第95話:愛称
今日からは木工の実技である。
既に製作物に対して、使用する素材も道具も工程も全て頭に入っている。
フェルシアさんもそれがわかっているからか、確認かテストのようにお題目だけ言って、私が作業するのを基本的には見ているだけだ。
手直しが必要なところだけに手を出し、一度完成させてから、完成度をより高めるためのやり方を細かく伝授する形で作業は進んで行く。
やればやるほど、完成までの時間が短くなっていくのがわかるのは、成長を実感できてとても楽しい。工程を省略するのではなく、一度に加工できる範囲を増やしたり、もう加工することがない部分は、加工しながら仕上げを施すことによって、後からもう一度手を掛ける必要をなくしてしまう。そうすることで製作時間を劇的に短縮することができるのだ。
なるほど、確かにこんな作り方をしているのであれば、普通に工程通り作っていては追いつくはずもない。他のエルフたちとフェルシアさんの差が縮まらないのは、本人に習いに来ないからではないだろうか?
おそらくだが、どうしたら早く作れるようになるのかと教えを請いに行ったら、喜んで教えてくれたと思うのだが、誰も行かなかったのだろうか?もったいない……
そんなことを考えながらも作業は続いていき、残すは弓矢だけとなったようだ。
やはり弓矢はエルフにとって主力武器なだけあって、かなり拘っている。そもそも素材自体を厳選してる上に、加工技術も優れているのだから、完成品の品質も推して知るべしである。
そんなわけで、弓矢になってからは最初から細かく指導が入るようになったが、望むところである。
やはりどうせ作るのであれば、より高品質で高性能なものを目指したいというのは、生産者共通の思いだろう。そのために有用な知識と技術であれば、いくらでも受け入れますとも!
さすがに1日では終わらず、2日掛かりました。
弓だけでも、製作過程はもとより形状や大きさの違いでもかなりの種類があった上に、それに加えて矢の種類も何気に多かったのだ。
むしろ、弓よりも矢の品質の安定化に時間が掛かった……高品質で均一な矢の量産は、とても大変なのだと思い知った今日この頃です。
「ここまでよく着いてこられました。これだけの物が作れるようになったのならば、自分で使う分には申し分ないでしょう。素材さえあれば、わざわざ人の店に行ってまで買う必要はないでしょうな」
「ありがとうございます。おかげで木の扱いにも大分慣れることができました」
「知識も技術も既に十分、あとは数を熟して手に馴染ませれば、木工では他のものに引けを取ることはないでしょう」
「あくまで自分用なので、他と比べることはないと思いますけどね」
「他者は勝手に見比べます故、侮られぬためにも重要ですぞ。それと、ここで作った弓矢は全て持っていきなされ。この後はシャルリシアに弓を教わるのですから。全て使ってみて、自分に合うものを探すのがよろしかろう」
「そうですね。わかりました。では、ありがたくいただいていきます。今までご教授ありがとうございました。ゆっくりお休みください」
「カヅキ様もお疲れ様でございました。それでは失礼させていただきます」
お互いに礼をして作業場を出て、別々の方向へ向かう。
フェルシアさんはメリルさんのところへ報告に行くのだろう。
私は今朝の内に、早ければ今日中に木工が終わるかもしれないので、念のため弓の準備を頼んでおいたのだ。これから行くのは、弓の練習用に用意された裏庭(?)である。
そして、この先にいるのはシャルリシアさんなんだよなー。
まさか、”私の従者としての名前を決める”というのが、愛称やあだ名のような普段使いの呼び名だとは……今朝、メリルさんから話を聞いた時にも抗議はしたが、紛らわしい言い方は、ほんとにやめて欲しい。
最初から、従者として呼ぶための愛称を付けて欲しいとかだったら、あんな勘違いはしなっただろうに……
少し顔を会わせにくいけど、いつまでも避けていられるわけでもなし……覚悟を決めて、愛称を付けるしかないな。一応、考えてはあるし……
あー、もー!心理的ハードル高いな、コンチクショウ!従者だから敬称なしの呼び捨てな上に愛称ですよ?なにこれ?罰ゲームか何かなの?
「えっと……今日から弓の指導、よろしくお願いします。シャルリシア」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします。誰かに教えたことはないので、上手くできるかわかりませんが、精一杯頑張ります」
「それから……先日の、初めて会った日の最後の方の話題で、名前を決めるというのがあったと思いますが……」
「はい、覚えております」
「一応、考えてきてはいますが……今言われても困るというのであれば、修業が終わってからでも構いませんよ?」
「いえ、それでしたら、今この場で名付けていただきたく存じます」
え?いいんだ?もっと嫌がるかと思ったんだが、意外と乗り気?それとも、何か言い含められてる?あるいは……
うん?今一瞬、女神のイラっとした顔が思い浮かんだのだが……?余計なことを考えるなって言いたいのね?なんていうか、徐々に芸が細かくなってきてないか?干渉の仕方がこなれてきたというか、私に気付かせるのが上手くなったというか……
でも、できれば干渉しないで欲しいなー……また神気を取り込んで、さらに進化とかしたくないので……
「わかりました。それでは……あなたの従者としての愛称、というか俗称は、シャルリシアから2字を使い”ルリ”とします。よろしいですか?」
「はい。ルリの御名、ありがたく頂戴致します。今後は”従者ルリ”として、お仕えさせていただきます」
よし!これで面倒事がひとつ片付いたな。根本的な問題は永続なので、もうどうしてみようもないが……
気持ちを切り替えて、弓の修業をしようか。
そっちに集中し始めれば、気も紛れるだろうし……
「それでは…………ルリ、弓の修業を始めましょうか」
くぅ……呼び捨てにするの、早く慣れねば……精神的にきついわ……
「承知致しました。それでは、講義から始めさせていただきます」
そうして、私の初めての戦闘訓練が始まったのだった。




