、安倍晴明から守れと言われた道具や、蔵にはとある大妖怪が使っていた物があるのだとか。
悪しき心を持つ者が蔵へ侵入し、もしもそれが盗まれでもしたら、世の中にどんな悪影響をもたらすか分からない。
そうならないように、座敷童は数百年もの間守り続けてきた。
「待たれよ。陰陽師は最盛期であった頃と比べ、大きく力を失っておるじゃろう。悪いことは言わぬ、蔵を開けるでない。御影一族でない者が中に入って、その身体にどんな影響がでるか……」
心配してくれる座敷童の頭を軽く撫でる。
「大丈夫。たぶんだけど、封印が解けかかってるものもあるだろうしね。再封印しなくちゃ」
俺は手首を押さえながら、僅かに微笑んだ。
きっと、晴明が残した物は日記だけじゃない。
平安時代で、俺は多くの課題を残したまま亡くなった。
晴明はたくさんの苦労をしたはずだ。
サクヤが手を振って叫ぶ。
「ソラ~! もういけるぞ~!」
「うん! 始めて良いよ!」
晴明が蔵を守れ、と座敷童に命令したのには意味がある。この蔵に何を残したか見たい。
まぁ、配信しながらになるけど。
陰陽師には封印する仕事もあるんだよ、戦うだけじゃないんだよって、みんなに教えたいしね。
「蔵の処理は、俺がなんとかするよ」
座敷童が、パッと瞳を開く。
「だから、任せて欲しいな」
座敷童が呟いた。
「まるで、晴明と似たようなことを言うのじゃな……」
そりゃ、晴明のことを育てたの俺ですもん。
そう思い、懐かしい記憶を思い出して行く。
『靴下を脱ぎっ放しにしないで、とあれほど言ったじゃありませんか! 私がいつも片付けてるんですからね!!』
あれ。
『苦手な野菜もちゃんと食べてください! お肉ばかり食べているではありませんか!』
あれ?
『いつまで寝てるんですか! 仕事ですよ!』
あれれ?
……うん! 晴明は俺が育てた!
「よし!」
「何を思って、よしと言ったのじゃ……?」
もう良いじゃないですか。
過去のことは水に流してさ。晴明もきっと笑って許してくれるよ。
ほらほら、配信に集中しましょう!
俺は人気配信者なのですから。
”配信きた~!”
”ソラマメの配信だ!”
「こんにちは~。どうもソラです~」
本日行う企画を簡単に説明する。
サクヤの技術はやはり一級品で、アカリの身バレ防止のために徹底した対策を取ってくれた。
蔵と俺たち以外はすべてモザイクを掛け、外部の音も遮断している。
「今日はですね。御影アカリさんの家にある古い蔵を開けてみよう、って回なんです」
”将軍の!?”
”ここにきて一匹狼の将軍が、ソラに懐柔されたか”
”古い蔵なんか、何があるの?”
”将軍! 将軍! 将軍!”
”変なの湧いてて草”
将軍のファンも来てくれたようで、視聴者数はどんどん上昇していく。
当の本人であるアカリが慣れた様子で、鍵を見せる。
「まぁただの蔵よ。レアものが眠ってたらいいわね、くらいね。視聴者のみんなが期待しているようなものが出てくると良いけど」
”小判”
”日本刀とか”
”鎧とかかもしれないぞ”
俺は正直、その様子に驚いていた。
前々から、配信とかに抵抗感はないとは思って居たけど……随分と慣れてる様子だ。
目を丸くして見ていると俺の心中を察することができたのか、アカリが答える。
「ん? あぁ、私は冒険者インタビューだったり、雑誌とかでたまに取材を受けてるから。何かに撮られるってのは慣れてるのよ」
「ほえ~! 高校生なのに凄いね!」
「あんたも高校生でしょうが……」
そうでした。
”高校生にしちゃ、凄いよな”
”こいつら、高校生の枠に入り切ってないからな”
”どっちも億稼いでてもおかしくなさそう”
”ソラの雰囲気って有名人って感じしないよな~、そういうとこ凄い”
これまでやってきたことを思い返すと、たまに高校生であることを忘れてしまう。
そろそろ夏休みかななどと呑気に思っていると、アカリが蔵の鍵を開けようとする。
不安そうに見ていた座敷童が、一層眉を顰めた。
「おい、本当に開けてしまうのか」
「座敷童ちゃん、で良いのよね。うちを守ってくれてたのは嬉しいけど、怖がりすぎよ。ただの蔵じゃない」
「じゃがなぁ、アカリよ。晴明からも、『下手に開けてはいけない』と釘を刺されておったのじゃよ」
座敷童の役割は、あくまで蔵を守ること。別に開けたり、掃除したりは対象外のはずだ。
彼女のルール上には引っ掛からないはず……。
呪物が封印されているのは間違いない。他に何か封印している……?
