20.安倍晴明/深層
平安時代、安倍晴明。
私は陰陽師の神童であった。
事実、幼い頃から鬼神が視え、特別な力を持っていた。
これは陰陽師が本来は持ちえない力……この眼があったからだが、それについては今は良い。
その特別な才から、私は陰陽師養成所に入ることになった。
ド田舎から出てきて、私の才能を存分に発揮できる平安京へ来た。
ここから、私は成り上がって見せる。
権力を手に入れ、誰よりも一番上に立つ。田舎になど戻ってなるものか。
陰陽師はその踏み台だ。権力を手に入れるための。
「はい! これからよろしくお願い致します!」
私の思惑通り、陰陽師養成所に入った私は、神童と持て囃され、天才と言われてきた。
「神童が入ったから、我々も安心だな」
「そうだな、最近は京の空気も悪くなっていた。これで安心だ」
ふふっ、いつか私が権力を手にした暁には、コキ使ってあげますよ先輩。
野心を抱えていると、私の肩に先輩が手を置いた。
「だが、晴明。うちにいる、あの男にだけは近寄るなよ」
「あの男……?」
「名前を呼んではいけない……」
「え?」
先輩陰陽師たちが震え出す。
「あいつはヤバい」
「あぁ、思い出したくない……」
「頭が平安狂なのだ……」
「なぜ陰陽師をやっているのか不思議でしかない……」
「悪霊に取り憑かれているのかと思って、皆で何十回もお祓いをしたのに……あれが素っておかしいだろ……」
「え? えぇ……?」
先輩陰陽師のみなが口を酸っぱくして言うあの男とは、一体誰なのか。
どんな恐ろしい人間なのか、と思った。
血も凍るほどの冷たい……そんな男なのか。
……私が将来、配下におけるのかどうか、気になってしまった。
人々から恐れられている陰陽師だ。きっと強いに違いない。だが、私よりは弱いはずだ。
人間はいつも好奇心に溢れている。
気になったら、行動してしまう。
「あれが、先輩たちの言っていた頭のおかしい陰陽師……」
そうして、私が見たその男は……縁側でソラマメ豆腐を片手に、鼻歌交じりに食べている。時折、のほほんとした顔でソラを眺めている。
「ふんふふ~ん。あむっ」
あれは平安京でも不味いと評判の食べ物だ。
私も食べたが、あんなもの、人の食べ物ではない。
味の濃い食べ物がおいしいのに……。
なんだ、大して怖くないではないか。どこが恐ろしいのだ。
外見は平凡、呪力も私より少ない。やっぱり私より弱い。
何も怯えることのない、ただの陰陽師だ。
まったく……怖がって損した。
「ん? 誰かいるの?」
男がこちらに気付く。
気配を完全に消していたのに、気付かれて少し驚く。
「は、はい……! すみません、気になって覗いてました……」
「おぉ! その服は、陰陽師養成所の子だね~。ここは正規の陰陽師しか入れない場所だけど……まっ、いっか! いやぁ、君も将来が楽しみだねぇ」
男は凄く素敵な笑顔で、チョイチョイと手招きしてくる。
「おいでおいで~!」
私は自然と足が動いていた。
思い返せば、この時に逃げればよかったのだ。
私は未熟だった。
(ちょうどいい……! まずはこの人を私の支配下においてやる。皆から怖がられているこの人を支配下におけば……!)
試したくなったのだ。正規の陰陽師と養成所の陰陽師。
呪力量の差で思い知らせ、私の方が強いのだとはっきりさせる。
権力を手に入れる! そのために平安京へ来た!
近寄りながら、呪力を解放し威嚇に近い行為をする。
「ふふ……先輩、私の方が強────」
「『なんだ、クソガキ。喧嘩売ってんのか』」
男の後ろから、真っ赤な炎が見えた。
「────ッ!!」
進む足が止まる。
気が付けば、震えていた。
(あれは……あれは、ただの式神じゃない……!!)
「ん? 後ろになんかいる? あっ、スメラギ」
(なんでこの男は、こんな化け物が真後ろにいて、平然としている……! 正気か!?)
