第198話:大変申し訳ない
そんなわけで、手早く目的の木材を取り出して詳細鑑定をする。
--------------------
影霊樹の木材
分類:木材 等級:希少級 品質:S
死の森南部に多く植わっている樹木。
光も音も存在しない暗闇の中で育ったためか、樹皮だけでなく内側まで真っ黒な木材。音を吸収する効果があり、湿地帯の樹木故か水気に強く、若干の湿度調整の効果もあるため屋内の建材として非常に優秀。
相応の硬さや耐久力はあるが、武具には不向き。
--------------------
「これはまた……貴族や商人が、血眼になって欲しがりそうな効果のある木材ですね」
「機密事項の多い貴族や商人にとって、音が外に漏れない木材など喉から手が出るほど欲しい建材でしょう。どれだけ高値であろうと言い値で買い取るでしょう」
「つまり、市場が荒れないまでも、厄介な人たちは確実に動くと……」
「C級冒険者辺りに破格な高額依頼を出しかねませんし、他の木材市場への影響も考慮すると、これは秘匿した方がいい素材ではないでしょうか?」
「ええ。これは世に出してはいけない部類でしょうね。少なくとも感知系スキルを鍛え、死の森で連戦可能な冒険者が増えるまでは……尤も、どんな素材があるかも知らないのに、死の森に挑む者が現れるとは到底思えませんが……」
「街から一番近い場所の木材でも、そこまでの代物ですか……ある程度は予想していましたが、本当に誰も近付かないんですね。ですが、C級冒険者しか行けない高難易度地域やダンジョンなどで、こういった特殊な素材は入手できると思うのですが……?」
いくらなんでも、これ以上の木材が存在しないということはないだろう。実際にエルフ由来の木材があるわけだし、死の森やエルフの森以外にも森なんてどこにでもあるだろうに……
ましてや、この世界はゲームとしてデザインされている以上、シナリオの進行やマップ開拓によって素材のレベルはどんどん上がっていくはずなのだから、既に高位冒険者がそれらを持ち込んでいても、何ら不思議ではない。
それなのに、多少の防音効果と調湿効果があるだけで、武具としては不向きで建材としての使い道しかない木材なのに、この2人がそれほどまでに懸念しなければならないとは思えないのだが……
確かに、木材自体がこのような効果を持っているのであれば、重宝されるのは間違いない。だが、建材として重要なのは、柱や床柱、梁や床板などの基礎強度に関する部分に使用する木材だろう。どちらかといえば壁板向きの効果を持ちながら、内側まで完全に真っ黒な影霊樹は、かなり人を選ぶと思うんだがなぁ……
「カヅキは渡来人だから、そのように考えてしまうのかもしれませんが、私たちはインベントリという運搬に関して異常な利便性を持つ能力を持っていないのです。それ故に、家屋に使える大きな木材というのは、樵の専門分野と言っていいでしょう。大きくて嵩張って重い木材を運ぶのは、街の近くからでもかなりの労力が必要となります。確かに森の奥深くまで踏み入れば、強力な魔物の突進に耐える樹木もあるでしょう。ですが、そんな場所に行ける樵などいませんし、仮に冒険者を護衛に雇って切り倒したとしても、持ち帰ることができません。冒険者に運搬を手伝ってもらえば護衛ができませんからね」
あー……なるほど。そりゃあ、そうなるよねー。
インベントリなんて便利なものがないのだから、木材なんて大物を運ぶ手段なんて限られている。主に人力か馬車だろう。しかも馬車の場合は、木材専用のでかい荷台が必要になるし、まともに曲がれないだろう。そう考えると馬に繋いで引き摺ったほうがまだ動けそう。
そう考えると、この世界では遠方の木材など建材として使えない。というか、そもそも入荷自体がないのか……そんな世界で、遠方の特殊な木材を使用した豪邸などを建てられれば、他者への自慢としてこれ以上の物はそうそうないだろう。そりゃあ、貴族や商人が目の色変えて欲しがるわなー……
「なるほど……インベントリのことを失念していました。確かに、そのような事情であれば、木材はかなり危険な素材となりますね。ということは、他の木材もこれと同様にしまっておいた方がいいでしょうね」
「……この影霊樹以外にも、まだ木材があるのですか?」
「はい。拠点まではかなりの距離がありますので、他にも数種類あります。とは言っても、ここまでほぼ一直線に移動してきたので、もっと広範囲を探索すれば他の種類も見つかりそうですが……それはもっと落ち着いてからでもいいと思って、後回しにしています」
それを聞いたメリルさんは深い溜息をつき、マイアさんは頭を抱えてしまった……
なんというか、2人には大変申し訳ないのだが……それらがあることを知っているのに黙っているのも、騙すようで気が引けるし、後になってから「知っていたなら教えておいて欲しかった」などと言われたくはないので、きちんと全部言っておくことにした。
木材の情報だけで、マイアさんが倒れそうになっていてとても心苦しいが、何とか耐えていただきたい。どうしよう?ほんとにここだけのものとしてデザートでも出してあげるべきだろうか……?