18.仲間
配信機材を運ぶトラック内部。
SNSは、ダンジョン配信事務所『陰陽』の話題で持ちきりであった。
サクヤはスマホを眺めて満面の笑みで、頷く。
「作戦は大成功だ。カツさん、色々と手助けしてくれて助かる」
「いやぁ、こちらこそ申し訳ないよ。ニュースだと、俺が人々を助けたことになってて……心臓が飛び出るかと思ったよ。ハハハ……」
思わず首を傾げる。
俺はその言葉が不思議だと思った。
「カツさんはみんなを助けたじゃないですか」
「あれは誰から見ても、ソラくんのおかげだよ。こんなおじさんが、未来ある若者の手柄を奪っちゃいけないだろ」
「俺はカツさんが居たお陰で、みんなが救われたと思ってますよ」
事実、俺が来るまで一般人に怪我がなかったのは、カツさんのお陰だ。
その時間がなければ、どうなっていたかは予想できない。
カツが頬を掻きながら、頬を染めた。
「て、照れるな……」
「誇ってください。あれはカツさんのお陰です」
俺はただ、呪力による魔法をぶっ放したに過ぎない。
人々を巻き込まないように、そっと手を添えたようなものだ。
「……ソラくん、俺は君のそう言ったところにも、惚れたんだ」
サクヤの目が細くなる。
「惚れた……?」
「い、いや勘違いしないでくれよ!? そういう意味じゃなくてだね……眩しいと思ったんだ、君たちを」
カツが視線を落とす。
俺はカツさんが仲間になってくれて、凄く嬉しかった。
深層に行けるほどの実力もあれば人徳もあるし、人を守るためなら真っ先に盾になる。
とても優しい人だ。
俺が目指す陰陽師の姿にも近い。
「俺は若い頃から一人でね……青春ってものに憧れてたんだ。まさか、それでコンプレックスを抱くなんて思ってもいなかったけどね」
ハハハ、と苦笑いを浮かべる。
「妹の病気を治すのに大金が必要でさ。高校も中退して、そこからダンジョン冒険者になって……ずっと金ばかり稼いでたんだ」
カツにとって、学生時代の淡い青春などなかった。
難病にかかった妹を治すためにお金が必要。自分はそれを稼ぐための道具、だと言い切った。
だから、死ねない。
その一心で潜り続けていたら、いつのまにか深層にまで潜れるほどの実力者になっていた。
それが榊原カツであった。
「ほら、青春ってのがあったら……きっと、君たちみたいなのかなーって。だから、協力したかったんだ。見てるだけでも楽しそうだしね」
優しい、疲れたような笑みを向けられる。
サクヤが口を閉じた。
俺はカツさんが向けてきた笑顔を、知っている。
本当はやりたいことがあるのにそれを我慢して、『これで良いんだ』、と諦めた時にする表情だ。
「……やりましょう」
「え?」
「青春、やりましょう! カツさん!」
「えぇ!? どういうこと!?」
俺はカツさんの両手を掴んで、真っ直ぐな瞳を向ける。
やり残したことがあるのなら、やればいい。
「やりたいことに、歳なんて関係ないですよ!」
大人って、歳をとってしまうとチャレンジすることが怖くなる。
でもそれは、仕方のないことだ。
責任があるから。
もしもチャレンジして失敗をしたら、仕事を失ってしまうかもしれない。大事な家族を途方に暮れさせてしまうかもしれない。
大人は常に責任を背負っている。
大事な物が増えれば増えるほど、そうなってしまう。
カツさんは、大人になる前に妹さんを助けるために命と人生を懸けた。
そんなカッコいい人、いない。
「ソラくんは本当に……いいや、なんでもない。分かったよ、青春してみるよ」
「はい!」
「俺の目標は、青春をする……か。恥ずかしいな」
カツさんは照れているようで、笑みを浮かべている。でも、我慢しているような笑顔ではない。
とても楽しそうな表情だった。
「で、サクヤ。青春ってなにするの」
「わ、私に聞くのか!?」
「だって、サクヤは何でも知ってるでしょ」
「ぐっ……そ、そうだな。夜景が一望できる場所で、食事をしたり……とかか?」
「なるほどな~」
流石はサクヤだ。
俺の分からない常識を知っている。
深く頷いていると、カツさんの頬が引き攣る。
「あ、あのさ……それは違うと思うんだ。青春っていったら、ファミレスで喋ったり、ゲーセンで遊んだりとかじゃないかな」
サクヤが驚く。
「そ、そうなのか!? ファミレスもゲーセンも行ったことがないぞ……」
「俺も!」
素直に手をあげる。
名前は聞いたことがあるけど、入ったことがない。
学生ってそういうところによく行くんだ。
「おいおい……本当に大丈夫かよ、この二人……本当は凄い、んだよな……? おじさん心配になってきたぞ……」
え? なんでカツさん、そんな心配そうな顔をしてるんだろ。
青春って言われても、ぶっちゃけよく分からない。
だって学校だとぼっちだったし、サクヤも同じようにぼっちでいることが多かった。
あれ? もしかして、俺達まともな青春を知らない……?
