第66話:ようやく本題に
「私をこの世界へ導いたものに、ですよ。その方が言うには「こちらの世界で生きるのに必要ない余計な記憶は全て消しておきましたので、自由に好きな事をして生きてください」とのことでしたね」
「生きるのに必要ない余計な記憶、ですか?」
「ええ、「余計なことは考えず自由気ままに、好きなこと楽しいことだけを考えて生きて下さい。くれぐれも余計なことは考えないように。それは生きていくのに必要ありませんから!」と念を押されましたね。何が何でも、欠片も思い出させないつもりのようです」
「そこまでしなければいけない程の過去とは……いえ、こう言っては何ですが、騙されてはいないのですか?記憶を選んで消すことができるようなものであれば、都合のいい記憶を与えて操る事もできるのではありませんか?」
「まぁ、そういう考え方が出るのもおかしくはありませんが、それはないでしょうね。悪意は全く感じませんし、心配し過ぎるあまり、結構無茶なこともしかねない過保護な方のようなので……」
手紙と一緒に卵投げつけたりとかね……
「過保護な方なのですか?……先程までの話を考えれば、それも当然でしょうか?少なくとも、あのようなことを考えるのが日常だと言えるくらいなのですから、それに囚われず自由に生きさせようとすれば、過去と完全に切り離さなければ、引き摺られてしまいかねませんが……何故そんなことを……?」
まだ疑念を持ってるなー……当然と言えば当然なのだが、その割に私への疑念が全くないのは何故なのか……?
もう少しだけ情報を出すか?私に害を与えない、親身に接してくれる味方的な存在だと思わせることができれば、何とかなりそうな気がする。とはいえ、如何なる存在なのかは隠さないといけないから……ぬぁぁぁぁぁん!めんどくさぁぁぁぁぁぁぁい………
「先日、初めてお会いしましたが、意外と激情家な面もありますが、優しい方ですよ。その時は、私が……少し精神的に落ち込んでいて、あまり良くない考えに囚われかけていたために、急いで駆けつけてくれたようです。その際に結構な無理を通したらしく、事後処理が大変だったようですが……(主に私が!)それでも、それだけのことをしてでも、叱咤しに来てくれたことには感謝しています。私の中にある良くない考えを片っ端から否定し、「あなたは生きて幸せにならなければいけないんです」と断言し、「この世界で自由を謳歌するのです。人と語らい、笑顔を浮かべ、幸せになるのです。行きたいところへ行き、作りたいものを作り、やりたいことをする。現在を楽しみ、未来を夢見てください」とも言われました。それと「こうなるから余計なことは考えるなと言ったんです!」と怒られてしまいました」
これでどうだ……?対象に関する情報を出さずに好印象を与えられるように言えたと思うんだが……
「なるほど……随分と心配性な方のようですね。落ち込んでいただけで無理を通してまで駆け付けるとは、確かに過保護と言ってもいいかもしれません」
よし!何とかなったな。はぁぁぁぁ、何だろうね?事ある毎に、こんな風に言いくるめてばっかりいる気がする。私は平穏を望んでいるはずなのに、ちっとも近付いてきてくれないのは何故なんだろうなー……?
「ですが、腑に落ちない点もあります」
うん?あれ?何か雲行きが怪しくなったぞ……?
「その方が心配性で過保護なのはわかりました。ですが、だとしてもただ落ち込んだだけで、そこまでの無理をするとは思えません。もしかして、その時の精神状態は非常に危険な状態になっていたのではありませんか?そして、そこまで追い込んだ、追い込まれた原因は間違いなく、あなたを囚えようとした良くない考えでしょう」
あ、この流れはマズい……追及されるパターンだ……
「世界を飛び越えてまで助けに来なければらない程、あなたの精神を蝕む良くない考えとはどれほどの悍ましさなのか、私には想像もつきません。カヅキ、あなたは本当に何者なのでしょう?その幼さの残る小さな身体に、どれほどのものを抱え込んでいるのですか?」
好きで小さな身体になったわけじゃないんですよ?元の世界ではおっさんだったはずだし、こんなに整った容姿もしてなかったはずからね。
私が何者なのか、この身の内に何が潜んでいるのかを知っているのは、おそらくあの女神だけだと思いますよ?
あと私の精神を蝕んだのは、単なる自己嫌悪の部類かと……そんな言う程悍ましいものではないと思うんだ。ほら、誰しも心が弱ってる時は死にたくなったりするでしょ?そういった感じのやつなので、そこまで気にしなくてもいいんですよ?
「私が何者なのか、何を内包しているのかは、自分ではわかりません。何しろその辺の記憶がありませんし、思い出そうとすることはもちろん、悲観的なこと自体考えないようにと叱られたばかりです。無理に知ろうとするものがいた場合、そのものは過保護な方の逆鱗に触れることになると思います」
「今後、あなたを支えるためにも、何があなたを苦しめるのかを知っておきたいのですが……やめておいた方が賢明のようですね」
「そうしていただけると、こちらとしても安心です。それに、そうそうあんな状態になりませんよ。なりたくもありませんしね……大丈夫、やりたいことをやってるうちは、楽しいと感じているうちは、精神が揺らぐことはないでしょう。面倒事や厄介事が近付きさえしなければ、それを避けるために余計なことを考えることもないでしょうから」
「それでは、私はそちらの方でサポートすることにしましょう。あなたがやりたいことは全てできるようにして見せましょう。面倒事や厄介事も全てこちらで排除しましょう。何人たりとも、あなたに不快な思いをさせはしません」
「何か、過保護な方と似たような感じがするのですが……それと、私は悪目立ちしたくないので、あまり人に知られるようなことは避けていただきたいのですが……」
メリルさんは元辺境伯爵夫人故に、その動きは悪目立ちどころか大事になりかねない。人や物を集めるだけでも注目を集めることになりそうだしなー……
「わかりました。それがあなたの望みであるなら、それを叶えましょう。とりあえずは私が裁縫を教えるとして、他に何かやりたいことはありますか?」
「最終的には、一人でどこにでも行けるように、どこででも生きられるように、不得手をなくそうと思っています。具体的には、ある程度のレベルまででいいので、全ての生産技術と主だった武器の扱いを身に付けることですね」
「それはまた……完全に器用貧乏になりそうですが、それを理解したうえで言っているのですね?」
「ええ、できないことがないことが重要なので、これでいいんです。既に採取、解体、料理はスキルとして獲得済みですので、あとは戦闘ができるようになれば、大抵の場所なら野営で生きられるでしょう」
調薬もあるけど、これは話していいか迷うんだよね……私だけならともかく、師匠のマールさんのことがバレるのは困るから、一応黙っておこう。




