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第74話:怒涛の勢い


こうして、メリルさんの裁縫講義は始まった。


最初は基礎の基礎ということで、素材の知識からだったが……これがもう、ほんと種類が多すぎた!

いや、この街の周辺にいるエネミーの毛皮とかはともかく、明らかに現時点で取り扱いのない素材まで持ち出してくるのはいかがなものかと……

運営のロードマップ的に、一体どれくらい後のものなのかもわからないくらいの代物を、どうして始まりの街に置いておいたのか、コレガワカラナイ……


この講義のおかげで、各素材の特徴と適した使い方、そしてどのエネミーが落とすのか、どう倒せばより良い素材として入手できるのかまで、懇切丁寧に教えてもらった。

教えてもらいはしたが、その知識が活かされるのは当分先、それも時期が全く見通せない程に遥か先の話である。なぜなら対象エネミーの討伐依頼の受注者が、C級以上となっている物がほとんどだったから……(プレイヤーがそのエリアに行けるようになるまで、果たしてどれだけの年月が掛かるのか……)


冒険者ギルドにおいて、一人前と認められるのがF級からで、C級ともなると名の知れた一流に分類されるレベルの人たちらしい。そんな人たちでなければ討伐を任せられないエネミーの素材を、どうしてレベル1の私が始まりの街で触っているのだろうか?なんだろうね?この異常事態は……


その後もエネミー由来の素材はもちろん、様々な金属糸や皮のなめし方に特殊な布の織り方まで、実に多種多様な知識を得ることになった。

しかし当然のことながら、知識を詰め込むだけで終わるわけではない。あくまでそれは前提条件でしかないのだ。その前提を満たした状態になって、ようやく実践に移ることができるのだから。


その実践内容もまた凄かった……実際に糸を紡ぎ、布を織り、服として仕立てる。これだけでも十分なのだが、メリルさんはそこで止まらなかった。

魔力を帯びた糸の紡ぎ方や金属糸の扱い方、それらを使った布の織り方に魔法防御力の高い服の作り方や属性魔力を備えた服の作り方、果ては特殊な布の重ね方や強化方法まで……

だが、これでもまだ糸と布だけしか扱っていないのだ。そう、ここからさらに皮も加わり、もうほんとに大変だった……


皮はその大半がエネミーから剥ぎ取ったものであるため、その特性を殺さぬように加工しなければならない。そのため、特性に合わせた鞣し方があり、加工法があり、布との重ね方がある。さらにどんな布と相性が良いかなど、どうすれば最も素材を活かし、より特性を活かせるか、適した組み合わせは何かなど、主だったパターンを覚えるだけでも一苦労だった……


そうして服やローブ、皮鎧を作れるようなったと思ったら、裁縫スキルが生えてきたのだが……それでもメリルさんは止まらなかった。

そこからさらに手袋や靴、マントにフード、果てはベルトに鞄にリュックまで、ありとあらゆる布、皮製品が作れるようにと、その知識と技術を叩き込まれ、ようやく終わりを告げられた時には、既に6日目の昼過ぎになっていた……




「ここまでよく頑張りましたね。今のカヅキであれば、余程特殊な物でない限り作ることができるでしょう」


「ありがとうございます。メリルさんも長期間の指導、お疲れ様でした。おかげで、布、皮製品は買わなくて済みそうです」


「そうですね。素材さえ手に入れることができれば、自分の思い通りの装備が作れるはずです。あとは回数をこなして熟練度を上げれば、作成時間もより短く、完成度も高いものが作れるようになるでしょう」


「まぁそれは……いずれお金か素材が貯まったら、ですね。今は素材は何も持っていませんし、いい素材を買うお金もありません。それに何よりも、今の私には分不相応ですから」