いやいや、まさか。
安心してください、ちゃんと平安時代の青春は知ってます。
ケマリとか、かけっことか……ほら、青春っぽい。
あっ……現代だと誰もやってくれなくて、ポツポツ泣いてたっけ……あっ、なんか思い出しそう。
存在しない記憶が呼び起される。
そこでは体育座りでポツポツ泣いている俺に、ソラマメが投げられている。
『やーいやーい! 平安人~!』
『平安時代に帰れ~!』
『アホ~!』
うん。思い出すの、もうやめよ。
青春なんてなかった。滅ぶべき。
「ソラくん、なんか急に悲しんでる……」
「青春なんてなかった……」
「ソラくん!? 勝手に傷ついてる!?」
サクヤがごほんっ! と、わざとらしく咳をする。
この話はサクヤにもダメージを与えていたようで、避けたい話のようだ。
俺たち、青春に深い傷を抱えてるみたい……。
「青春はともかく……今はダンジョン配信の話をしよう! ソラ!」
「そ、そうだねサクヤ! そうしよう!」
「心配だ……おじさん、心配だよ……」
サクヤは心配で頭を抱えるカツを無視し、ホワイトボードを取り出す。
「まずは……」
そこには、いくつものデータがあった。かなり徹夜して収集、まとめ、改善案も出している。
サクヤ曰く、俺の視聴者は若い層が多いらしい。
逆に、カツさんが事務所『陰陽』に入ることで、これまで取り入れることのできなかった年齢層の高い視聴者を獲得できるとのこと。
さらに、カツさんは基本的に昼間に活動しているため、学生である俺たちは夕方配信と、時間が見事に被らない。
視聴者の取り合いにならないのだ。
「で、カツさん。あなたの得意なことを聞きたい」
「前衛で盾をメインに使う。俺は料理が得意でね~。ダンジョン飯とか、そういうのを配信で披露できたらいいなと思ってるんだ。例えば、肉料理とかね」
「なるほど……需要はかなりあるな」
サクヤが悩んだ素振りを見せる。
俺はこの時間……特に何もしない。
つまり、暇だ。
体育座りして、のほほんと終わるのを待っている。
今日のご飯何にしようかな~。
すると、カツさんが口を挟んだ。
「あ、あのサクヤさん……俺、ソラくんの得意なこと知らないんだけど。流石に仲間の得意なことを知らないのは不味いかなって」
「あぁ、そうだな。ソラ、教えてやれ」
サクヤは一瞥もせず、手元のモニターに集中している。
俺は答える。
「敵、倒す。仲間、増やす」
納得したようで、サクヤが続けた。
「よし、いつも通りだな。じゃあ、次の話だが……」
「え、待って。それだけ!?」
カツが驚いた面持ちで言う。
「なんだ、ソラは居るだけで面白いんだぞ」
「いやそうだけど、そうじゃないよね!? 悲しきモンスターみたいな言い方してたよね!?」
「いつものことだ。今日はカツさんがいるから、一方的に話してる感じがしなくて、とても良い」
サクヤが少し満足そうにしていた。
俺もちゃんと話聞いてるんだけどな~。話が難しいから、途中で流れて行っちゃうだけで。
「い、いつもなのか……凄いなほんと……」
「大丈夫、カツさんもそのうち慣れるよ」
「ソラくんがそれを言うのか……」
でも、本当に人が増えたのは良い事だ。
サクヤと二人っきりでも楽しかったけど、賑やかになった。
「ソラは何か案はあるのか?」
「うーん……うーん……」
カツさんは料理が得意って言ってたし、ダンジョン飯なんて食べたことない。
かなり興味はあるけど、それだけだとサクヤは納得しないよね。
「魔物を料理するってのは?」
「ッ!? だ、ダンジョン飯ってそういうことじゃないんだけど……」
「でも、面白そうですよ?」
「ほんと、突拍子もないことを言うね……ソラくん」
思いついてしまったものは仕方ない。
あとは行動して、ダメだったら反省すれば良い。
「サクヤ、魔物飯ってどう?」
「フフッ……面白いな。良いと思うぞ!」
「じゃあ、決定。場所は……このくらい?」
人差し指を下に向ける。
「下層かい? まぁ、そのくらいの魔物なら……」
「ううん、深層」
しばし、二人の反応が止まる。
「……ッ!?」
「深層!? 深層の魔物を食べるのかい!?」
「グラビトがね、魔物は深ければ深いほど強いし、美味いって」
やるなら、徹底的に……妥協はしない。
俺は、深層へ潜る。
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