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第76話:装飾師の受難


室内に入ると、メリルさんともう一人、ソニアと呼ばれた女性が椅子に座ってこちらを見ている。

微妙にたれ目なせいか柔らかい印象を受けるが、こちらを探ろうとする強い視線が向けられているため、不快感の方が強い。


バチン!


「痛ったーいっ!」


睨み合っているわけではないが、膠着状態に陥りかけていると、メリルさんがソニアさんの目を隠すように叩いた。あれだけいい音がすれば、そりゃ痛いだろう……


「カヅキに対しての暴挙は、私が食い止めると言ったはずですよ?」


「だからって、普通、目を叩く?!」


「カヅキが名乗ったにも関わらず、自分は名乗ることもせず、不躾な視線を向け続けるような横柄な態度は私が許しません」


まさか本当に、何をして(今回は目を叩いて)でも食い止めるとは……

従魔術師兼装飾師と言っていたが、従魔の姿がないのは何故だろう?付近にもそれらしいものは感知できないし、中庭とかにいるのだろうか?それとも……


「わかった、わかったからこの手離して!」


「行動もせず、自分の要求だけ通そうとするとは、あなたも落ちましたね。あなたの名に傷がつく前にいっそここで終わらせるのも、旧友の務めでしょうか?」


「わー!待って待って、するから!自己紹介するから!あたしの人生、勝手に終わらせようとしないでぇぇぇ!」


「そうですか、では始めてください」


「うう、何でこんなことに……えっと、あたしはソニア、装飾師よ。今は装飾品を作って売ってるけど、昔はメリルたちと一緒に冒険者もしていたわ。当時のランクはC級従魔術師、B級には届かなかったけど、その手前まではいってたのよ?」


そこまで言ったところで、メリルさんの手が離れる。ソニアさんが目を押さえながら顔を伏せる。


「あー、酷い目にあった……」


「自業自得です。カヅキに不躾な視線を向けて警戒させたのですから、それくらいは当然でしょう」


何を当たり前のことを……といった感じで説明すると、それまで厳しかった表情を和らげてこちらに顔を向ける。


「さぁカヅキ、いつまでもそんなところに立っていないで、こちらに来て座ってちょうだい」


そう促されたため、それに従って着席する。どのみち立ったままでは膠着状態が続いただろうし、都合よく仕切り直しの機会が訪れたと思うことにしよう。

そうして私は二人の向かい側に腰を下ろした。




「改めまして、渡来人のカヅキです。司書見習いと、今は裁縫師見習いといったところでしょうか?」


「カヅキはもう、裁縫だけなら見習いというレベルを超えていますから、新人を名乗っていいと思いますよ?」


「そうなんですか?ですが、ギルドに行ったことがないので、いつまで経ってもただの司書見習いですけどね」


そう言ってから、ちょうど運ばれてきた紅茶を口に含む。

あー……美味しい。さっきまで緊張状態にあったから、余計にそう感じるのかもしれない。全く、レベル1の弱者相手に強いる状況じゃないよ、あれは……


「でもカヅキの場合、これからのことを考えるなら、ギルドには行かない方がいいでしょうね。今はまだ大丈夫でしょうが、全ての修業を終えたあなたのことを知ったら、必ず面倒事が起こるでしょうから」


「まぁ、そうなりますよね……多分、こんなことを考える住人の方はいないでしょうから」


「何の話?ギルドに行かない方がいいって、一体何をしたのよ?」


「こちらが何もしていないからといって、相手が何もしてこないとは限らない、という話です」


「成長したカヅキを欲しがる者は後を絶たないでしょうから、今から手を打っておかないと面倒な事態になりかねないということです」


「それって、あたしとサイスに関係あることなんだよね?」


「あなたたちだけでなく、今回呼び寄せた全員に関係します」


「え?まだ他にも来るの?しかもその口振りだと複数よね?」


「ええ、私を含めれば、ほぼ生産及び戦闘に関わる全ての職業技能が揃うように呼び寄せました」


「……はい?ちょっとメリル、あなた一体何を考えてるのよ?!なんでそんなわけわかんないことしてるの?!」


まぁ、普通はそう思うよねー……全ての職業技能が揃ったからといって何があるわけでもない。そんなことをする理由など何もない。私のような変な望みを持つものがいなければ、だが……


「全ての技能を備え、できないことが何もないようになること。他ならぬカヅキがそれを望んだのです。ですから、その望みを叶えるべく各職業の師匠足りえる引退者を揃えることにしたのですよ」


「あなたたち、なんでそんな頭おかしいことを実行しようとしてるのよ……えっと……カヅキだったわね。そもそもあなたの望みがおかしいのよ。いい?人間はどうやっても万能になんてなれないの。悪いことは言わないわ。もう裁縫で十分な腕があるのだから、それを伸ばしなさい。他にやりたいことがあるにせよ、あと一つにしておきなさい。例え全ての技能を学べたとしても、それが実を結ぶことはないの。全てが中途半端な器用貧乏にしかならない。バカにされることはあっても、認められることは決してないわ。だからその望みは捨てなさい。人間は決してその域に辿り着けないんだから!」


全く持ってその通り、その意見はとても正しい。ただし、この世界の住人であれば、という注釈がつくが……


「確かに通常の、この世界に生きている人間であれば、その通りなのでしょう。ですが、先程の自己紹介でも言ったように、私は渡来人なのです。故にこの世界の常識を逸脱して、不可能を可能にすることもできるのです」


「いくら渡来人だからといって、何でもできるわけじゃないでしょう?生まれた世界は違えど、同じ人間なんだし、そこまで違うとは思えないんだけど……」


「見た目や基礎能力はほぼ同じでしょう。スキルは多少獲得しやすくなっているようですが、記憶力や頭の回転の速さ、運動神経や体の動かし方なども、それほど差はないでしょう。考え方も多少の差はあれど、一部の馬鹿者たちを除けば、概ね似た様なものだと思います」


「ええ、そうよね。渡来人が来たばかりの頃は、頭のおかしいのが多かったみたいだけど、そういうのは減ったみたいだし、残っている人たちは自分たちとあまり変わらないと聞いているわ」


「そうなるように仕向けましたからね。今もまだ選別していますが、遠からず渡来人の質は安定するでしょう。では、そうして残った、残り続けることができた”住人とあまり変わらない渡来人”との最大の違いは何だと思いますか?」


そう、その違いこそが住人と渡来人との間に存在する明確な差。同じ人類種で在りながら決して相いれない隔絶を生む最大の特徴。


「えっと……一度眠ると数日間起きないこと?」


「それも大きな特徴でしょう。ですが違います。私たち渡来人とこの世界の住人とを隔絶する特徴とは、不老不死とインベントリです」


「え……?不老、不死……?」


「ええ、そうです。それこそが最大の特徴。我々渡来人は不死身の化物です」


あー……やっぱり、この人は気付いてなかったかぁ。私に対して、あまりにも普通に常識的な意見をしてきたから、そんな気はしてたんだよね。このソニアさんという人は、常識的すぎる。きっと、渡来人という非常識と関わることがなかったんだろうなー……


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