22.コラボ
「あっ」
「あっ……インゲン豆さん」
そこには、大神リカが居た。
”大神リカ!?”
”ふぁっ!?”
”すげえ可愛い……!”
”配信外で見るの初めてだわ!!”
「リカちゃん! なんでここに居るの?」
「え、なんでって、ここPooverの事務所ですけど……」
インゲン女が顔を上げると、Pooverのビル、看板があった。
「あっ、ここだったんだ~」
「インゲン豆さん、本当に大丈夫ですか……どこ向かって歩いてたんですか?」
「うーんと、うーんとね? うーんと……」
「また忘れたんですね」
「うん!」
「うんじゃないんですけど……」
ため息を漏らしながら、大神リカがインゲン女の手を掴む。
「駅までなら送りますから、行きましょうか」
「ありがとうね、リカちゃん。ついでにソラマメくんの連絡先教えて?」
「嫌ですし、ソラさんの連絡先は知りません。それ目的だったんですか?」
「あら……違うよ?」と声を漏らす。
インゲン女は、首を傾げる。
(なんか、リカちゃんの雰囲気……変わった?)
「何かあった? リカちゃん」
「いいえ、特には」
「相談しても良いんだよ?」
”人選ミス”
”誰から見ても人選ミスと分かる”
”相手として不安しかない……”
”どっちもすっげえ可愛いんだけどなぁ……”
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」
インゲン女の目が、少し開く。
(うーん……リカちゃん、変わった)
「もしかして、インゲン嫌い?」
「インゲン豆さんのことは好きです。ちょっと変なところもありますけどね……」
リカは、努力で成り上がってきた人間である。
貧乏な家庭で育ち、両親を裕福にするために努力を欠かさない。
産んでくれた両親が幸せになって欲しい……みんなを幸せにしたい。
みんなで助け合って、仲良くやろう。
協力して再生数を伸ばそう。
それが大神リカの考えである。
「リカちゃん、前より明るくなった」
「そうですか? ソラさんのお陰かもしれませんね」
「ソラマメくん?」
「はい。私、間違ってないんだって思えたので……もっと頑張らなくちゃ! って思うようになったんです」
リカが言っているのは、この前のソラが配信していた合同配信のことだった。
みんなで手を取り合って、助け合い、仲良く配信をする。
それを見たみんなが楽しんでいた。
面白いと、もっと見たいと。
リカが目指している理想像が、ソラであった。
「そっか……インゲン、応援してるね」
(リカちゃんを変えたソラマメくん……会ってみたいなぁ~)
インゲン女が困った顔をする。
(私、ソラマメくんとやりたいことがあるのに────)
リカはインゲン女の手を引いて、駅へ向かう。
「あれ、ソラさん……?」
*
ソラが足をブラブラと動かして、ソラマメ汁を飲んでいた。
これはソラマメ豆腐を作ったお店が、新しく作った料理である。
それをお持ち帰りし、渋谷の駅近場でサクヤと飲んでいた。
大変美味しくない飲み物だが、ソラは美味しそうに飲んでいる。
「……私も、飲むのか」
「美味しいよ?」
「……こういうのは飲んだことがないんだ。初めてだな」
「牛丼屋さんとかも行ったことないんだっけ?」
「ないな。うちで食べるのなら、一流シェフが来て最高級牛肉で作るだろうし……」
「へぇ~、美味しいから今度行こうよ」
サクヤは庶民の生活を知らない。
回転寿司やチェーン店なども、ソラと一緒に初めて行って、驚いていた。
ソラは特に気にしていなかったが、そこでようやく気付く。
「あっ……もしかしてサクヤの口に合わなかったりするのかな」
「別にこだわりはない。味もかなり美味しい。だが……家族連れが多くて驚いているんだ」
「安いからね~、みんな来るんだよね」
事務所『陰陽』を三人で作ったあの日。
一本の電話がかかってきた。
それは父親からのものだった。
相変わらず上から目線。
そして喧嘩……学校を辞めさせるとまで言われていた。
それでも、サクヤの意志は変わらない。
ソラの傍に居たい。支えたいのだ。
(そういえば、私はほとんどソラと出かけている気がするが……もしかしてそれってデー……)
ふと顔をあげると、視線が集まっていることに二人が気付く。
*
「あれ、上野ソラじゃね……?」
「マジ!?」
「本物の平安狂だ……!」
なんかめっちゃ見られてる。
最近分かったのだけど、俺は少し有名人になっているようだ。
かなり嬉しいかも……これもサクヤのお陰だ。
「ヤバッ……超かわいい……!」
「カッコいいって感じじゃない?」
「パパ~! あの人、アホの子~?」
「頭平安狂って言われてる奴だろ」
