第195話:常識に当て嵌まらない人
それからしばらくして、マイアさんが到着した。
「メリル様、カヅキさん、ご無沙汰しております。お二方とも、ご壮健のようでなによりと存じます」
「マイア、よく来てくれました。まずはそこに掛けて楽にしてちょうだい」
「はい、失礼致します」
うーん……堅っ苦しい、というよりも緊張してる?……まぁ、仕方ないことなんだろうけど……
「今回来てもらったのは、ひとつはカヅキが死の森から持ち帰ってきた品物の査定と、その取り扱いについての協議と資料作り、もうひとつはカヅキが死の森で行った威圧スキルに関する検証とその資料作りとなります」
「…………申し訳ありません。うまく聞き取れなかったようなので、もう一度窺ってもよろしいでしょうか?」
あ、フリーズしかかったけど耐えた。うん、まぁ、アレだ……あり得ない単語が出てきて、一気にキャパオーバーしそうになったんだろうなー……
「カヅキが死の森から持ち帰ってきた品物の査定と、その取り扱いについての協議と資料作りに加えて、威圧スキルに関する検証とその資料作りです」
「…………」
ギギギギギ……という擬音が聞こえそうなほどゆっくりとこちらを向き、無言でこっちを見るマイアさん。本当のことなので、しっかりと頷いてから話始める。
「メリルさんの言った通りです。昨晩、旅から帰ってきたところでして、その間に狩りや採取でいろいろと手に入れたものがあるのですが、私ではその価値や希少性、またそれが市場に出ることでどんな影響が出るかまではわからないため、メリルさんとマイアさんに査定してもらいつつ、市場に流しても問題ないかを協議してもらい、その資料も作成していただこうと思いまして……ついでに死の森で威圧スキルを使用した際に起きた現象と、なぜそうなったかの検証を手伝ってもらいながら、そのことに関する資料も作成していただければと思い、メリルさんに頼んでマイアさんを呼んでいただきました」
めっちゃ目が見開いてる……そこまで信じられないようなことだったかー……きっと今のマイアさんの中では、今まで築き上げてきた常識vsたった今告げられた非常識が、絶賛バトル中なのではなかろうか?
毎回、マイアさんには心労を掛けてるようで気が引けるが、でも多分必要なことなので、何とか耐えていただきたい。プリンとか食べさせたら手のひらクルーってなりそうではあるが、そういう文化汚染というか侵食というか、そういったことをしていいものか悩む……
この世界では、砂糖は思ったよりも高くはない。世界観の違うゲームでは、砂糖や胡椒がめっちゃ高い貴族向けの調味料だったりするのだが、この世界ではやや高めではあるが、一般人でも買えなくはない。まぁ、買う人は滅多にいないらしいが……
そんな砂糖に加え、ほぼ地産地消の卵や牛乳を原材料とするプリンの味を覚えさせたら、割と大事になるのではないかと危惧している私がいる。
この世界では、生ものや割れ物の輸送はとても大変なのだ。それ故に、他の街に出回ることはまずないと言っていいらしい。それらを運搬可能なのは、荷物を揺らさず高速で移動でき、その上で信頼できる人物くらいだろう。当然そんな人は限られているわけで、そんな有能な人物に運搬依頼とか出そうものなら、依頼料だけでとんでもないことになるため、誰もやろうとしないのである。
もしできるとしたら貴族くらいだろうし……うん、面倒事に発展する気しかしない。やっぱり、他の誰かが広めてくれるまでは秘匿しておこう。広まったらご馳走すればいいってことで、今回はやめておこう……
「カヅキさん、本当にあなたという人は……常識に当て嵌まらない人ですね。会うたびに驚かされている気がします」
「私はこの世界で生まれ育ったわけではないですからね。常識外れなのは致し方ないかと……」
「その点を加味しても、ですよ。渡来人の方々がこの世界に来てから、もう既にかなりの時が流れていますが、カヅキさんほど突飛なことをした方がいるという報告は、どこからも上がってきていません」
「え……?」
どういうこと?私、そんなに言われるほど何かしたっけ?
まぁ、最初のGMコールはともかくとして、他には何かあったっけ?
んー……ああ、そういえば……室内で運動しても関連スキルが習得できるって証明したのは、私が初めてだったなぁ……あとは、前回の詳細鑑定だろうか?あのスキルも私が初みたいだったし、そう考えると、もう3回もやらかしているのか……
いやでも、他のプレイヤーだって何かしら突飛なことはしているだろう?全員が、ただ大人しく依頼を粛々と繰り返しているだけとは思えない……戦闘職なら何処かのダンジョンに特攻したり、PKしたりするものもいるだろう。生産職なら転売や詐欺行為を働いたり、よくわからないものを作り出している者もいるのではないか?
以前見たプレイヤーの分類では、問題となる行為や思想を持たない者は極僅かだったはず。つまり大半は問題を起こしかねない、常識を疑うような者たちばかりだということだ。であれば、異常なスキルを習得している者や、この世界ではあり得ないものを作る者もいただろうに、何故私だけが一線を画す異常者みたいに言われねばならんのだ?
「その様子だと、カヅキさんはご自分がどれほどこの世界に影響を与えているのか、全く自覚していないようですね。そのカヅキさんを仮に英雄と見なして比較すれば、他の渡来人たちなど子悪党にもなれないでしょう」
どんだけ差があるねん……それと、子悪党ってことは、やっぱりイメージ悪いんだなー。まぁ、最初が酷かったからなぁ。挽回するのは容易ではないだろうな。
あと、私を英雄視するのは勘弁してください。そんな面倒なものには絶対にならんぞっ!