式神とは、本来妖怪や悪鬼……それに準ずる者たちを仲間にできる。
だが、この男が持っている式神は、どれにも当てはまらない。
普通の陰陽師が、絶対に持ち合わせない力だ。
(この式神は……この式神は……! 神だぞ!!)
「スメラギ。威嚇しちゃダメだよ」
「『このガキが威嚇してきてるんだろうが。殺気も出てるぞ』」
「それでもダメだよ。子どもなんだから」
優しい笑みを崩さない。
「『舐められるのは嫌いだ』」
「何度も言わせるな。やめろ」
「『ぐっ……!』」
空間が揺れる。
その男が一瞬だけ放出した呪力量は……圧倒的に私の呪力を超えていた。
そして神を黙らせた。
「アハハ、ごめんね」
へにゃっと笑う。
呪力を完璧に隠し、操作している。
この男は……すべてにおいて神懸かっている……! 凄い……!
……これが、本物の陰陽師!!
いつの間にか、私は彼に教えを乞うていた。
スメラギを式神にしたのは、御影一族の呪いを解除している時にできた副産物であるとのこと。
「俺、人に何か教えるの苦手なんだよな~」
私はなぜ、彼に弟子入りしているのか全く分からなかった。
だって私は……平安京へは成り上がりに来たのだ。
陰陽師を本気で目指した訳ではない。
私の目標は、権力の座について……人をコキ使うことだ。決して自分が使われる側になるために来た訳ではない。
それがいつしか……見惚れていた。
彼の力に惚れていたのだ。
私の夢を変えてしまうほどに、それは強烈だった。
────本物の陰陽師になりたい。
彼のようになりたい。
どうすれば、彼のような強い陰陽師になれるのだろうか。
その一心で問いかける。
「君は晴明……ね。じゃあ、約束して」
「約束……ですか?」
「陰陽師は人を救う者だ。決して権力や悪事に手を染めるものではない」
まるで、私のことを見透かしているような気がした。
その瞳は空のようであった。
「何があっても、人を救え。誰よりも、俺よりも救え」
「救う……誰よりも……はい!」
私は誓ったのだ。
本物の陰陽師になるために、誰よりも人を救う。
安倍晴明という名を、どこまでも届かせられるような人間になりたい。
そうすれば、彼に届くはずだ。
頭がおかしい? それは分かる。でも、それ以上に……私は彼の力に惚れていた。
「あ、あの先輩……」
「うん? なに?」
「名前……教えてください」
「あっ、名前か」
私は問いかけ、彼が答える。
彼の名前は────。
「俺はね」
*
「『ソラ!』」
「大丈夫、サクヤ」
キィィンッ……! と刀と槍が弾き合う。
”すげえwww”
”深層冒険者同士の戦いとかやべえwww”
”面白いなこれ……”
”てかアリなの?”
”本気で殺し合ってる感じじゃないと思う”
”それにしてはヤバすぎだろwww 深層の魔物が巻き添え喰らってどんどんやられてるwww”
”獲物の取り合いはたまにあるしな”
「私の! 獲物!」
「だから、半分こしようってば~」
「それじゃ! 私のお腹が膨れないの!」
ソラが悩む。
(どうするべきかなぁ、これ。一応、ピグデリシャスを先に見つけたのは俺だけど……だからって「ぐぅぅぅ~……!」とずっとお腹を鳴らしてるこの子が可哀想だし)
御影一族の短命の呪いはもうない。だが、呪障の力は残っている。
身体能力も、常人のソレをはるかに超えている。
「欲しいのなら奪う! それが私の信条!」
「随分と野蛮だね……っと」
ソラが距離を取る。
槍との戦いでは、刀は少々リーチの差で不利だ。
(接近戦は面倒だな……傷つけるのも嫌だし。見えないくらい薄くして……)
「第二術式展開……」
指先を銃のように構える。
「呪層壁」
「見えない壁……! クソッ!」
ソラは、将軍と呼ばれる赤髪の少女を閉じ込めようとしていた。
移動する先に薄い呪層壁を展開し、誘導する。
だが、その身体能力の高さから逃げられる。
(獣みたいな感性してる……見えないのによく逃げられるな。勘が鋭いのか?)