脳に入って来る情報量が多いな……。
呪力で軽く情報をシャットアウトすると、小さな子どもに気付いた。
その小さな子は傍で俺を見上げ、指を咥えている。
「うん? なに?」
「ん~……?」
「うーん……秘密」
「ん~?」
「うん、そうだよ」
「ん~!!」
「そっか! 凄いね!」
隣でそれを見ていたサクヤが唖然としている。
「なぜ会話が成立しているんだ、ソラ……」
「この子、視えてるっぽいから」
「え……?」
まさか、こんな街中で会えるとは思っていなかった。
この眼を持っている人間を数人知っているが、その中でも完璧に扱えていた者は晴明しか知らない。
「でもね、それは視えない方が良いよ」
晴明の場合は、陰陽師としての才能があった。
あれは俺が認める天才だ。
普通の人間がこの眼を持つと、嫌なことにしか出会わない。
「だから、お兄ちゃんがお守りをあげるね」
チョンッと、おでこを突き、守護を与え力を封印する。
「あれ、見えない……黒いもじゃもじゃ」
「うん、もう見えない」
微笑んで頭を撫でる。
すると、大きな声が聞こえた。
「東明!」
「ママ~!」
どうやら迷子になっていたようで、必死に探していたのだそうだ。
「この子……いつもフラッとどこかへ消えちゃうんです。それで危ない事にも遭って……いつも黒いもじゃもじゃが~って」
「それは呪力に引っ張られてたんです。もう見えないと思うので、今後は安心してください」
呪力が強い場所には、強力な物も集まりやすい。
魔力とは違い、呪力は厄介な特性も持っている。
おそらくこの子は、俺の呪力に気付いて近寄ってきたんだろう。
「ありがとう~! お兄ちゃん!」
「どういたしまして。元気でね」
手を振って見送る。
サクヤが問いかけてくる。
「ソラ、呪力に引っ張られるって……どういう意味なんだ?」
「えーっとね。知ってはならない、見てはならない、聞いてはならない……こういうのって昔からあると思うんだ。そういう場所には強い呪力の磁場が存在する。妖怪や鬼が居たりしてね。視える人は無意識に近寄っちゃう」
「なるほど……面白いな」
それ以外にも視えることでかなり凄い使い方もあるのだが……俺は持ってないから詳しくない。
「まぁ、そんなことよりも……カツさんの伸びってどんな感じ?」
「カツさんは絶好調だな。ソラほどの勢いはないにしても、やはり中年層から厚い支持を受けている。希望を与えてもらってる、とかやりたいことに年齢は関係ない……といった感じだろうな」
カツさんは人徳の高さもあるのだろう。
これまでテレビしか見てこなかった層が、ネットに来ているとも聞いている。
「順調そうでよかった~」
「歌姫ミホのお陰もあるだろう」
ミホさんはすでに日本を発ち、海外で活動を始めていた。
そのミホが最後にでた配信……それが『陰陽』の合同配信である。
とんでもない数字を叩き出し、勢いもさらに増している。
「恩返し……って言ってたよね。まぁお金や物を貰うのも気が引けたから、あのくらいが嬉しく受け取れたかも」
「そうだな……それを分かっての行動かもな」
安西ミホと何度か話したが、あの人は人の心を読み取るのが上手な人だ。
きっと、歌も共感しやすい歌詞や声なんだろう。だから素敵で人気なんだ。
「あれ、ソラさん……?」
声がした方に振り向くと、そこには大神リカと……インゲン豆を持った女性が居た。
やや緑色の髪に、大神リカと横並びのせいで胸の違いが明確に分かる。
「リカちゃん、ソラマメくん居たよ? 会いたいって言ったから、案内してくれたの?」
「いえ、別にそういうつもりでは……凄い偶然ですね」
リカさんは知ってるけど……隣の人は知らない。
「……なんでインゲン豆を持ってるんだろ?」
「……なんでソラマメ汁を飲んでるんだろ?」
お互いに顔を合わせ、同じタイミングで首を傾げる。
「うーん?」
「なんで?」
俺とインゲン豆さんに対し、サクヤとリカは静かに見つめ合っていた。
「あなたが、神崎サクヤさん……」
「大神リカか、初めて会うな」
「うーん……」や「どうして?」と会話し合っている横で、真剣な空気が流れていた。
「配信、たくさん見ました。『陰陽』の勢いは凄いと思います……まさか、あのタイミングで設立を宣言するなんて」
「だろうな。あのタイミングでなければ、印象を強く持ってもらえなかった」
「流石です」
「そうか。大神リカこそ、再生回数は落としているものの、登録者数は増やしているそうじゃないか。普通はどっちも下がるものだ」
「一人ひとりのファンに向き合うことにしたんです。前は再生数ばかり見て、下層に潜り……ソラさんに助けて頂きましたから」