でも、千年近くも前に封印を施された蔵ならば、どこかの封印が解けかかっていてもおかしくはない。
見過ごすことはできないな。
”その子誰?”
”おかっぱ少女”
”唐突に出てきた可愛い子”
”のじゃロリか!?”
「うおっ、なんじゃ!? コメントがドッと……」
「えーっと、この子は座敷童です。御影一族の家で暮らしてて……」
すると、雪崩のようにコメントが走る。
”座敷童!?”
”ってことは妖怪か!?”
”まじか!!”
”妖怪って実在したの!?”
”キョンシーじゃないか?”
アオと同じこと言ってる人いる!
即行で心の中でツッコんでしまう。
”キョンシーはないだろ”
”いやいや、キョンシーはない”
”どこからどう見ても座敷童”
アオが呟く。
「キョンシー……」
それをドローンのマイクが拾い、さらにコメントが論争を始める。
”これは座敷童”
”これはキョンシー”
アオが「おぉ~! これが人の争い……」などとコメントに集中している間に、こちらはこちらで進めてしまう。
座敷童が、俺の袖を引っ張る。
「おい、ソラとやら。お主が本当に陰陽師といえども、第何術式まで使えるのじゃ」
「え?」
「知っておるぞ、本物の陰陽師は術式を何個も使える。晴明は少なくとも……」
「第十四術式まで使えた、でしょ?」
「……ッ!!」
だから、歴史に名を残せた。
「ちゃんと覚えてるよ。晴明は天才だったからね……」
第十四術式? それだったら、ソラも使えるんじゃないか? と言われるかもしれない。
でも、それは少々異なるのだ。
晴明は、十四もの術式を道具なしで扱うことができた。
「俺なんて、晴明に比べたら凡人も良い所だよ」
スッキリとした面持ちで告げる。
だって俺は、素の能力で第七術式までしか使えない。
俺は第七まで。
晴明は十四まで。
この差は、その人間が生まれ持った才能や器によって変わってしまう。
大抵の人は第五術式まで、器がある人は第七術式まで。
そして、才能がある人間ですら第九術式までが限度だ。
それをはるかに超える晴明は、どれほど凄いか。
道具がなければ戦えない、なんて恥ずかしいでしょ。
もしも戦闘中に破壊されてしまったら、もしも道具が動作しなかったら。
道具には、そんな危険が孕んでいる。
道具が無くなったら戦えない、なんて陰陽師もいたしね。
「……凡人にしては、呪力量がかなり馬鹿げていると思うが……」
「アハハ。俺、別に呪力を見る目とか持ってないから、自分の呪力量とか知らないんだよね~」
感覚で把握しているだけ。
晴明はもっとあるんじゃないか? 俺、一応凡人枠だったし。
『お前のような凡人がいるか!』って同僚に言われた記憶もあったような、なかったような……うーん。
まぁ、いっか!
「本当に、何者じゃ……?」
アカリの声がこちらに届く。
「開いたわよ~」
蔵が開き、埃っぽい匂いが鼻につく。
”ワクワク!”
”こういうのすげー面白いわ!”
”楽しみすぎる”
”もう座敷童でもキョンシーでもどっちでもええわ!”
”蔵だ~!”
”何が入ってるんだ?”
”凄い物が入ってそう”
俺は鼻歌交じりに、一歩を踏み出した。