「はぁ……ね~、ちょっと落ち着きなよ。お腹が減っててイライラしてるのは分かるけどさ」
さらに呪層壁を増やす。
赤髪の将軍が考える。
(あ~もう、この壁うざったい! なんか私と似た力感じるし……! ほんと、何者なわけ!? さっさと終わらせないと、私の呪障が尽きる……! 殺したりは絶対にしないけど、ちょっと怪我しても文句言わないでよね!)
「もう、何日もご飯食べて……ないんだから!」
将軍が槍を投擲する。
(槍を投げた……? それじゃ当たらないし、素手で突っ込んで来るつもりか?)
ソラの横を槍が通り抜けた。
(やっぱり通り抜け────あれ?)
突如、強風が吹く。
ソラの視界から、将軍が消えた。
後ろから声がする。
「全力呪障……瞬発強化……!」
ソラが思う。
(残りすべての呪障を身体強化につぎ込んで、真後ろに飛んできたのか……! センスあるな! 防御も回避も間に合わない……かな)
将軍が投げた槍を手に取り、ソラの背中を貫こうとする。
(取った……! 背中からの奇襲! この距離は絶対に躱せない……! これで私のご飯が手に入る……!)
────パンッ、とソラが両手で手印を組む。
コメントは流れておらずとも、それを見ていた者は思う。
”第四術式か?”
”第二術式で全力防御とかするのかな……!”
”ソラが女の子傷つけるとは思えない”
”そういえば、俺たちってそんな術式知らないよな”
”何を出すんだ?”
第一術式、第二術式……第五術式までが、陰陽師としての基礎である。
陰陽師は、第五術式まですべて学んで……初めて一人前になれる。
呪力操作を学ぶ第一術式と第二術式。
その応用と魂の移動である第三、第四術式。
では、そのすべてをまとめる最後の術式────第五術式とは?
ブワッと唐突に濃密な呪力がソラを包む。
「第五術式展開……」
「────────ッ!!」
その刹那、将軍は眼を見開き、背中からゾクリッと嫌な悪寒が走る。
攻撃をやめ、咄嗟に大きく距離を取る。
将軍が息を呑んだ。気が付けば、頬から汗が流れ落ちている。
「ごくんっ……!」
将軍が思う。
(な、なに今の……なんなの、なんなのこいつ……ッ!! 今のは絶対にヤバい!)
(あれ、やっぱり勘が良いな……流石は御影一族だ)
「ソラ様~! お肉の取り分けできました~! きちんと半分こです~!」
「おぉ! ヴァルありがとう!」
「はぁ!? ちょ、半分こなんかしないけど!?」
慌てる将軍の隙を突き、ソラが術式を放つ。
「呪四重層壁」
「ッ!?」
四枚の壁を重ね、封印するように展開した。
壁に閉じ込められた将軍が、槍で攻撃している。
「破けない……! なんなのこの壁~!」
「よしヴァル! 肉は持ったか!」
「はい!」
”おっ、将軍いじめタイムか?”
”くっ殺せ!タイム?”
”草”
”将軍ってスタイルむっちゃいいからな、赤髪だし”
”赤髪好き”
ソラが叫ぶ。
「うおおおおおおおおおっ!」
両手で肉を掲げ、走り去っていく。
”逃げてて草”
”wwwwwww”
”なんで逃げてるんだwww”
”叫んで逃げ出すの最高にダサくて草”
”ソラらしいw”
”怪我させてないところ、ほんま好き”
「あの子の目が怖いの! 超目が怖い!」
「ソラ様! グラビトが遅いです!」
「ま、待って~! 置いてかないで~!」
狸のぬいぐるみは走りづらいのだ。
ソラが軽快な口調で走る。
「ほっ、ほっ、ほっ!」
ピグデリシャスの肉を持って、こうしてソラは逃げ果せたのであった。
ソラが討伐して、それを横から『私のもの!』と言われたにも拘わらず、きちんと少ない半分の肉を残し、持っていた保存食もわざと置いて……。
「深層って……こええ~……!」
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