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第38話:おじいちゃんの圧力


扉を潜ると、そこはかなり広い部屋になっていた。

入り口から見て左側には大型の棚がいくつも並んでいて、整理されてはいるが中身はぎっちり詰まっている。右側はおそらく何らかの作業場なのだろう。広い天板の大きめの机に、周囲にある棚には様々な道具がこれまた詰まっている。


「ここは、マールさんの工房のようなものでしょうか?」


「まぁ、大体そんな感じだね~。さて、ここは一体何をするところだと思う?」


周りを見渡すと、調薬用に買った道具と似て非なる物や用途が思い浮かばない道具類も結構あるし、左側の棚にある多種多様な素材の中には、とてもじゃないが調薬に使用するとは思えないものまで散見されるうえ、その中には以前別件で調べた時に見かけた物っぽいのがあるところを見るに……


「調薬だけとは思えませんし、まさかとは思いますが錬金術も兼ねてます?」


「おお~、すごいね!さすがカヅ坊、よくわかったね~」


「ということは、マールさんは雑貨屋兼薬師兼錬金術師ということで合ってますか?」


「うん、そうだよ~。いや~、ほんとカヅ坊はすごいね。知識、決断力、観察力、洞察力、それに胆力もか。それだけ揃えてる人はそうそういないよ~?」


「褒めていただきありがとうございます。ですがまだまだです。何しろ、今日までマールさんをただの雑貨屋の人だと思ってましたから」


ほんとに全く気付かなかったわ…

それにしても、まさかありえないと思っていた設定が、本当に設定されていたとは。しかも錬金術師まで上乗せされてとか、どんだけ盛れば気が済むんだよ、ここの開発は!

あー、ヤバい。この分だとマイアさんとかモームさんも裏設定あるような気がしてきた…確認のしようがないけどね~。


「そりゃまぁ、それくらいできないと非登録の薬師なんて、やってられないからね~」


「ああ、やっぱり非登録なんですね」


「うん、面倒だからね。その辺はカヅ坊と一緒なんだけど、あたしには一応師匠がいたからね~。その時のことを考えると、やっぱり最初は教わらないときついと思うんだよね~」


「ん?マールさんには師匠がいたのに非登録なんですか?ということはその師匠も非登録?」


既に登録済みの人が師匠だった場合、当然その行動は薬師ギルドが把握しているだろうから、教えたらまずバレるだろうし、そうなれば教わった弟子も目を付けられるはずだ。


「いや?登録してたよ~。あたしの師匠はおじいちゃんなの。そのおじいちゃんが歳で体が動かなくなって引退したあと、自分の薬だけはなんとか自分で作っていたんだけどね。その時まだ小さかったあたしが手伝いをしていたんだよ」


「手伝いしながら教えてもらったと」


「親には看病ってことになっていたけどね。おじいちゃんは薬師ギルドを良く思ってなかったから、あたしに薬師としての知識と技術を教えながら、薬師にはなるなと言っていたのよ。薬師ギルドの連中は己の保身ばかりを考えすぎて、それ以外のことが出来なくなってしまった哀れな連中だとも言ってたね~。」


「だからマールさんは非登録なんですね」


「そういうことだね~。でもいくら雑貨屋だとはいえ、薬師でもないのに薬草類を買い集めるのもおかしいからね。それで錬金術でポーションも作れるようにしたの。雑貨屋にポーションがあるのは珍しくないし、自作できるなら薬草類を買い取っても誰も不審に思わないからね~」


「なるほど、確かにそうでしょうね。ところで、わざわざここに招いたということは、私に調薬の基礎を教えようとしていると見ていいのでしょうか?」


「うんうん、理解が早くて大変よろしい。」


「ですが、何故そうするのか理由がわかりません。小さい頃から今まで、誰に対してもひた隠しにしてきた秘密を明かしてまでしなければいけないことではないでしょう?あなたにはそこまでする義理も、そこまでしなければいけない負い目もないにも関わらず、何故この選択をしたのですか?」


そう、これは明らかにおかしい。

マールさんにとってこの秘密は、文字通り人生を掛けた決して誰にも知られてはいけない絶対の禁忌だったはずだ。にも関わらず、それを自ら明かす?ありえない。

そこまでする理由が見当たらない。

マールさんと出会ったのは約1か月前だ。それから幾度か交流もあり、それなりの金額の買い物もしているからお得意様というのも間違いじゃない。だが、その程度の相手ならいくらでもいるだろう。

なんだ?何が条件だ?

人生を掛けた秘密の乗った天秤を揺らすものとは一体…?


「ん~と、言っても信じないと思うけど……多分、おじいちゃんの仕業だと思う、よ?」


「え?おじいちゃん…?」


「そう、さっき話した薬師としての師匠のあたしのおじいちゃん」


何故におじいちゃん?マールさんのおじいちゃんは彼女が小さい頃に亡くなっているのでは?それとも、いつか渡来人の少年が現れ薬師としての技術を求めるから手助けするようにと遺言でも遺していたとか?いやいや、そんなバカな……


「……………えっと、続きをどうぞ」


「うん、今朝話してる時にね、急におじいちゃんの声が聞こえた気がしたの。「その子を弟子にするんじゃ!」って。いやね、あたしもおかしなこと言ってるとは思うよ?でもね、確かに聞こえたのよ。しかもすぐそばで「早く言え!」とばかりに、じぃぃぃぃぃっと睨まれてるような圧力を感じるし……それで、とりあえず落ち着くためにも時間が欲しくて、一度ご飯を食べに行ってもらったの」


なんだ、その理由は?

小さい頃に死んだはずのおじいちゃんに、急に弟子を取れと言われて?言い出さなかったら睨まれ続けたから、だと…?

それはさすがに想定外にも程があるだろう…


「えーっと…ちなみにその無言の圧力は、その後どうなりました?」


「ずっとあったよ。この部屋に入るまで…」


お、おぅ……地味に強力だな、おじいちゃんの圧力。


「何と言うか…すごい人ですね、マールさんのおじいさん」


「うん、すごい人だったんだけど…こういうすごさは孫に向けないで欲しかったな~…」


「あはは……確かに、そうですね…」


思いがけず、二人揃って溜息を吐き出すのだった…


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