あー……でも、近いうちに見た目だけの服だけでも買うか、安い素材を買って自作するか。モームさんにも言われたしな、見た目が頼りなさそうって……


「素材が必要なら、ここにある物をいくらでも使って良いのですよ?」


「いえ、ここにある素材たちは、今の私が使うには過ぎた代物です。もっと身の丈に合った低級の素材で十分だと思うんです。数をこなすとなれば尚更ですね」


「低級の素材ばかりではあまり上達しません。上級の素材の特性を活かしつつ、さらにそれを損なうことなく組み合わせて使いやすく工夫したうえで、品質を落とすことなく完成させてこそ、より高みに至れるのです。そのためには、可能な限り上級で扱いの難しい素材を使い、集中してより高品質の物を作り上げることが重要なのです」


「確かに上達するには、それが一番いいのかもしれませんが……それは潤沢な資金や在庫があってこそできる荒技なので、私にはちょっと……」


「ここにある素材は、全てあなたの育成用に準備したものですから、全部使って良いのですよ?言わば、これらの素材たちはあなたの個人資産のようなものです。そういうわけですので、遠慮なく全て使い切っても問題ありません。足りなくなったらまた補充しますので、在庫は気にせず好きなだけ作ってください」


「はい……?いやいや、一体いくら使ったんですか?!いくらなんでもやり過ぎです。元が取れるわけでもないのに、こんなに散財して……」


あーあー……全くもう……ここにある素材だけで、一体いくらになるのやら……

これに加えて、今までの分もあるわけだろう?うわー……考えたくねぇ。総額を聞いたらフリーズしそうな気がする……


「決して散財などではありません。師匠が弟子のための育成環境を整えるのは当たり前のことです。そこには当然、練習用の道具や資材なども含まれます。資金を惜しみ、弟子に資材を用意させるなど以ての外です。そのような者に弟子を取る資格などありません。弟子とは読んで字のごとく弟や子供、つまり家族です。親が子供を育てるのに対価を求めますか?育てるための糧を子供自身に獲りに行かせますか?そんなはずはないでしょう?そんなことをする者は、親でもなければ人でもなく、ただの外道です。そのような外道にどうして人が育てられましょう。師匠となる者が弟子を取るということは、子供を迎え入れることと同義です。故にそこには一人前になるまで育てる義務が発生するのです。その義務を怠るような者に師匠となることは許されません。そして師匠となった者は、その義務故に弟子の成長に必要な環境を整え、道具を揃え、資材を用意するのです。そこに手抜きは許されません。資材が足りないということは、食事を与えないも同然なのですから。そして師匠となった者に義務が発生するように、弟子にも義務が発生します。それは師匠の与える全てを用いて成長することです。用意された環境で知識と技術を覚え、資材を消費しながらそれらを結実させるのです。一人前に育ち、独り立ちすることで両者の義務は果たされるのです。ですから、カヅキ。あなたはそれらの資材を用い、成長するのです。そして私が認めるような素晴らしい逸品を作り上げて下さい。それが私の望みであり、私たちの義務なのですから」



ぬわぁぁぁぁぁぁっ!何?何なの?この怒涛の勢いはぁぁぁぁぁっ?!

何か変なスイッチ入った?散財?散財がスイッチだったの?

あと、何だか今のメリルさんにはデジャヴを感じる……この有無を言わせぬ攻勢といい、理屈を付けて私を甘やかそうとするところといい、過剰に何かを与えようとするところといい、まるで現界した時の女神のような……


改めて考えると、女神とメリルさんには共通点が多いな。

過保護、心配性、甘やかし、過剰贈与、当たり前のように長時間見守っていることなど、女神に近しいものを感じる。まさかとは思うが、女神の分霊とかじゃないよな?自分が現界できない代わりに、地上で見守るための代行者。文字通り、目となり耳となる分身を用意していたんじゃあるまいな……

とはいえ、聞くわけにもいかんし、何より本当にそうだったとしてもどうにもできん……放っておくしかないのかー……


「は、はい。わかりました……」


「よろしい。それでは私を唸らせるような素敵な品を期待していますよ」


そうして、私の試行錯誤が始まったのだった……


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