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第54話:女神の怒り


はあぁぁぁぁぁ…………きっついなぁ………

いろんなものが手に入るのも、望んだことが叶うのも嬉しいし、優遇してもらえることもありがたいのだが……私はそれを素直に受け入れられない性質たちなんだよ………


思い出そうとしても思い出せないのは、おそらく女神によって記憶の一部を消されたからなのだろうが、それでも自分が恵まれた人生を歩めなかったことはなんとなくわかる。

それは、私自身の他者の行動に対する反応からもはっきりしている。


私はきっと、他者からの善意や優しさを受け止めることができないのだ……

思わず”いらない”と言ってしまう程に、”それ”は重苦しいものだから……



そう思った時には、気付けば目に涙が溜まり始めていた。



この世界に来てから今まで、何度も良くしてもらった。

モームさんをはじめ、マールさんやマイアさんなどには結構面倒を掛けてるはずなのに、嫌な顔など一度もされたことはない。


いつだってそうだ……

私はいつも、自分に向けられる優しさに対して困惑し、まず拒絶してしまう。

モームさんは遠慮するなと言ってくれているが、実はそうじゃない。遠慮しているのではなく、受け止められないから食い止めようとしているにすぎない。



だめだ、これ以上は考えるな。このままだと止まらなくなる、負のスパイラルに囚われかけている。考えることをやめなければと思うものの、ついに涙が溢れ出し拍車がかかってしまう……



それは多分、私がそうされるに値しない人間だと思っているから。私にはそんなふうに優しくされる資格はないのだと、心のどこかで思っているから………

だからいつも良くしてもらうたびに、罪悪感にも似た感情を抱くのだと思う。


その原因は、おそらく前世にあるのだろう。

私が覚えていない、消されてしまった記憶。女神が”余計な事”と言いきり、思い出せないようにしている記憶。

それはきっと、そこまでしなければいけないほど”ろくでもないこと”なのだ……

そしてそのろくでもないことに、私は確実に関わっている。そのはずだ。

だから、きっと……私は、”ろくでなし”だ……


もう既に涙が止められなくなっている。せめて嗚咽は漏らすまいと歯を食いしばっているものの、思考は完全に負のスパイラルに囚われ、止めることができなくなっている。


こうして生まれ変わっても何も変わらない。

新しい世界に来て、新しい生き方を示された。にも関わらず、優しい人たちから向けられる善意を受け止めきれず、それらを投げ出して自分勝手に逃げ出そうとしている。


それこそ、あの王女でさえ面倒な感じこそするものの、悪意は感じないし、こちらを一方的に利用しようとしてるようには思えない。自分なりの考えはあるだろうが、それでも私を助けてくれようとしているのだろう。それがわかっていても離れたいと、関わりたくないと思ってしまう。

頭ではそこまで拒絶する必要はないのだと理解していても、感情が納得しない。その優しさや助けを受け入れてしまったら、私は本当に他者の善意を利用して、自分の欲を満たそうとする最低のクズになるのではないか?それならば例えどれだけ罵られようが、逃げ出した方がまだマシかもしれない。




ほんとうに、どうして私はここで生きているんだろう?なぜ女神は私を蘇らせた?私など、蘇らせる価値も理由もなかっただろうに、どうして?こんなろくでなしなど、魂ごと消してしまえばよかったのに……そうすればもう、生きなくて『いいわけがないでしょう!!』


バチンと両頬を挟むように叩かれたまま両手で顔を固定されて、真正面から女神(?)に睨まれる。


『さっきから聞いていればぐちぐちと……以前も余計な事は考えないようにと何度も言いましたよね?なのにどうして考えるんですか!こうなることがわかっていたから、考えないように言ったんですよ!それとっ!誰がろくでなしですか。誰も言ってないでしょう?勝手に決めつけて自分を卑下しないでください。いいですか?あなたは生きるんです。生きなきゃいけないんです。生きて幸せにならなければいけないんです!』


その真っ直ぐで強い視線で、私の瞳を射抜くかのように見つめながら女神が生きろと言う。


「………………」


だが、私はそれに答えることができない。

一言「はい」と言ってしまえばいいだけなのに、私の口は歯を食いしばったまま固く閉じられている。

生きるための根拠を持たない、見つけられない今の私には、それを肯定することができない。

普段はいい。ここまで自身の内面を見ようなどと思わないから。思い付きでやりたいことをしたり、スキルの検証や修練をしている時は何とも思わないし、そもそもこういった考えが浮かんでこない。

だから普通に生きて、遊んでいることができるのだが……

それだけに、一度考えに嵌ってしまえば囚われてしまう。

私には生きる理由がないから。優しくされるはずがないから。そして多分幸せになることができないから……


『だからどうしてそこで、後ろ向きになるんですか!生きる理由なんていくらでもあるでしょう?優しくされるはずがない?誰が言いました?それに幸せになることができないってなんですか?誰が決めました?私は決めてませんよ。ここは私が作った私の世界です。創造神である私が作っていない、決めていないものは、この世界に存在していないんです。あなたが泣かねばならないものなど作っていません。あなたが不幸になることなど認めていません。それなのに、なぜあなたが苦しまなければならないのです?この世界にあなたを苦しませる要因がない以上、それは前世にあるのでしょう。それを見越したからこそ、記憶まで消さねばならなかったというのに………忌々しい!一体いつまで、どれだけ苦しめようというのですか!』


女神の瞳に怒りが宿る。それは余計な事を考える私に対するものとは質の違う、憤怒と呼ぶほどの激しい怒り。もしその対象が目の前に現れたなら、その存在全てを焼き尽くさんとするほどの激情。そしてそれを取り除けない己に対しての怒りだろうか……


『いいですか、カヅキ。よく聞きなさい。あなたは幸せに生きるために、この世界に来たのです。』


その瞳に未だ怒りの炎を灯しながらも、私の頬を撫でつつ努めて穏やかに語りかけてくる。


『あなたはこの世界で自由を謳歌するのです。人と語らい、笑顔を浮かべ、幸せになるのです。行きたいところへ行き、作りたいものを作り、やりたいことをする。誰にも、如何なるものであろうと、あなたの邪魔はさせません。私が許しません。例え如何なる因果を辿り、過去があなたを捕らえようとしても、私が阻みます。あなたを襲うあらゆる災禍から私が守り切ってみせます。だからもう、過去を振り返る必要はありません。現在いまを楽しみ、未来これからを夢見てください。あなたの不安も葛藤も嘆きも今日までです。それらは全て私が消し去ってしまいますから』


そう言って、瞳に怒りの炎を燻ぶらせたまま、女神は柔らかく微笑んだ。


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