そう。
ソラがバズったきっかけは彼女なのである。
「一つ、訊きたかったんです」
「なんだ?」
「サクヤさん、ご家族はお好きですか」
「……嫌いだな。特に父親」
「……そうですか」
真面目な空気、二人の間にしか存在しない緊張が走る。
そんな中、インゲン女の声が響く。
「はい! お味噌汁にしても、凄く美味しいんですよ! 私、千葉に住んでまして、千葉の特産品といえばインゲン豆……」
「インゲン豆……? インゲン豆……」
サクヤが頬を引き攣らせる。
「なんの話をしているんだアイツらは……」
「アハハ……インゲン豆さんは、昔からあんな感じですから……」
「呪われてるのか?」
リカが真剣に言う。
「おそらく……インゲン豆に」
俺は悩んでいた。
他の配信者から興味を持ってもらえるのは嬉しいのだが、少しズレている気がしたのだ。
「インゲン豆配信者って、凄いですね」
「はい! インゲン豆系配信者として、ソラマメさんとはぜひ話してみたかったんです! だって、ソラさんも豆系配信者でしょ?」
「いや、俺は陰陽師ですよ」
「……えっ、えぇぇぇっ!? 副業で陰陽師じゃないんですか!?」
それを見ていたサクヤが呟く。
「アホが増えたな」
「ですね……」
インゲン女が、驚いて何度もぱちくりと目を見開く。
「ソラマメソラマメってネットで言われてたから……豆大革命が起こったと思ってたのに……やりたいことも、あったのに……」
「やりたいこと?」
「ダンジョンで、豆を育ててみたかったんです。普通はそんなことできないんですけど、ソラマメさんとなら出来るかもって……配信見てて、不可能を可能にしてきた方だったので……」
そこでようやく、サクヤが口角を上げた。
「インゲンさん、そのダンジョンで作物を育てるって、どこから聞いたんだ?」
「えーっと、単純に私の思い付きなんですけど……ダンジョンって良い土で出来てる所があるんです。そこで野菜を育てたりしてみたことがあって……そしたら、凄く美味しくて! 上層でそれだけ美味しいのなら、下層だったらどれだけ美味しくなるんだろう、って!」
普通、ダンジョンで野菜を育てようなんて常人は思いつかない。
「それを配信はしてないのか?」
「いいえ、個人の趣味なので」
リカが頭を抱える。
「それ、インゲン豆配信じゃなくて、そっちをメインに配信したら絶対伸びるのに……」
「私、実力はないので……魔物と戦うのは得意じゃないんです。インゲン豆を育ててる方が楽しいですし」
俺は悩む。
インゲン豆さんは伸びたい、とか、人気になりたい! とかいう感じじゃない。
純粋にやってみたいと思ったのだろう。
「もしかして、困ってる?」
「下層なんて潜れませんからね。上層の、しかも浅い所で精いっぱいです」
「そっか~」
なら、良いか。
「じゃあ、俺が連れてくよ」
「え……?」
「下層で野菜、育ててみようよ!」
数秒の静寂の後、大神リカが叫んだ。
「え……えぇぇぇっ!? ソラさん!? そんな簡単に決めて良いんですか!? それって実質コラボですよ!?」
「そうなの? サクヤ」
「あぁ」
「まぁ、いっか」
さらにリカが叫ぶ。
「うぇぇぇぇぇっ!? なんでそんな軽いんですか!? 初コラボですよ!? もっと大物からも来てるはずじゃ……!」
大物って言われてもなぁ。
配信者で詳しいのは同い年くらいの人たちくらいだし。
「誰でも良いって訳じゃないんだ。だって、インゲン豆さんが野菜を育てる理由ってなに?」
「私ですか? 私は、みんなに笑顔になって欲しいからですね」
そうだと思った。
愛を持って何かを育てる人は、みんな優しい人だ。
より美味しく、より笑顔にさせたい。
そういう想いがなければ、長続きはしない。
「俺も豆は好きだし、どんな味になるか気になるんだ」
ニシッと笑う。
隣に居たサクヤが、仕方ないと言った面持ちをする。
「ソラがやると言ったからな。残りは私が用意しよう。発表するタイミングや、時期も────」
「あっ、配信切り忘れてました」
インゲン豆の言葉で、その場が一瞬固まる。
「「「……」」」
ポチッ。
「すみません……やらかしました。アハ、アハハ……」
それを見ていた大神リカが、目と口をポカンッと開けていた。
サクヤは静かに視線を逸らす。
「まぁ、たまにあるよね!」
俺も実際、ミスって配信を切り忘れたことあるし!
その日、ネット掲示板が大騒ぎしていたのは言うまでもない。
「どんまい!」
これが、実質ソラたちの初コラボであった。
【とても大事なお願い】
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