第85話:装飾修業、開始?
「おはようございます」
「おはよう、カヅキ。待っていましたよ」
「おはよう、カヅキ。準備は万全にしてあるから、いつでも始められるよ」
「そうですか。では、まず講義からお願いします」
「え?装飾の技術を教えるんじゃなかったっけ?すぐに作業に入れるようにしてあるんだけど……」
いや、それだと失敗前提になっちゃうでしょ……事前知識は重要よ?
「いえ、いきなり作業を開始しても無駄に失敗するだけでしょう。先に知識を可能な限り蓄えてからの方が失敗も少なくなるでしょうし、資材も時間もずっと少なくて済むと思います。それに手順や作業法を知っていれば、ずっと作業だけに集中できますので効率的だと思います」
「……いやいや、そんなことないよ?だって、実際に手を動かしながら教わった方が実感できるし、同時にやるから時間だって掛からないし、一石二鳥でしょ?」
「そのやり方だと、その時の作業に知識が紐付けされる可能性が高いです。その時に教わった知識が別の作業の時に必要になっても、現在の作業とその知識が結びつかなくなるかもしれません。どうしたらいいのか迷っているうちに、指導者から「以前の作業のことを思い出して」とか言われて、ようやくその時の知識が以前の作業専用じゃないと気付くかもしれませんが、その時点で指導者は二度手間になっていますし、迷っている時間が無駄になっています。事前にその知識が他にも応用が利くと知っていれば、そんなことは起きなかったはずです。知識として素材も道具も手順も加工法も知っていれば、迷うこともなく思い付きますし、聞く必要も教える必要もない。作業も止まることなく最後まで進められると思うのですが、どうでしょうか?」
「え?ええー……そんなこと言われても……メ、メリル~……」
「私もカヅキと同じ意見です。実際に私が裁縫を教えた時も、まず最初に知識を教えるために講義をしました。裁縫に使う素材にはどのようなものがあるのかから始まり、各素材の特性や加工方法の説明、その素材の入手方法に、より高品質な素材の入手の仕方、裁縫に使う各道具の特性と使い方と注意点、加工技術とどうしてそのようにするのかの理由など、私が知る限りの裁縫に関する全ての知識を与えました」
「………………」
おおー、またソニアさんが目を見開いておる。もうそろそろ、驚愕耐性とかびっくり耐性とか生えてもおかしくない気がする。
「それから、ソニア。あなた、カヅキが司書見習いだということを忘れているのではありませんか?他の何よりも知識を優先させる人でなければ、司書になどなれるはずがないでしょう?」
「それは、そうかもしれないけど………えっと……あたし、講義とかしたことないんだけど……どうしたらいいの?」
「仕方ありません、手伝いましょう。まずは装飾師がどのようなものかを説明します。次にどのような素材を使い、どのようなことをするのか、あるいは作るのかを説明してください」
「わ、わかった。えっと……まず装飾師っていうのは、装飾品もしくはアクセサリーと呼ばれるものを作る人たちのことです。それで、主に金属や宝石、木材などを使って、指輪や腕輪、ネックレスなどを作ります。あと家具に装飾を施したり、武器や防具に意匠を凝らしたりします」
「指輪などを作るのはわかりますが、家具は木工師、武器や防具は鍛冶師の領分ではないのですか?」
「あー、うん。確かにそうなんだけど、どちらの職人にもより良いものをって、それぞれ自分の分野だけに特化して、それ以外が全くできない人もいたりするの。だから、品質自体はすごくいいのに見た目がね、どこにでもありそうなのだったり、武骨だったり、みすぼらしかったりすることもあって……それで、売れるような見た目にして欲しいって頼まれることもあるの」
「なるほど、確かにそれなら依頼がくることにも納得がいきます。ですが、そうなると装飾師の数が足りなくなって来るのではありませんか?」
「みんながみんなってわけでもないし、何よりわざわざ装飾までしようって思えるほどの代物は、そうそうできるものでもないらしくてね。そういった依頼は少ないんだよ。ほとんどの職人は簡単な装飾くらいは自分でできるよ?そうじゃないと時間もお金も掛っちゃうから」
「ふむ……やはり兼業の人もいるんですね。となると本職と兼業の差はどこにあるんでしょう?」
「え……?ええっと……それはー……」
なんか困った顔で、ソニアさんが助けて欲しそうにメリルさんを見てる。
「全部話してもらって構いません。元々あなたの持つ全ての知識と技術を、カヅキに教え込んでもらうつもりでしたから」
あー、またびっくりしてる。でも今までより復帰が早いな。慣れてきたのかなー?
「あたしを含む一部の装飾師は、特殊な効果を発揮させる意匠を凝らすことができるの。それができるほとんどの人は身内にしか教えていないけど、中には国に仕えている人もいるよ」
よっしゃー!エンチャントきたわー!これは是が非でも覚えなければ……
「それは凄いですね。確かにそれほどのことができるなら、国としても放置しておけないでしょうし、抱え込まざるを得ないのでは?」
「そこまでしなきゃいけないほど強力なものでもないからね?だから、地位や名声、安定した収入が欲しければ仕えるのも手だけど……あたしはそういうの面倒なので、身内以外には黙ってる」
「そうですね。面倒事は良くありません。私が身に付けてもやはり秘匿します。ええ、絶対に……」
「んー?カヅキは名声とかお金に興味ないの?」
「ありませんね。地位や名声なんてものは、面倒事や厄介事を招き寄せる誘引剤でしかありません。お金も同様、過ぎた大金はバカを呼び寄せます。ですので、必要な分だけあれば十分です。ましてや国に仕えるなどありえません。誰が好き好んで鎖に繋がれたがるというのですか?そんなことを望むのは、もはや狂人としか言いようがありません」
「そ、そうなんだ……えっと……もしかして何かあった?」
「……何もありませんよ、今のところは。だからといって、今後も何もないとは言い切れませんが……」
あの王女が、何するかわからなくて怖いんだよなー……
決して敵に回ることはないようだが、だからといって面倒を起こさないとは限らない。初対面でアレだったうえに、城で待ってるとか不穏なこと言ってたからなー……
はっきり言って、何を仕掛けてくるか全く読めなくて、対策の立てようがないのが辛い。
元令嬢のメリルさんでも、これだけ過保護になっているのだ。現王女であるエミーリアに至っては、もはや狂気の域に達するのではなかろうか?王女でありながら、国と私を天秤にかけた場合、私に傾きそうな気がするのは何故だろうな?
「我が国が邪魔ですか?でしたら消してしまいましょう」とか言ってる場面を幻視してしまったが、気のせいだよな?私に未来予知のスキルはないし、そんなことはありえないよなー………ハ、ハハハ……
「カヅキ、お茶が入りましたよ。話してばかりでは喉も乾くでしょう?少し休憩にしましょう」
まだそれほど時間も経っていないのに、メリルさんがそんなことを言うとは……少し、気を遣わせてしまったか?
この人は私の望みを知っているから、国の束縛云々で心配してしまったのかもしれない。でもまぁ、確かに少し気分転換した方がいいかも?ここは素直に甘えさせてもらおう。
「わかりました。それではいただきます」
そう言って紅茶を口に含み、一息つくのだった……




