第61話:慣れねぇぇぇぇ
さて……気後れはするけど、この先に行かないわけにもいかないし……はぁぁぁ、覚悟を決めるか!
くっそ!一般人に貴族の屋敷は敷居が高すぎるんだよぉぉぉぉ!
「おはようございます。渡来人のカヅキと申します。メリル様とお会いすることになっているのですが、話は通っているでしょうか?」
「はい、伺っております。どうぞ中へ。ご案内致します」
そう言って、門番の人が先導してくれるのだが……慣れねぇぇぇぇ……
こっちの中身は、ただの一般人なんだよ。貴族のマナーとかも知らんし、一応それっぽくしてるけど……所詮、小説や漫画、アニメ、ゲームなどで出てきた貴族の真似事をしているだけにすぎない。
そもそも、王侯貴族と直接会ったり話したりすること自体、想定しとらんわ!そんな知識あるわけなかろう?立ち居振る舞いはおろか言葉使いすら覚束ない相手に、関わって来ないで欲しい。こっちの精神が持たないわ………王女にギルマス連中、お前らもだぞ?
屋敷の中に入ったところで、門番の人に代わりメイドさんが案内を引き継ぎ、先導してくれる。
あまりキョロキョロするのも無作法だと思い、真っ直ぐ前を向いて歩いているのだが……気を張っているせいか、周囲の状況が見てもいない部分までわかってしまう。おそらくこれが超感覚とか空間認識ってやつなんだろうなぁ。
確かにすごい能力なんだろうが、今はそれどころではないのだ。肩に乗っているフィアにも私の緊張が伝わっているのか、警戒しているように思えるが、今はどうしてみようもない。
フィアには悪いが、私が落ち着くまでもう少し待って欲しい。
「いらっしゃい、カヅキ。まずは座ってちょうだい」
「おはようございます。失礼します」
「そんなにかしこまらなくていいのよ?あとひと月もすれば、ここがあなたの家になるのだから」
あー……そういえば、そんなことも言ってましたねー。早く慣れなければいけない理由が増えてしまった……
それはそうと、メリルさんの視線が肩のフィアに向かっているし、他にも説明しないとだな。
「肩に乗っているこの子は、昨日宿に戻った後で卵から生まれました。名前はフィアと名付けました。」
黙ったままキョロキョロと周囲を見回しているフィアに視線を向けると、それに気づいたのか「ピィ」と鳴いて甘えてくる。
「あら、そうだったのね。まずは誕生おめでとうと言わせてもらうわね。それと、カヅキは従魔術師だったのかしら?」
「いいえ、違いますよ。何と言うか……縁があったのでしょうね、この子の卵が私の元に来たんですよ。それで余裕がある時はなるべく抱いていたんですが、昨日ようやく孵化したんです。従魔術師ではありませんのでテイムスキルは持っていないのですが、何故か従魔になってるんですよね?まぁでも、懐いてくれているようなので、このまま育てようと思っています。」
「なるほど、そんなことがあったのね。まず最初にテイムスキルを持っていない人でも従魔を得ることは可能ですよ。そういったことが起きる時は、大抵相手側から懐いてくることが多いと聞きます。そして、懐かれるものは心穏やかで優しい人が多く、懐いてくるものは皆高い知性を持っているようです」
「私が心穏やかで優しいかはわかりませんが、フィアはかなり賢いですね。無駄に騒いだりせず、周囲を観察していることが多いようです」
「ええ、とても大人しい子のようね。少し緊張というか、警戒しているようだけれど……」
「ああ、それは私の緊張が解けていないせいでしょう。何しろ貴族の屋敷の中に入るだけでも気後れするというのに、その屋敷の主の前にいるのですから」
「それは困ったわね。できればもっと気楽にして欲しいのだけど」
「それは私がここに慣れるまで、待っていただくしかないかと……」
でも多分すぐには無理!
だって……周囲の者たちがこっちを窺っているのが感知できてるから!変に緊張してるから余計に敏感になってるっぽいけど、まだこの感覚にも慣れてないから、うまく調整できないんだよねー……
慣れなきゃいけないことが多すぎる~……
「ああ、それともう一つ言っておかなければいけないことがあります」
「あら?何かしら?」
さて……ここからが正念場だな。超越種のことに気付かせず、全能力の強化・拡大したことを伝えなければならない。
そもそも、人類の認識の中に超越種というものがない以上、気付きようがないとも思えるが……確率が0でない限り、用心に越したことはないはず。
「実は昨日、フィアが生まれてしばらくしてから、私の肉体の方にも変化がありました」
「……続けてちょうだい」
さすが高位貴族、一瞬で雰囲気が変わったな。先程までの柔和な空気が、情報を逃すまいと引き締まる。
「内容は身体能力の急上昇と一部のスキルの強化ですね」
「それはどれくらいのものなのか、教えてもらえるのかしら?」
「筋力や知力など全ての能力が、およそ4倍近くまで跳ね上がりました」
「っ!!………そんなに急激に変化して、体に異常はないのかしら?体調に支障はないの?」
まぁ、普通そう思うよね。身体能力が一夜で従来の4倍という異常値になれば、どこかしらに歪みが出るものだ。
そして急激なプラスの反動といえば、それに見合ったマイナスになるのが普通である。気になるのは当然だろう。
「体調不良とまでは行きませんが、感覚がおかしくなってる部分がありますね。普通の速度で歩いてる分にはそこまでではありませんが、おそらく走ったり重量物を持ったりすると、おかしな動きになる可能性があります」
「そこまでですか……」
「それと一部スキルの強化、こちらの方が厄介かもしれません」
「続けて」
「厄介な理由は、感覚系が強化されてしまったことです。そのため、いろいろと知覚できすぎて少し辛いですね……」
屋敷の敷地内に入ってからというもの、使用人たちから向けられる視線や、近ければ感情や意識まで薄っすらとわかるのだ。さらに空間認識のせいで、壁の向こう側の人の動きも捉えてしまうので、並列思考と高速思考がなかったら頭パンクしてたかもしれん……
「その感覚は抑えることはできないのですか?」
「多分、慣れれば制御できるようになると思うのですが、現状では知覚してしまう情報を捌くだけでも結構大変です」
「それは、そのままにしておいても大丈夫なのかしら?」
「この屋敷に長時間いるのはきついですね。ここには主の身を案じて、部外者の動向を気にかけている人が大勢いますから」
「そう……気付かなくてごめんなさいね。あなたたち、即刻カヅキから意識を逸らしなさい。控えも一人で十分です。それ以外の者はこの部屋から距離を置きなさい」
控えというのは、おそらく扉の傍にいるメイドさんのことだろう。先程までは扉の両脇にいたけど、今は一人になっている、が……部屋の周囲には、まだ他にも残ってるね。
主の命とはいえ、見知らぬものを残して離れるわけにはいかないのだろう。でもバレたらかなりマズいやつだと思うよ、それ。
主の身の安全が大事なのはわかるけども、主からの直接命令を無視した場合、最悪処分される可能性もあるから、バレる前に早く離れた方がいいよ?




